第7話:第二層草原エリア リベンジ
2026年6月
安全対策を徹底し、道具を揃えたおじさんの第二層攻略は、極めて計画的に、そして、静かに始まった。
第二層の草原エリアには、第一層のような分かりやすい通路がない。
掲示板の情報通り、何時間歩いても端にたどり着くことはなく、空間がループして元の場所に戻ることもない、文字通り「果てのない平原」だった。
大きな目印はなく、せいぜい身を隠せる程度の岩場が点在しているだけだ。
ただ、幸いにも電子機器ではない純アナログな方位磁針は正常に機能した。
(この空間で目印なしに適当に歩き回れば、一瞬で現在地を見失って遭難するな。
……移動は時間と方角で厳密に管理する。北に1時間半進んだら、必ず南に1時間半進んで戻る。これが生命線だ)
おじさんはいつもの散歩着で協会に入り、第一層の陰でワークシャツ、プロテクターと盾を装備。
第二層へ降りると、入り口付近にいる他の探索者たちの目を避けるため、方位磁針を頼りに南西へ向かって1時間ほど黙々と歩き、そこで進路を変え、南に30分ほど歩いた。
十分に周囲に人がいなくなったのを見計らい、そこを本日の狩場と決めた。
ここからの手順は、完全にルーティーン化されていた。
まずは歩きながら、犬笛のネジを2回転半に合わせ、角うさぎが集まる周波数の音を吹き鳴らす。
人間には無音だが、草原の草むらがガサガサと揺れ、10数匹の角うさぎがゾロゾロとおびき寄せられてくる。
十分に引き付けたところで、すかさずネジを4回転に回し、眠くなる周波数の音を吹き鳴らす。
『ピーーー……』
角うさぎたちは、バタバタとその場に倒れ、深い眠りに落ちていく。
そこからは町工場製の新兵器『さすまた君』の出番だ。
2分割されていたパイプをカチリと結合させ、眠る角うさぎの胴体を地面にガシッと固定。手元のレバーを押して、先端から飛び出す鋼鉄の針で確実に一突きしていく。
プス、プスと静かな音が響くたび、魔獣は光の粒子となって消え去った。
肉は消滅してしまうため食用にはならないが、後には魔石と立派な角が残る。
「安全第一、一網打尽だな」
全て処理し終えた後に、ゆっくりとまとめて魔石と素材を回収する。
この『集める、眠らせる、刺す、回収する』という流れは完璧だ。
時折、同じ音に反応して、あるいは移動中に、体長50cmほどのイノシシモドキが突進してくることもあった。
しかし、おじさんは慌てない。
左腕の四角いポリカ盾で突進をガツンと受け止めて体勢を崩させ、すかさず『さすまた君』のU字部分でその巨体を地面に縫い留める。
あとはレバーを下げるだけで、安全に処理することができた。
第二層での作業時間は、1日に1回、3時間から4時間と決めていた。
無理のない範囲で、1日に30〜50体ほどを確実に狩っていく。
ここで、手取りの収支報告を考える。
ここでも協会による20%の源泉徴収税は冷酷に適用されるのだ。
【角うさぎ】
• 魔石:1個300円(手取り240円)
• 角:1個600円(手取り480円)
• 換金合計:900円 ⇒ 手取り:720円
(※ただし角がかさばるため、リュックの容量を圧迫する)
【イノシシモドキ】
• 魔石:1個900円(手取り720円/他に素材なし)
• 換金合計:900円 ⇒ 手取り:720円
(※魔石だけなので、全くかさばらない)
(税金を引かれた後の手取りは、どちらも一頭あたり720円で全く同じか。
しかし、角うさぎの角は長いし尖っていてバッグの中で非常にかさばるな。
持ち運びの容積効率と搬出の手間を考えるなら、魔石だけで済むイノシシモドキの方が圧倒的にありがたいんだが……)
そんな世知辛い計算を巡らせながらも、1日平均3万円前後の確実な純利益が、スライム狩りの利益に上乗せされるようになった。
ベンチに座り、リュックに詰まった大量の魔石と角を見つめながら、おじさんはふと考えた。
(第二層の狩りがここまで安定してきた以上、手取りが24円と圧倒的に低いスライム狩りは、もうやめてもいいんじゃないか……?)
効率の観点から言えば、スライム狩りを切り捨てるのが正しい選択に思えた。
しかし、おじさんはまだ気づいていなかった。
3つのダンジョンをローテーションし、蓄圧式スプレーで毎日数百体ずつ、2ヶ月にわたって淡々と消滅させ続けてきたスライムの「通算討伐数」が、まさにとんでもない数に到達しようとしていることをーー。
(つづく)




