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第6話:第二層、草原エリア ハーメルンの笛作戦

2026年6月


ネット通販から届いた金属製の犬笛を手に、おじさんは再び第二層の草原エリアに立っていた。


自宅から鶴見ダンジョンまでは、街に馴染む普通のポロシャツとチノパン姿で移動した。


ダンジョンの通路に入ったところでリュックから取り出したダンジョン用の服装に着替えている。

 

選んだのは、現代の現場作業で広く使われている、高強度繊維で作られた防刃・耐摩耗性のワークシャツと、膝に補強当てのついたカーゴパンツだ。


足元は踏み抜き防止仕様の安全靴、手には耐酸性手袋をはめている。


本当は協会ショップで、角うさぎの突進を防ぐポリカーボネート製の盾や各種プロテクターも目に入っていた。


しかし、現在の服装とどう組み合わせるべきか悩んだこと、何より今回はまだ「実験段階」であることから、購入は見送っていた。


「まずは基礎データの採取だ。焦る必要はない」


実験を知られたくないおじさんは、先ずは入口から離れた、他の探索者の居ないところを目指した。


第二層の草原エリアは、果てがない。

真っすぐ進んでも、行き止まりがなく、ループして戻ってくることもない。


時たま、ポツンと岩や岩場があるが、あまり目印にならないみたいだ。

頼れるのは方位磁石と移動時間だけだ。


どういうわけか、南側はあまり人気がなく、

探索者はみな北側に集中しているみたいだ?


おじさんは、南西に30分ほど歩いたところで大きな岩を見つけた。


周囲を見回すが、他の探索者の姿はない。

とりあえず、その岩の物陰に身を隠した。


10数m先には、額に15cmほどの鋭い角を生やした角うさぎが、のんびりと草を食んでいる。


おじさんは犬笛をくわえ、上部のネジを一番緩めた状態から、目盛りに合わせて回し、音の周波数を微調整しながら、静かに息を吹き込んだ。


(ネジ位置:1回転。周波数は高めだな……)

 

『ピーーー』


人間に聞こえないその音に、角うさぎはピクリとも動かない。


おじさんは手元のノートに結果を記録し、ネジをさらに半回転締め込む。


(ネジ位置:1回転半……)


『ピーーー』


その瞬間、前方の角うさぎの長い耳がピンと跳ね上がった。


うさぎがきょろきょろと辺りを見回し、やがて何かを確信したように、おじさんの隠れる岩の方へとトコトコと歩き出したが、やがて立ち止まって小首を傾げた。


(反応あり。この周波数は、好奇心を刺激して『引き寄せる音』か)


おじさんはノートに素早くメモを取り、さらにネジを回していく。


ネジ位置「4回転」で、再び息を吹き込んだ。


『ピーーー』


すると、先ほどまで警戒していた角うさぎの動きが、目に見えて緩慢になった。


トロンとした目になり、その場にペタンと座り込む。

やがて、完全に横たわって動かなくなった。深い眠りだ。


(ビンゴだ。ネジ4回転。これが『眠くなる音』だな)


作戦の成功に、おじさんの口元がニヤリと歪む。おじさんは静かに岩の陰から這い出ると、眠りこける角うさぎへと近づいた。


協会ショップで買った頑丈なサバイバルナイフを抜き、その細い首筋へと突き立てる。


あっけないほど簡単に、角うさぎは光の粒子となって消え、後には魔石と、1本の立派な角が残された。


(なんだ、最初にビビったのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、簡単じゃないか)


1匹あたりの買い取り価格は、スライムの比ではない。


味を占めたおじさんは、少し調子に乗ってしまった。


今度は「引き寄せる音」で2、3匹を一度に集め、そこへすかさず「眠くなる音」を吹いて一網打尽にしようと考えたのだ。


『ピーーー……カチカチ, ピーーー』


狙い通り、草むらから3匹の角うさぎがゾロゾロと姿を現した。おじさんはすかさずネジを回して眠りの音を吹く。


トロンとなる2匹。しかしーー。


(個体差か!?)


最後の1匹だけが、耳を激しく震わせたものの、眠りに落ちなかった。

それどころか、仲間を眠らされたことに激昂したのか、目を血走らせておじさんへと牙を剥いた。


『ピギーーッ!』


角うさぎが強靭な後ろ足で地面を蹴り、猛スピードで弾丸のように跳躍してきた。

15cmの鋭い角が、おじさんの胸を目がけて迫る。


ステップを踏んで華麗にかわすなど、59歳のおじさんには不可能だった。


『うおっ!?』


咄嗟に身をよじったが、間に合わない。

バリィィッ!と激しい布の裂ける音が草原に響いた。


角うさぎの角が、おじさんのワークシャツの胸元を派手に引き裂いたのだ。


防刃性の高い高強度繊維の服だったおかげで、角が皮膚を深く貫通することだけは免れた。


しかし、生身の胸板に受けた衝撃は凄まじく、

おじさんはその場に激しく後ろへとひっくり返った。


おじさんは冷や汗を流しながら、一目散に第二層から逃げ帰った。


「危なかった……。防刃シャツでなければ、今頃胸に穴が空いていたぞ。角うさぎを完全になめていた」


自宅に戻ったおじさんは、破れたワークシャツを見てゾッとし、その足で協会ショップへと引き返した。


もう費用をケチっている場合ではない。

購入したのは、先ほど見送った安全装備たちだ。


一つは、ポリカーボネート製の盾。

手持ち型ではなく、左手の肘から手首の間にベルトで固定する「アームガード型」を選んだ。


形状は丸型ではなく、死角を極力減らすために上下に少し長い四角型。


これなら防御しつつ両手が自由になり、何より大きめのリュックにギリギリ収まるサイズなのが決め手だった。


もう一つは、胸と背中を保護するポリカーボネート板が入った、特殊繊維製の頑丈な防護チョッキ(プロテクター)だ。


今度はこれをワークシャツの上から厳重に着用することにした。

だが、装備を固めても、まだ問題は残る。


(サバイバルナイフだと、どうしても敵の懐まで近づかないといけない。あの角のリーチを無効化する、新しい道具が必要だ)


おじさんは一度自宅に戻ると机で、ノートに鉛筆を走らせた。


今の時代ネットで探せば、類似品で、信頼性が高く、安いものが簡単に手に入る。


おじさんの若いころは、実験や測定に使う治具など、全部自分で設計・作図して、業者さんに部品加工をお願いしていた。


なので、簡単な設計や作図はお手のものだった!


新しい道具として導き出した答えは、安全な距離を保てる短い槍のような武器。

名付けて、『さすまた君』だ。


【新兵器:さすまた君】

• 構造: 全長80cm、直径4cmの頑丈なアルミパイプ製。

  中央で40cmずつ2分割してリュックに収納可能。


• 先端部: 緩やかなU字型の2本の叉がついている。これで角うさぎを地面に押し付け、完全に固定する。


• 突き刺しギミック: 固定した後、手元のレバーをグッと押し下げると、パイプ先端から直径1cm程度の針状の鋼鉄棒が飛び出し、獲物を刺し殺す。


• その他:はじめから鋼鉄棒を出したままにして、突き刺すことも可能。寝ている獲物はこちらで、サクサク処理する。


最初は材料をホームセンターで買って自分で作ろうとしたが、アルミパイプの加工を全部自分でするには、削りだせる装置も、溶接装置もない。


そして、アルミの溶接は素人には難しいのだ。


また、すべて自作するとなると、角うさぎの突進や暴れる力に対して強度が足りないかもしれない。イノシシモドキならなおさらだ。


「命がかかっている狩りの道具だ。プロの職人に頼むべきだな」


おじさんはホームセンターの資材館の担当者に近所の町工場を紹介してもらった。


鶴見の工業地帯にある小さな加工所へ赴き、自分で引いた簡単な図面(ポンチ絵)を町工場の社長に見せる。


「社長、アルミパイプはこの肉厚で、削り出しでカチッと作てもらえますか?U字の付け根は特に強度が欲しくて、溶接でしっかり落とし込んで欲しいんですよ。あと、先端のピストン機構もスムーズに動くようにお願いします」


「おう、あんた、随分と面白いものを考えるねぇ。何に使うんだい?」


「用途は……まぁ、ちょっとした害獣駆除です」


「精度と強度が欲しいなら任せときな、1週間ほどで仕上げてやるよ」


1週間後、町工場のプロの溶接と削り出し技術によって、ガタつき一切なし、鈍い銀色に輝く最高強度の『さすまた君一号』が完成した。


リュックに分割した『さすまた君』を詰め込み、服の上に盾と防護チョッキを厳重に装備したおじさんは、3度、第二層の草原エリアへと降り立った。


『ピーーー』


犬笛を吹き、草むらから現れた角うさぎに向けて、左腕の四角い盾を構える。


飛びかかってくる角うさぎの突進を、ポリカの盾でガツン!と強固に受け止め、体勢を崩したところへ、『さすまた君』を突き出した。


『ガシッ!』


U字の先端が、角うさぎの胴体を完璧に地面へとホールドする。


うさぎがジタバタと暴れるが、町工場クオリティのアルミパイプは微動だにしない。


「よし、ホールド完了」


おじさんが手元のレバーを押し下げると、シャリッ!という小気味良い機械音とともに、先端から鋼鉄の針が飛び出し、角うさぎを一撃で貫いた。


一瞬で光の粒子となって消える魔獣。


「よし。狙い通りだ。これならいけるぞ!」


その後、確認を繰り返す中で、この『さすまた君』は、もう一種類の魔獣である『イノシシモドキ』にも極めて有効であることが判明する。


犬笛というアナログな誘因兵器と、町工場製の『さすまた君』。

2つの現代の知恵を手に入れたおじさんは、危険な第二層の草原をも、誰よりも安全な狩場へと作り変えていくのだった。

(つづく)


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