第53話:第五層の遭遇戦
2027年1月
2泊した第四層の地下拠点から第五層に移動した。
捕獲した『ウォータースライム(Wスライム)』2匹と普通のスライム5匹は、まだまだお世話になるので、そのままだ。
もちろん、少々魔石を入れておいた。
出入り口を錬金術で塞ぐ。
下り階段を降り、おじさんは第五層『巨大空洞』へと足を踏み入れた。
これまでの狭い洞窟や鍾乳洞とは異なり、天井が果てしなく高く、地平線が見えそうなほど広大な空間が広がっている。
知性を持つ亜人種が群れをなすエリアだ。
おじさんは事前に『魔力防壁』を周囲に展開した。厚さ10mmの魔力の板が身体の周りで浮遊する。
歩行や姿勢に問題が出ないことを確認し、左腕の腕時計で現在時刻を確認して前進を開始した。
しばらく進むと、視界の端のパッシブレーダーが前方200mの位置に複数の魔力を感知した。
魔力反応は赤(第五層~クラス)。
数は6。
おじさんは岩の隙間に身を隠し、単眼スコープを取り出して確認した。
200m先、ゴブリンの分隊がいた。
錆びた剣と盾を持つ『ゴブリンソルジャー』が3体。
一回り体格が大きく、粗末な木槌を持つ上位種の『ホブゴブリン』が1体。
そして、後方に木製の弓を番えた『ゴブリンアーチャー』が2体だ。
戦術の方針を頭の中で組み立てる。
今回は距離が200mと十分に離れている。
長距離から一方的に全滅させるのが最も合理的で安全だ、だが。
銃身を取り回しの良い0.75mに変更した。
深さ1.0mほどの穴を掘り、その中で『魔石ライフル』を構える。
3〜9倍スコープの倍率を上げ、まずは最も厄介な後方のゴブリンアーチャー1体目の胸元に十字の照準を合わせた。
トリガーを引く。
『カァンッ!!』
と巨大空洞に爆音が轟いた。
初速マッハ2.1で放たれた12,500Jの特製角弾は、200m先のゴブリンアーチャーを盾ごと粉砕した。
ゴブリンアーチャーが黒い霧となって消滅する間に、おじさんはボルトを引いて次弾を装填。相方が消えたことに混乱している2体目のゴブリンアーチャーも正確に撃ち抜いた。
これで遠距離攻撃の脅威は消えた。
「よし。次は残りの近接兵を順次殲滅だ」
スコープを覗き、レティクルを突進し始めてきたゴブリンソルジャーへと移す。
『カァンッ!! カァンッ!! カァンッ!!』
と一定のサイクルで破裂音を響かせるたび、突進してくるゴブリンソルジャーが防具ごと消し飛ばされ、霧となって消えていく。
3体のゴブリンソルジャーをすべて粉砕した。
今のでマガジンが空だ。
おじさんは素早くマガジンを交換し、空の弾倉をインベントリーへ収納した。
残るは、最も体格の大きいホブゴブリン1体のみだ。
予定通り。
右手にサバイバルナイフ、左手にポリカーボネートの透明な盾を構え、穴から躍り出た。
「ギチィッ!」
こちらを捕捉したホブゴブリンが甲高い声をあげながら突っ込んでくる。
200mという距離は、魔石ライフルによる撃滅の余韻を打ち消し、冷静になるのに十分な距離だ。
質量のある木槌が頭上から鋭く振り下ろされる。おじさんは慌てず、それを透明な盾に角度をつけて受け流した。
『ガシィン』、と激しい衝撃が走るが、体勢が大きく崩れ、ホブゴブリンの太い胴体が見事に無防備になった。
非常時には穴を掘って退避することを頭の隅におきながら、一歩踏み込み、サバイバルナイフを最短距離で一閃する。
ナイフの刃が肉体に接触するインパクトの一瞬だけ、魔力を刃のごとく纏わせて硬化し、横に一閃する。
手ごたえは、やはり大根を切るよりも軽かった。サバイバルナイフの刃はホブゴブリンの強固な肉体を一瞬で両断した。
上下に泣き別れになった巨体は、そのまま黒い霧となって消滅し、床にコロンと魔石だけが転がった。
初戦は見事、立案した段取り通りに運んだ。
しかし、おじさんはまだ深層に入ったばかりの初心者だ。
調子に乗ってそのまま突き進むような無茶はしない。
その後、同じように2回ほどゴブリン部隊との戦闘をこなしたところで、おじさんは一度第四層の地下拠点まで引き返すことにした。
こまめな休憩を挟むのが、おじさんの生存戦略だ。塞いだ出入り口を錬金術で開け、簡易拠点へ入って再び塞ぐ。
2〜3時間の休憩をとることにした。
インベントリーから取り出した、鳥唐揚げ弁当を錬金術で温め、ペットボトルの水とともに平らげる。
やはり温かい食事が現地で即座に摂れるのは精神衛生上すこぶる良い。
その後、数日間にわたって『第五層で2〜3回戦闘 ➔ 第四層の簡易拠点で2〜3時間休憩と食事』という往復を何度も繰り返した。
安全マージンを最大限に確保した、手堅い周回内容だった。
だが、初の本格的な深層遠征、そして、知性を持つ亜人との連続戦闘は、自覚している以上におじさんの脳と身体に強いストレスを与えていたようだ。
遠征の最終夜、最低でも6時間以上の睡眠をとるつもりで寝袋に入ったのだが、気がつくと簡易拠点の光苔照明が眩しく視界に飛び込んできた。
慌てて左腕の腕時計を確認する。
「しまった。10時間も寝てしまったか」
時計の針は予定を大幅にオーバーした時間を指していた。還暦のおじさんが、まさかダンジョンの簡易拠点で緊張の糸が切れて盛大に寝坊するとは。
おじさんは自分の予想外の睡眠に自嘲の苦笑いを漏らした。しかし、10時間ぐっすりと眠ったおかげで、頭も身体も驚くほど軽い。
おじさんは、光苔照明の白い光に照らされながら、内心でニヤニヤするのだった。
(つづく)




