第57話:原子もどきを使い倒そう 材料工作の時間(前編)
2027年2月
第四層の光苔を解析したことで得られた『原子もどき』という仮説は、おじさんのなかの知的好奇心の炎を灯らせていた。
陽子や電子といった地球の厳密な素粒子物理学の階層を持たず、魔力の干渉によって、どのような物質の挙動でも再現・模倣する、プログラム可能な最小構成単位。
それがダンジョン産の物質の本質だ。
もしその仮説が正しいのなら、外部からの命令の与え方次第で、現代地球の物理法則に縛られない、全く新しい機能性材料を生み出すこともできるはずであった。
「魔力に対する伝導体と、絶縁体。これらが作れれば、配線と被覆の構造が作れる。その先には……魔力を用いた半導体や、電気回路に似た魔力制御回路の設計すら夢ではないな」
退職して久しかった技術屋の血が、体の奥底で激しく騒ぎ立てるのを感じた。
おじさんは居ても立ってもいられなくなり、新調したウィンドブレーカーを羽織ると、実験のために川崎ダンジョンの地下工房へと急いだ。
まず原材料の確保からだ。
ラノベの定番設定では、優れた魔力伝導体として、高位の『銀』や、さらに低位の『白銀』が挙げられる。
幸いなことに、白銀の材料となる元素は、この第二層の草原エリアの足元に、無尽蔵とも言える物量で転がっていた。
ダンジョン第二層草原エリアの黒土を錬金術の理解で解析すれば、その組成データがダイレクトに脳内へ出力される。
土壌には炭素、水素、窒素、ケイ素、鉄、リン、カルシウム、マグネシウムといった地球でお馴染みの元素が複雑に混ざり合っている。
その中に、酸化アルミニウムの形で目的の成分が豊富に含まれているのだ。
他にも微量元素としてマンガン、チタン、ニッケル、硫黄なども検出される。
「まずは、この酸化アルミニウムを還元し、白銀を取り出す。銀は別のところから調達する必要があるし、価格が高い。
ましてや伝説のミスリル銀をゼロから精錬するのは敷居が高いが、白銀ならいくらでも量産できるからな」
おじさんは作業台の前に腰掛け、大量に採取してきた土を一つかみ、手のひらの上に乗せた。
体内の魔力循環から魔力を引き出し、土中の酸化アルミニウムの結合を解除していく。
単にアルミニウム原子を生成するだけでなく、強烈かつ鮮明なイメージを付加していく。
(魔力に対する抵抗値を極限までゼロに近づけ、魔力を淀みなく通す伝導特性を持て)
化学的な還元反応と、魔導的な特性付与を同時に行う高度な錬金プロセスだ。
物質の結合が音もなく組み替わり、おじさんの手のひらの上には、ダンジョン物質由来の、鈍い銀白色に輝く白銀の塊が精錬された。
おじさんはこれを、錬金術の形状制御によって、直径1cm長さ20cmほどの綺麗な丸棒へと加工した。
完成したアルミ棒の端を、手のひらで、グッと握り締める。
そして、魔力の体内循環から、ほんの微量の魔力を手のひらに押し出してみた。
「おー……!
棒の中に、魔力が何の抵抗もなく、すうっと吸い込まれるように入っていく!」
押し出された魔力は、アルミ棒の内部を瞬時に伝わり、反対側の端から虚空へ向かって綺麗に放出された。
魔力伝導体の試作品は見事に成功であった。
「やったぞ!白銀の魔力伝導特性の定着は成功だ!……お次は、『絶縁体』だな」
魔力を通す材料があれば、逆に、魔力を完全に遮断する絶縁体が必要不可欠となる。
ラノベの定石を紐解けば、魔力を遮断する金属として『魔鉄』という合金がよく登場する。
鉄に数%のミスリル銀を混合することで、魔力に対して強固な抵抗値を持つ特殊合金に変質するという設定だ。
「地球にミスリル銀はない。
ならば、先ほど成功したばかりの『白銀』を鉄に混ぜることで、代用となる『魔鉄』が作れないか、実験する」
おじさんは再び土へと意識を向け、錬金術の理解を発動する。
今度は土中に含まれる酸化鉄をターゲットに選定した。
酸化アルミニウムに比べると土中の含有量はやや少ないが、それでも実験を続けるには十分な量が取り出せる。
先ほどと同様に、錬金術の分解を発動。
還元・析出する鉄分子に対し、強烈かつ鮮明なイメージを付加していく。
(魔力に対する抵抗値を極限までゼロに近づけ、魔力を淀みなく通す伝導特性を持て)
化学的な還元反応と、魔導的な特性付与を同時に行う高度な錬金プロセスだ。
これを、評価しやすいよう、直径0.5cm、長さ20cmの、やや細めの丸棒へと成形する。
まずはベースとなる純鉄の特性を確認するため、棒の端を握って魔力を流してみた。
「ふむ……。こちらも、魔力がすうっと入っていくな」
今回の狙いは、この鉄の結晶格子の中に、白銀を不純物として溶け込ませることにあった。
構造を意図的に歪ませ、魔力の通り道を塞ぐためである。
これは、現代地球の鉄-アルミニウム合金の電気特性に由来する考え方だ。
おじさんは同じ手順を繰り返し、ベースとなる鉄の棒を、地下工房の作業台の上に何十本も量産した。
これで材料の準備は整った。お次はいよいよ合金化だ!
次なる実験におじさんは内心でニヤニヤするのだった。
(つづく)




