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第56話:探索者協会の窓口で(後編)

2027年2月


換金の清算が終わり、おじさんが席を立ちかけたその時だった。対面に座る女性職員が、静かにおじさんを引き止めた。


「さしでがましいようですが、探索者協会の方から、早坂さまへ1つご提案があるのですが」


その言葉に、おじさんの背筋に再び嫌な緊張が走った。


また、あの鶴見支部の高橋支部長のような、権力を笠に着た組織の振る舞いが始まるのだろうか。


つい声が大きくなってしまう。


「またですか?

協会の言うことを聞かなければ、探索者登録を抹消するとか、活動を制限するとかいう、お得意の強硬姿勢ですか?


私は組織の政治に巻き込まれるのは御免被るのですが」


目の前の女性職員に当たるのは完全に筋違いだと分かっていた。


しかし、長年、組織の理不尽に干渉され続けてきたサラリーマン人生の記憶が、うんざり感とともに口を突いて出たのだ。


しかし、彼女はおじさんの無礼な態度に対しても、全く表情を崩さずに冷静なトーンで告げた。


「鶴見支部の高橋支部長の件では、我が協会の不手際により、大変なご迷惑とご不快な思いをさせました。


ご安心ください、あの方は先週、人事異動によって北海道の僻地にある出張所の方へ更迭(左遷)されました。


よほどの天変地異でも起きない限り、今後早坂さまの前に現れることはございません」


「左遷、ですか」


スマホの動画データが組織のトップを直撃した効果は絶大だったらしい。


高橋の失脚を確認し、おじさんが少し毒気を抜かれていると、彼女はさらに言葉を続けた。


「そもそも探索者協会は、現代ダンジョンの一部管理と、探索者様の円滑なサポートを行うことを最大の設立理念としております。


決して、個人の技術や資産を不当に搾取する機関ではございません」


不愛想だが、彼女のこの真摯で嘘のない対応を、おじさんは以前から高く評価していた。元々、誠実な業務遂行能力を信頼しているからだ。


おじさんは一度深く息を吐き、再びソファに腰を落ち着けた。


「分かりました。ひとまず、お話を聞きましょう」


彼女の話によると、通常、上級探索者と呼ばれる高ランクのベテランや、特殊な資源を供給できる特定個人は、機密保持と防犯上の観点から、一般のロビー窓口ではなく、このような個室で専任の担当者が個別対応することになっているらしい。


還暦を迎えたばかりのFランクの新人がこの対応を受けるのは極めて異例である。


しかし、おじさんの叩き出している数値がすでに一般枠を遥かに超越している以上、これが最も合理的な対応なのだという。


「なるほど。

社会人生活の39年間、上司や依頼者から散々干渉されまくって、ようやく定年退職して手に入れた第二の人生ですからね。


自分で決めて、やりたいことを、やりたい時に、やりたいだけやって、気が進まなければいつでも辞める。


そんな究極の自由な働き方を満喫していたところで、また組織に囲い込まれるのは本意ではないのですよ」


おじさんが本音を吐露すると、女性職員は小さく、しかし明確に頷いた。


「早坂さまのそのご意志は、重々承知しております。

協会側からは今後、一切の強制的な指名依頼や干渉はいたしません。


ただ、今後の換金手続きや物資の搬入について、他の探索者に無用な嫉妬や憶測を呼ばないよう、こちらの個室での完全プライベート対応をお勧めしているのです。


その方が、早坂さまの望む『静かで安全な隠居生活』の防衛線としても有効かと存じます」


「それは、探索者協会の総意、つまり上の連中も含めた決定事項なのですか?」


おじさんの鋭い問いかけに、彼女は視線を揺らすことなく答えた。


「協会の総意ではございません。

ですが、少なくとも早坂さまの行動圏内である、鶴見、川崎、および、横浜第一から第三ダンジョン支部内においては、完全にトップダウンで情報のブロックと統一が完了しております。それに……」


彼女は机の上の端末の画面をおじさんに見せた。


「毎日あちこちの支部を電車で回って、小分けに換金するよりも、こちらの個室に窓口を固定された方が、交通費の観点からも、早坂さまの手間や時間のコストカットの観点から見ても、はるかに効率的かと存じます」


端末に表示されたおじさんの換金履歴を見せられ、おじさんは苦笑せざるを得なかった。

確かに、すべてがバレている。

わざわざ曜日ごとに横浜や川崎を右往左往するのは非効率の極みだ。


おじさんは腕を組み、提示された取引条件を瞬時に精査した。


条件1:探索者協会は、早坂の活動に対して一切の干渉・強制を行わない。

条件2:早坂は、協会からの特命や指示、指名依頼を一切受けない(完全なソロの維持)。

条件3:換金および手続きは、常にこの個室での個別対応とし、情報の守秘義務は法令を遵守する。

条件4:窓口はここ『横浜第三ダンジョン支部』とし、担当はこのクールな女性職員が専属で対応する。


「分かりました。その条件であれば、ご提案を受けます。今後、私の個別対応はあなたにお任せします」


おじさんがそう告げると、女性職員は満足したように、ほんのわずかだけ口元を和らげたように見えた。


「ありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。

それから早坂さま、業務連絡のついでと言っては何ですが、一つご報告があります」


彼女は端末の画面を一度クリアすると、事務的なトーンのまま告げた。

しかしどこか冷徹な響きを帯びた声であった。


「例の、早坂さまを襲撃しようとした3人組と、彼らを唆した佐藤遥氏の件です。先日、警察への引き渡しと臨時の運営審査会が完了いたしました。


3人組は傷害未遂と恐喝の余罪で実刑判決が濃厚、佐藤氏についても殺人教唆の容疑で逮捕され、所属事務所からは即座に契約を解除されています。


業界内でも完全にブラックリスト入りしたため、彼女が表舞台に戻ることは二度とございません」


「左遷、逮捕、実刑ですか。実に容赦がないですな」


おじさんが小さく苦笑すると、彼女は表情を変えずに淡々と締めくくった。


「当然の報いです」


悪党どもが社会的に完全に抹殺されたことを確認した。おじさんの胸のうちはすこぶるスッキリとしていた。

これでようやく解放される。


おじさんが席を立ちかけたその瞬間、インベントリーの中に山積みになっていた『ある物資』のことを思い出し、彼女を呼び止めた。


「あ、さっそくで大変申し訳ないのですが、1件、ご相談したいことがありました」


「はい、何でしょうか?」


彼女が振り返る。


「実は、角うさぎの『角』だけ、数千本ほど持っているのですが。それらもこちらで、換金したいのですが可能でしょうか?」


「数、千本、ですか?」


その瞬間、いつも鉄面皮のように表情を崩さなかったクール・ビューティーな彼女の顔が、見たこともないほど激しく引きつった。

絶句するのを、おじさんは見逃さなかった。


還暦おじさんの規格外の数量が、専属担当となった彼女の平穏な日々を、初日から盛大にこじらせようとしていた。


その驚き顔を見つめながら、おじさんは内心でニヤニヤするのだった。


(つづく)

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