第五十一話/決戦前夜③
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
夏休みは嵐のように過ぎ去っていった。
文化祭の協賛企業は出揃い、学校の許可も通してある。香奈の父である健太さんが経営する健康器具メーカー、ウェルネスエストグループを筆頭に、地元の有力企業が名を連ねる。もう後には退けない。俺は生徒会室へ毎日詰めて、日々雑務に励んだ。優子も同じだった。読書に拘らなくても優子に会える俺は、次第に図書館へ通う頻度を減らしていった。
生徒会の内にもやる気が伝播するように、変化が表れはじめた。
当初、計算高い印象があり、とっつきにくいと思っていた副会長のかなみだが、有用なアイディアを打ち出の小槌のようにポンポンと出した。信条の異なる俺と結衣の橋渡しも、器用にこなしてくれた。
それに、結衣。入会の経緯もあり、当初は敵愾心丸出しだったが、仕事を分け合ううちに次第に角が取れてきた。メッキが剝がれたと言ってもいい。同じ釜の飯を食う仲間とはよく言ったものだが、まさにそれであった。
結衣は、自らの弱さを隠すために、敢えて突っかかってくるのだと誤解されることがある。最初は俺もそう思っていた。しかし、それは勘違いだ。結衣が突っかかるのは、怠慢による瑕疵だけなのだ。他人の努力に対して重箱の隅を突くような真似は、決してしない。その容赦ない追及は、結果として質の向上へ繋がっている。他人に厳しく、自分にはもっと厳しく、それが皆川結衣の身上だった。
特に顕著な変化が見られたのは、会計の高木である。高木は、『うららんの筋トレ体操コーナー』にえらく感銘を受けたようで、自称、『もやしっ子、小うららんの十分筋トレ実践コーナー』と銘打って、毎日の筋トレの様子を生徒会チャンネルでアップしていた。色白の長身でひょろっとした印象の高木だったが、一ヶ月で見違えた。元々素養があったのかもしれない。始業式を迎えるころには、コミットされた結果をその身に宿していた。高木により裏打ちされた生徒会チャンネルは、地味にその登録者数を増やしていた。
夏休みが明けた。騒がしさが戻ってきた校内の雰囲気は、がらりと変わっている。
校則緩和の影響で、髪を染めたり、伸ばしたり、制服の着こなしのだらしなさも目立った。しかし、不特定多数による無秩序な暴乱という様相ではなく、俺は胸を撫でおろした。
生徒会では結衣を中心に、既に懸念が上がっていた。新学期に先んじて生徒会チャンネルを通じて、始業式前に行われる身だしなみ検査のポイントを動画で発信している。再生数の多さは、生徒の関心の高さを物語っていた。生徒会および風紀委員の立会いの下、指導教員によって行われた身だしなみ検査によって、一部の生徒は厳罰に処された。一時的には波紋が広がったものの、混乱や、なし崩し的な風紀の乱れには至っていない。
そうなると、あとはもう、文化祭の成功へと突き進むのみだった。いつしか俺の三年手帳は、文化祭関連の書き込みで埋め尽くされている。残暑が次第に影を潜め、涼やかな秋風が吹き始めたある日の放課後、俺は校内の設備の見回りを終えて生徒会室へ戻ってきた。太陽は西に傾きつつあり、オレンジに染まる室内が理由なくもの悲しさを漂わせている。
下校時間も過ぎて、生徒会室には優子一人だった。他の三人は既に帰ったのだろう。その姿はなかった。優子は、長机に突っ伏して安らかな寝息を立てている。さもありなん。文化祭を目前に控えて、多忙を極める生徒会長に気の休まる暇はなく、名ばかりの露払いだと俺は落胆を禁じえなかった。それでも優子の寝顔は充足に満ちていて、俺は一人、なんとなく不謹慎な微笑みが湧き上がってくるのを感じていた。
『誇らしい気持ちでいっぱいよ』
そう言った卒業式の後の優子の表情を、懐かし気に思い返していた。
その時、一迅の秋風が窓の隙間を吹き抜ける。掠めるように吹いた風は優子の白い肌を撫で、栗色の細い髪とともに、そのそばに打ち置かれた一冊のノートを巻き上げた。無抵抗に幾枚のページが繰られる。俺はそのページに目を落とすと、魅入られるように内容をなぞった。いけない事とは知りつつもノートを取り上げ、最初から目を通す。
これは秋風の悪戯だ。そうに決まっている。俺は自分に言い訳しながらも、そのノートへ没入していった。
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