第54話:発光の仕組みとダンジョンの仕組み
2027年1月
10時間の睡眠から覚め、おじさんは拠点の水槽の水で顔を洗った。
インベントリーから、ペットボトルの水と、鮭幕の内弁当を取り出す。
錬金術の応用で加熱した、熱々の白米を口に運び、水で流し込みながら、おじさんは一息ついて頭の中の整理を始めることにした。
まずは、今回の遠征前に作製した、光苔照明についてだ。作製時に錬金術の理解で光苔の構造を調べた際、大変興味深いことが解った。
現代地球における発光素子(LED)の発光原理は、電気的に性質の異なる2つの半導体、すなわち『P型:正の電荷を持つ正孔が多い材料』と『N型:負の電荷(電子)が多い材料』を接合した構造に基づいている。
これに順方向の電圧をかけると、互いの電気的な反発によって、電子とホールが接合面の境界線に向かって一斉に移動を始める。
境界線で出会った電子が、ホールの中に収まる。これを再結合と呼ぶ。
電子は、ホールに入る前の、エネルギーが高い状態から、ホールに収まったエネルギーの低い状態へと移行する。
このときに生じる余剰エネルギーが、直接『光』として外に放出される。これが地球の物理法則における発光の仕組みだ。
驚くべきことに、ダンジョンの光苔を構成している物質は、陽子も電子もない。にもかかわらず、これと全く同じ振る舞いを模倣していた。
仮に材料Aと材料Bとしよう。
この材料Aと材料Bを接合し、そこに魔力というエネルギーが干渉すると、材料Aから電子に酷似した粒子が移動し、材料Bからもホールに類するものが中央へ移動する。
そして、中央の接合面で両者が再結合し、余った魔力を視覚的な光として空間に放出していたのだ。
「まるで、現代地球の物理法則を、誰かが計算機上でシミュレートしているみたいだ」
このダンジョン産の物質は何でもありだ。
外部から命令を書き込むことで、どのような物質の挙動でも再現できる。
いわば、プログラムが可能な『アトミックマシーン』といったところだ。
当初、魔法とは『世界を管理する基幹システムにアクセスし、事象を直接書き換えるもの』だと思っていた。
しかし、実は世界システムが、このアトミックマシーンを直接操作しているのではないか、という仮説が浮かび上がってくる。
だが、亜空間のような空間そのものを生成、固定する『インベントリー』のような現象を考えると、それだけの操作で説明するには出力が小さすぎる。
やはり、この物質の挙動は事象への干渉をスムーズに行うための、世界システム側の補助的なものと考えた方が、合理的だろう。
そういえば、ジュラルミンをつくった時に、準備していない、金属成分も構築されていたな……
*
ペットボトルの水を飲み干し、おじさんは次の考察へと移った。
ダンジョンという存在についてだ。
ダンジョンは、10年前(2010年代前半)に突如として世界各地に出現した。
現代地球とは一部異なる法則が適用され、現在の最先端科学を以てしても再現も解明もできない超技術で構築されている。
独自の階層を持ち、危険な魔獣を配置し、対価として魔石を配り、探索者と呼ばれる人間を内部へ誘い込んでいる。
しかし、難易度は高く、人類にはまだ20層までしか攻略できていない。
では、この壮大なシステムを設計した未知の管理者たちの目的は何か?
ここで思い至るのが、ラノベという大衆文化の奇妙な歴史だ。
現代地球において、このジャンルが確立されたのは1980年代後半から1990年代初頭とされる。
その後、2000年代前半のインターネット普及とともに一般社会へ定着した。
日本において『ダンジョン』や『異世界ファンタジー』という言葉が、一部の愛好家だけでなく、誰もが知る一般名詞になったのも1980年代後半のゲームブームが起点だ。
つまり、実際にダンジョンが地球に出現するより30年以上も前から、人類の頭の中に『ダンジョンを攻略して異世界に行く』という概念の土壌が構築されていたことになる。
(もし、これもダンジョン管理者の計画の内だとしたら、辻褄が合いすぎるな)
ダンジョンを作った何者かたちが、現代地球人がいざダンジョンに直面した際に、システムをスムーズに受け入れられるよう、事前にラノベやゲームの概念として、地球へ広く普及させたのか。
その後、機が熟した2010年代後半に、実際に各都市へダンジョンを物理配置して人間を誘い入れた。
荒唐無稽に聞こえるが、現状のデータから推論すると、この仮説は妥当に思えた。
なかなか攻略できない、制限だらけの超難関空間。
管理者たちは、人類に『もっと強くなれ、もっとシステムを理解しろ』と、種族そのものの進化を促しているのか。
それも、数年単位の話ではない。
数百年、あるいは数千年単位の、気が遠くなるほど長いスパンで計画された巨大なプロジェクトの途上なのだろうか。
「還暦を過ぎたおじさんが、ダンジョンの底で宇宙人の意図を考えるとはな。ラノベの読みすぎか」
おじさんは自分の大袈裟な思考に自嘲の苦笑いを漏らし、空になった弁当殻をインベントリーへ片付けた。
目的の全容は見えないが、やるべきことは変わらない。まずは目の前の魔獣を1つずつ潰し、安全に階層を下りるだけだ。
次なる戦闘の準備のために、黒い防刃ジャケットのファスナーを引き上げながら、おじさんは内心でニヤニヤするのだった。
(つづく)




