第58話:原子もどきを使い倒そう 材料工作の時間(後編)
2027年2月
材料の準備は整った。お次はいよいよ合金化だ。
ここからが、長年のものづくりの本領発揮である。
鉄棒に対し、重量比で1%、5%、10%、15%、20%の白銀を配合した、5種類の合金サンプルの作製に取りかかった。
精密な電子天秤などの計量器はないため、配合量は大まかなものだ。
しかし、おじさんの技術屋としての知識から、加熱処理の工程だけは厳密にシミュレートしていた。
高純度アルミナるつぼを使用し、一度、高真空の10^-3Paにしてからアルゴン雰囲気で酸素の混入を防止する。
加熱温度は1,480〜1,550℃の範囲だ。
反応熱で局所的に2,000℃を超えるため注意が必要である。
脆性を緩和するために、一度、室温まで冷却後、再度950〜1,100℃でしっかりと熱処理を施した。
構造材用では無いので必要無かったかもしれないが。
出来上がった合金を錬金術の理解で解析すれば、正確な元素重量比が数値データとして理解できた。
測定された実際の数値は、以下の通りであった。
サンプルA: 0.793%
サンプルB: 7.011%
サンプルC:10.554%
サンプルD:13.223%
サンプルE:21.334%
「よし、実験用サンプルとしては十分な散らばりだな。それでは、魔力の導通試験を始めるか」
おじさんは魔力の測定器がない環境下で、それぞれの棒の端を素手で握り、体内の魔力循環から魔力を流し込んで行く。
その通りにくさを自分の感覚的な手応えを頼りに評価していった。
感覚が目盛り代わりだ。
結果をノートに表にしていく。
サンプルゼロ(0%):◎
(比較用。やはり純鉄は魔力が良く通る)
サンプルA(0.793%):◎
(ガバガバだ。純鉄と変わらず、魔力がほぼ全通してしまう)
サンプルB(7.011%):〇
(まだ通る。少し抵抗を感じる程度だ)
サンプルC(10.554%):△
(かなり通りが悪くなってきた。内部で魔力が渋滞している)
サンプルD(13.223%):✕
(通らない! 魔力が完全に遮断され、手のひらにエネルギーが跳ね返ってくる!)
サンプルE(21.334%):△
(やや通るか)
「なるほど……。
このデータから推測するに、13.2%付近の領域に、『魔力絶縁の最適値』が存在するな」
おじさんはニヤリと笑い、即座に次の試作へと移行した。
今度は、10.5%から15%の狭い範囲を狙い、白銀の配合を調整し、追加で3条件のサンプルを作製した。
出来上がった棒の組成は、以下の通りである。
サンプルF:11.555%
サンプルG:12.321%
サンプルD:13.223%(前回の使いまわし、再評価)
サンプルH:14.993%
「……さて、最終評価だ」
4本の鈍い銀黒色の棒を並べ、順に魔力を流し込んでいく。
じっと目を閉じ、体内から放出する魔力の通り難さに集中する。
(ここまでデリケートな領域になると、さすがに私の神経の感覚だけでは明確な差が分かりづらいな)
「……うーむ。サンプルFは△、かすかに通るな。サンプルGは✕、完全にシャットアウトしている。サンプルDもHも△だ。ということは、12.3%付近が、絶縁性が最も優れた比率だな」
確信を得たおじさんは、最も完成度の高いサンプルGの丸棒をもう一度手に取り、今度は出力を少し上げて、手のひらから明確な指向性を持たせた魔力をぶつけてみた。
その瞬間、手のひらに奇妙な抵抗が走ると同時に、『バチ!』っと放ったはずの魔力がそのままの勢いで自分の方へと跳ね返ってきたのだ。
「おっと……!? 通さないんじゃない。こいつ、魔力をはじき返しているのか!」
あまりの衝撃に、おじさんは思わず目を見開いた。
鉄の構造を白銀で歪ませたこの12.3%合金は、ただ魔力を遮断するだけの絶縁体ではなかった。
現実の超伝導体が磁気をはじき出すマイスナー効果、あるいは電磁気学の法則を思わせるその挙動に、おじさんの脳裏には鳥肌が立つような閃きが駆け巡った。
(ただ魔力を絶縁するだけじゃない。
このはじく力と、魔力を吸い寄せる力の材料を組み合わせれば……複雑な仕組みなしで回る『魔力モーター』すら設計できるんじゃないか!?)
現実的な値として、おじさんは一旦、キリの良い【白銀含有率:12%】を、『魔鉄』の標準最適値として決定した。
将来的に、魔力を定量的に測定できるようになったら、さらに少数点以下の細かい追い込みをするとしよう。
「とりあえず……魔力伝導体と、魔力を反発させる魔力絶縁体の二大物質が、ついに出来上がったぞ」
文章にすれば、机の上の単純な作業のように思えるかもしれないが、錬金術による酸化物の還元、白銀の配合比率の変更、熱処理などいくつもの条件を検討した、骨の折れる作業だった。
大変だったのは、鉄中に白銀を均一に混ぜることと魔力の跳ね返り具合の判定だった。
気がつけば、おじさんは川崎ダンジョンの地下工房に丸一週間以上も引きこもった。
ひたすら土を掘っては白銀と鉄を抽出し、そして今度はこれを均一に混ぜる。
その泥臭い作業に没頭していた。
「ふぅ……。拠点に快適なトイレと、熱々の温水シャワー、そしてインベントリー内にお弁当があって、本当に助かったな」
汗を拭いながら、遠征後に地上で大量に買い込んでおいたペットボトルの冷たい『お茶』を、インベントリーから取り出し、喉を鳴らして飲み干した。
キンキンに冷えたお茶を飲む瞬間は、まさに至福のひとときである。
手元には、鈍く輝く白銀の棒と、魔力を通さない魔鉄の棒。
おじさんは内心でニヤニヤがとまらないのであだった。
(つづく)




