第五十話/決戦前夜②
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
「……ま……い」
もっと早く結衣と共同歩調を取れていれば、いくらでもやりようはあったのに。当時の無念を思い出すといつも、消化不良のように胃がキリキリと痛む。
「中間先輩!」
気がつくと眼前に結衣の顔があった。今にも噛みつきそうな勢いに気圧され、思わずバランスを失い、椅子から崩れ落ちそうになる。
「聞いてるんですか! 中間先輩!」
「はい! すみません……」
身を縮こませて謝罪するのが精いっぱいだった。
「ちゃんと聞いておいてくださいね! まったく……。続いての議題ですが、動画共有サイトを利用した情報発信についてです。これまで月に一回のペースで計四回、投稿を行ってはいますが……」
結衣の声量がみるみる失速していく。
「再生数が伸びないな」
俺ははっきりと言い放った。
「他人事のように言わないでください。何か案はありますか?」
いずれも生徒会長である優子が、連絡事項を述べ立てるだけの動画だった。美少女が話しているだけでも訴求力はありそうなものだが、その内容の薄さは如何ともしがたい。
「インパクトが足りないな」
「だ・か・ら、他人事じゃないんです! 案を出してください!」
「……そうだな。副会長の二人にも出てもらえれば、アイドルのPVみたいで華やかじゃないか」
「考え方が破廉恥ですね。却下!」
即答されてしまった。見下すような視線が痛い。
「そもそも女性陣にばかり負担を押し付けようという、その姿勢が許せません。そう言うのなら、まずは中間先輩が何かやってくださいよ」
結衣は半眼のまま、責めるように言った。
俺、か。以前の生徒会で投稿した動画は、イケメンの俺が喋っているだけで再生回数を稼げた。特別なことを何もしなくても、勝手にカウンターが伸びていった。
連絡事項を伝える俺。花壇に水をやる俺。茶を啜る俺。しまいには地元テレビ局がやってきて取材して帰り、翌日には登録者数が未曽有の鰻登りを見せた。今になって思えば結局、顔の良さだよなぁ、としみじみと振り返るしかない。結衣もかなみも美少女なんだからいいじゃないか。減るもんじゃなし。
「で、先輩は何をしてくれるんです?」
結衣はすっぽんのように一度噛みついたら離れない。真綿で首を締め上げるような脅しは有益な提案が浮かぶまで終わることはない。俺にできる事……。
「筋トレ、くらいしかないな」
「筋トレ⁉」
結衣の表情が驚愕に歪んだ。
二の句を継ごうと口を開いた瞬間に、優子が噴き出した。
「ぷっ……ククク……筋トレ……? 生徒会のチャンネルで?」
優子は堪えきれず笑い出した。結衣もつられるように苦笑いした。
「いいじゃない、筋トレ! やりましょうよ。ついでに、さっき決めた生徒会のマスコットキャラに扮してもらえれば、一石二鳥よ」
優子は腹を抱えながらも、捻りだすように言った。
マスコットキャラとは、地元で語り継がれている伝説の鬼、温羅をモチーフにした『うららん』である。生徒会に愛着を持ってもらおうとの優子の意見が採択された結果だ。生徒会メンバーが一人一枚ずつイメージ画を提出し、一番絵心のあった結衣のデザインが、先ほど採用されたばかりである。
「……そうです、ね。中間先輩の取柄ってば、筋肉だけですもんね」
結衣は優子の意見を嚙みしめるように、目を伏せて考え込んだ。真面目にそんな評価を下されると、さすがに傷つくのだが……。
こうして、『うららんの筋トレ体操コーナー』が定例更新に追加される形で、月二回の定期更新されることに決まった。
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