2 初恋
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「こら、テオ!」
少しずつ遠ざかる背中を追いかける。数年前まで彼の方が背が高かったのに、今はマヤが追い越してしまった。だからマヤの方が脚だって長いのに、なぜか走るのはテオの方が速い。少し悔しい。
「うっせえ、うぜえ、黙れ! 俺は神なんて信じねえからな! つーかいい加減追いかけて来んな!」
十三歳になったテオは、村の人々から避けられていた。実の親までもが、苦笑いでやんわりと距離を取る。中にはごく少数だが、異端者を見るような目を向ける者もいる。非難の鋭い視線に晒されながら、毎日テオは生きている。
「どうして! わたしまで口聞かなくなったら、テオ、本当にひとりぼっちになっちゃうでしょ! 幼馴染として心配してあげてるの!」
月に一度の祭祀も終わり、もう辺りは真っ暗だ。
テオは月明かりを切り裂くように村を駆け抜け、森の暗闇に飛び込もうとしている。
「テオ!」
もう一度呼ぶと、テオは闇に足を踏み入れる寸前で立ち止まった。追いついて、膝に手をつき乱れた息を整える。必死に呼吸しているマヤを静かに見下ろすテオに、マヤは悔しさを感じる。あんなに走ったのに、どうしてテオは平気なのだろう。
「もう暗いから、森には入っちゃ駄目だってば。それより上、見て」
マヤが頭上を指差すと、テオも従って空を見上げた。
「神様が生まれる場所。星の上はきっと綺麗だろうなぁ」
赤、青、白、緑、いろんな色の無数の光。闇色の帷の中で、その煌めきに包まれてふわふわ浮かぶ自分。想像して、マヤはうっとりと頬を緩ませた。
「わたし、星詠みになりたい。おばあみたいに、毎日星を見上げるの」
そうしたらいつか、自分もあの星の海を泳げる気がする。
マヤは星の眩しさに目を眇め、はっと口を押さえた。
いま隣にいるのはあのテオだ。信仰心のカケラもない、あの。
馬鹿にされる、と思った。神なんていねえんだぞ、とか、そんなのありえねえ夢物語だ、などと。
しかし、テオは視線を上に向けたまま、ぶっきらぼうに言った。
「いいんじゃねえの。おまえらしくて」
あっさりと肯定され、マヤは少々拍子抜けする。
しかしテオの言葉には続きがあった。
「だがおまえが星詠みになったとしても、俺が神々を信じるようにはならねえからな。神々はすでに、俺たちを見放したんだから」
やっぱりテオはテオだ、と思いながら聞いていたマヤは、最後の言葉に引っ掛かりを覚える。
「え。見放したって、どういうこと?」
初めて聞いた。村の大人たちがそんなことを言わないのは当然だが、テオの口からも聞いたことがなかったのだ。そういえばテオが神々を嫌う理由を聞いたことがなかったな、とマヤはぼんやり思い出す。ずっと気になっていたけれど訊けなかったから、今ふたりきりでいる間に尋ねてみてもいいかもしれない。
「そのままの意味だよ。大人たちは創世主だの木の神泉の神石の神だのなんだの言って祀ってるけどさ。神々はもう、この世界を作ったことなんか憶えてさえいないだろうと俺は思う。じゃなけりゃ、この村がこんなに孤独なはずがない」
「孤独? この村が?」
テオの言う意味がわからず、マヤは首を傾げる。
人ならたくさんいるじゃないか。この村の中に、はたして何軒の家があるのだろう。この十三年間、一度も数える気になったことはない。
しかしテオも心外だとでもいうように目を丸くした。
「おまえ、考えたことないのか? この村の外に人間がいるのかとか、崖の下の森はどこに繋がってるのかとか」
「ないなあ。景色は景色だと思ってたから、森のことは森としか思ったことがなかったや」
マヤがのんびり言うと、テオが深くため息をついた。
「まったく、おまえらはそんなだから神だの祈りだの言ってられるんだよ。こんな八方ぜんぶ崖に囲まれた土地に生きていて、何か起こったらどうしようとか考えないのか? 例えば泉の水が枯渇したり」
「しないなあ。というか、セノーテは枯れないよ。神様の泉だもん」
「だから神はいねえんだって……」
テオの呆れ顔を見ながら、マヤはぷうと頬を膨らませた。
「テオ、そんなこと言うからみんなからおかしな目で見られるんだよ。ちょっとは他人の意見も聞き入れてみたらどう? それに、神様に忘れられたなんて、星詠みを目指してる人の前で言うことでもないでしょ。今回はたまたま相手がわたしだったから許してあげるけど」
「誰に何と言われようとも、俺は俺の意見を曲げない。この村から追い出されたら崖を降りて森で暮らすだけだ」
「あの、何十メートルあるかもわからない崖を? というか、あの森の下に地面って本当にあるの?」
「地面はあるだろ。じゃなけりゃ、木はどこから生えてんだよ」
「確かに……」
マヤが納得すると、テオは「ははっ」と声をあげて笑った。
その遠慮のない笑顔に、マヤの心臓が跳ねる。何度も見たことのある表情のはずなのに、月のせいか星のせいかはたまた神のせいなのか、不思議と輝いて見えた。




