7 薬草
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夕方になっても、テオは帰って来なかった。
自宅の床に座り込み放心していたマヤは、アスタの「マヤ? 入るよ?」という声で我に返った。「うぅ」と呻くような返事をすると、アスタとオルアが壁の向こうから姿を現す。
「マヤ、テオは?」
「まだ帰ってないの。わたしが、言い過ぎたから」
「マヤは悪くないよ。神々を真っ向から否定して他人の言うことを聞き入れないあいつが悪いんだから。あんなだから、村のみんなから無視されるのよ」
「でも、わたし、テオの言うことも理解しようとしてきたのに。テオがああいう考えの持ち主だってわかってて、テオと一緒にいることを選んだのに。何を言われても毅然としてるテオが好きなのに。わたしの方から、手を離しちゃった」
マヤは宙を見つめる。
いつか、テオが粥を焦がしたことを思い出した。あれ以来、マヤの体調が優れない日はテオが粥を作ってくれるようになった。だんだん上達して、今ではもう焦がさなくなったのに。ほのかに甘いテオの味は、もう舌が憶えている。
「わたし、村から出ていけって、テオに酷い事言った……」
「マヤ……」
アスタが心配げにマヤを見つめる。
「マヤ、あたしはあいつのことを許せないけど、たぶんあんたは違うんだよね。テオを理解して、寄り添おうとしてた。……探しに、行きたい?」
マヤは俯きがちに頷く。そして目を伏せた。大きく膨らんだ腹を撫でる。
「でも、ひとりじゃ行けない。転ぶと、テオが悲しむから」
足元も見えないほど大きな腹は重く、歩くことすらもつらい。そんな状態で、どこにいるかもわからないテオを探しになど行けるはずもなかった。
「俺たちがついてる。だから、行くか」
オルアが手を差し伸べる。
マヤは頷き、その手を取った。
森の中を歩く。よたよたと覚束ない足取りはやっと掴まり立ちができるようになった赤ん坊のようだ。
「テオ……」
いったいどこにいるのだろう。
もう陽は沈みかけ、西の空が赤く染まっている。おばあの顔に塗った粉と同じ色だ。
おばあの面影を探している。もしかしたらもう神様になっているかもしれないと期待して辺りを見回すが、それらしきものは影も形もない。
マヤは嘆息した。
十八年間生きてきて、神の姿を見たことなど一度も無いのだ。おばあの姿だけ、そう簡単に見えるものでもないだろう。
それにもし、テオの言うように神がいなかったとしたら? 死者はただ消えるだけだったとしたら? それならおばあは、死んだ人の魂は、いったいどこへ行くというのだろう。シュッと消えてしまうのか。それとも宙を彷徨うのか。煌めく闇の海へ還るのか。眼下に広がる森へと還るのか。
ふと、崖の縁に腰掛け背中を丸めている人影が見えた。
「……テオ?」
呼ぶと、人影は顔を上げた。
マヤを見る黒瞳には翳が差し、微妙に焦点が合っていない。手にはなぜか薬草を握っていて、それを見てはじめて、マヤはテオに掴まれた自分の手首に痕が残っていることに気がついた。
「薬草を採ってくれたのは嬉しいけど、そんなところに座ってたら、落ちるよ……?」
テオは応えない。ただ、放心したように宙を見つめている。
その頬を雫が伝った。
「……ここにいたら、ババアがまた星の話をしに出てきてくれそうな気がした」
静かに呟く。
黄昏と夜の狭間で、その声は行き場を失って彷徨う。
「……おばあ…………」
昔自分たちを叱った時、祝福をくれた時、妊娠が分かった時、おばあはこのことを予感していたのだろうか。
テオの心を、分かっていたのだろうか。
「神様は、おばあを返してくれないんだね。あたしたちのおばあなのに」
アスタが小さく吐き捨てる。
「どんなに祈っても、返してくれないんだね」
「神は俺たちのことなんか忘れてるんだ。おばあが毎日祈っていたことも、おばあが死んだことも、知らないんだよ。この世界に見向きもしない。祈れど願えど叶わない」
テオは金色の夕星を見上げた。唇が自嘲するように引き攣った弧を描く。
マヤはその時はじめて、テオの心が理解できたような気がした。
その、直後だった。
「うっ」
オルアに支えられていた腕がするりと抜け、その場でマヤは腹を抱えてうずくまる。
「マヤ!?」
倒れ込みそうになった肩をアスタが支える。テオは薬草を握ったまま駆け寄ってきた。
「お腹、痛い……」
「もしかして、生まれる!?」
「わかんない。でも、そうかも……」
テオが薬草をマヤの手首に巻きつけて、優しく握る。
オルアがしゃがみ込みマヤを抱き上げようとした。が、テオの手がそれを制する。オルアは呆れたようにため息をついた。
「テオ、オルア、争ってないでマヤを家まで運んできて! できるだけ揺らさないように、静かに、でも早く! あたしは先に帰って村の女を集めるから!」
アスタは叫びながら走り去っていった。
夏の夕陽がマヤの頬を温める。時折、耐えきれず呻き声をあげる。そのたびにテオがマヤの頭を優しく撫でる。
おばあの頬や瞼と同じ鮮紅色を瞼に映し、マヤはどうか祝福を、と祈った。




