第六十七話/本八幡香奈⑤
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
翌日、朝一で購買部へ立ち寄った俺は、システムが正常に稼働していることを確かめた。
既にいくつかの注文が入っている。かなみの先見の鋭さに感心を覚えつつ教室へ入ると、真っ先に現状を報告した。もはや、かなみは俺の上司だった。昼休みになって上司から呼び出された俺は、またしても生徒会室へ向かった。
「これを見て欲しいの?」
かなみはスマホを取り出すと、動画を再生して見せた。それはサポーターのCM調の動画だった。
だが、俺の暑苦しい筋トレ動画とは異なり、モデルの女子がサポーターを実際に使用している様子を三十秒ほどにまとめた、実に爽やかなものだった。
「映像研究部に頼んで作ってもらったの。監督は私」
俺は唖然とした。昨日の今日でこのクオリティ。それに……
「スマホを使うときにサポーターを使うのか⁉」
その考えはなかった。動画の中では、ベッドに寝転んだ女子がサポーターを腕に巻いて、スマホを操作している。
「ずっとスマホをいじってると関節が疲れるからね。同じ悩みを持つ人は多い。こういう切り口の方が訴求しやすいはずよ」
言葉も出なかった。感心を越えて、尊崇の念さえ抱いた。俺はまたも、こいつが生徒会長に当選しなかったことを不思議に思った。
「すぐに使用許可を取って。香奈さんに送れば、社長にもすぐ見てもらえるはずよ。その際は必ず、結衣ちゃんが主導した事にするの。あなたは常に脇へ回りなさい」
巧みな采配に俺は黙って頷く事しかできなかった。かなみの作成した動画はすぐに使用許可が下り、その日のうちにウェルネスエストグループの公式SNSでも発信された。
翌日の昼休み、地元テレビ局の取材がきた。なんでも筋トレ動画が話題になっているというので取材したいというのだ。ディレクターが言うには、匿名の投稿があったらしい。俺は狐に化かされているような気分だったが、すぐに匿名の主が思い当たった。ご丁寧に、生徒会長の結衣と、映像研究部の部長も呼び出されている。
俺たちは結衣を中心に据えつつも、生徒会チャンネルとサポーターの宣伝動画を売り込んだ。その日の夕方にはお茶の間に、我が校と、過剰在庫に過ぎないサポーターの特集が放送されたのだった。
生徒会チャンネルの登録者数は、過去に例を見ない程の伸びを見せた。かなみの作成した宣伝動画も拡散を続けている。その後、三社のテレビ取材と二社の新聞取材が続いた。人々の関心の高さに比例して、加速度的にサポーターの注文数は伸びていった。一万三千個あった過剰在庫が、七月の上旬には千個を切っていた。
「……一割引きで良かったかもしれないね」
何の感情も言葉に載せることなく、かなみは淡々と呟いた。
終業式を目前に控えたある日の昼休み、俺は香奈に屋上へ呼び出されていた。
「あの過剰在庫、全部売り切れたって。おかげで会社も何とかもちそう。ありがとう……」
梅雨が明け、燦燦と降り注ぐ夏の日差しを横目に見ながら、香奈は呟いた。正午の太陽が作り出す狭小な影の中に、俺たちは肩を並べて避難している。珍しく、香奈の隣に詩織の姿はなかった。
「恩を返しただけだ。それに、情けないことに、俺は本当に何もしていない」
恰好をつけた訳ではなく、事実そうだった。鬼畜策士の手駒となって権謀術数に翻弄されるままに、走り回っただけだった。
「またまた……。何回テレビに出たと思ってるの? もはや有名人よ」
「あれは、か……」
「か?」
鬼畜策士の顔が脳裏を掠め、言い淀んだ俺の顔を覗き込んで、香奈が不思議そうに小首を傾げる。
「あれは生徒会長である皆川の指示だ。すべて。俺はその指示に従ったまでだ。またも、俺はつかいっぱしりを全うしただけだよ」
「それでも、いいの……」
香奈は目を伏せた。
「私はあなたにお礼が言いたかったの。あなたは私の人生を二度、変えた。そして……」
ふいに顔を上げ、俺の顔を覗き込んだ香奈は、そっと頬にキスをした。
「な……」
俺は絶句した。香奈は真っ赤に染めた顔で微笑んだ。
「……美女と野獣って知ってる?」
俺は何の声も出せなかった。口を半開きにしたまま、ただただ固まっていた。
「あー、残念! 呪いが解けて王子さまに戻るかと思ったんだけど」
それだけ言い残して、香奈は駆け去っていった。屋上のドアが閉まる重い音だけが響き渡る。俺は頬に手をあてて天を仰ぎ、
「夏だなぁ……」
ポツリと一人、呟いた。
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