第52話:遠征開始
2027年1月
おじさんはノートのリストを眺めて未だ「×」のままだった項目を思い出した。
照明の作製だ。
川崎ダンジョンの地下工房へと向かう。
まず照明だが、拠点でも使っている光苔を使おうと思う。そのままでは光量や指向性が足りないので、改良の必要がある。
錬金術の理解で光苔の発光の仕組みと構造を理解する。
イメージはLEDライトだ。
基板として、スライム魔石を1mmほどの厚さにカットしたものを用いる。
その上に光苔の発光構造を構築する。
まずは、30mm×20mm、楕円上の基板上に5mm×5mmくらいのセルを5×4個ほど作った。
この基板の裏面にスライム魔石を近づけると魔力に反応して、発光した。
「おっ、ちゃんと発光する」
次に、これを市販のLEDヘッドライトを分解して組み込み、自転車用ヘルメットに装着することにした。
LEDは10mm×10mmサイズだったので、それに合わせて10mm×10mm×厚さ1mmサイズのスライム魔石の基板をつくった。
基板上に0.5mm×0.5mmくらいのセルを15×15個ほどつくり、LEDヘッドライトに組み込んだ。
今のところON/OFFは魔石の着脱により行い、光量の調整は魔石と基板の距離で調整できる。魔石を薄板に加工し、スライドさせて近づければ光量が増し、遠ざければ、光量が減る。
「魔力伝導の良い材料と魔力絶縁材料があればもっと電気製品みたいにできるのだが……」
*
新調した黒い防刃ジャケットと戦闘用ズボンを着用し、食料、医療品などをインベントリーに収納し、川崎ダンジョンへと向かった。
服のデザインが落ち着いているため、電車内でも完全に周囲に溶け込めている。
ミリタリー色にしなくて正解だった。
川崎ダンジョンに入行。
第三層の洞窟エリアでは、犬笛を魔獣避けの周波数に合わせて吹き鳴らす。
毒蜘蛛や大コウモリが蜘蛛の子を散らすように通路の奥へ逃げていき、一切の戦闘を発生させずに第四層への下り階段へ到達した。
第四層は、至る所から水が滴る鍾乳洞エリアだ。今回はここに2泊3日で滞在し、簡易拠点の構築も行う。
まずは安全な簡易拠点の確保だ。
通路から少し離れた、目立たない場所にある強固な岩壁を見つけ、錬金術を発動した。
壁面に縦2m×幅1mほどの横穴を開け、そこからさらに奥へ5mほど掘り進めた。その奥に、高さ3m広さ10畳ほどの空間をつくる。
天井と壁、床はすべてレベル3の結晶化仕様で、強固な部屋を作り上げた。出入り以外の時には、入口もレベル3の土壁で塞ぎ隠蔽。
魔獣と他の探索者の侵入防止と、簡易拠点が分からないようにカモフラージュした。
「よし、次はインフラだな」
おじさんは近くの水場へ向かい、清水を分泌する貴重な固有種である『ウォータースライム(Wスライム)』を2匹、普通のスライムを5匹ほど生け捕りにして連れてきた。
部屋の天井と地下に、給水用(2個)と排水用(2個)の水槽を錬金術で構築する。
給水側の水槽は、1個目に2匹のWスライムを入れた。飲料時は、1個目の水槽の水を『魔力抜き』の処理をしてから使う。
2個目の水槽は、1個目の水槽から流れ込んでくる水を貯め、シャワーへと繋ぐ配管を組む。シャワー時にこちらを温水にして使う。
これで波長の違いで苦しむことのない安全な飲料水と温水シャワーが完成した。
普通のスライム5匹は、地下の排水層へ配置する。これで排水処理も整った。
一通りの工事を終え、おじさんは腕時計に目をやった。ゼンマイのローターが静かに回り、針は正確に13時を指している。
ちょうど腹が減る時間だ。
自作の照明を適度な明るさに調整して部屋の壁に固定し、ヨガマットを敷いて腰を下ろす。
インベントリーから、お弁当屋さんで大量購入したハンバーグ弁当を取り出した。取り出したお弁当は、マンションまでの移動時間はあるが、ほぼ作りたての状態だ。
時間が完全に停止していた証拠だった。
錬金術でちょっとだけ加熱する。
「ダンジョン内で、ほかほかのハンバーグ弁当とは……。実に贅沢だな」
ペットボトルの水を飲みながら、大満足で完食した。
(ペットボトルのお茶も買ってくればよかったな)
さて午後からは狩りの開始だ。
第四層の通路へ出ると、遠方に『ジャイアントトード(Gトード)』の魔力をパッシブレーダーが捉えた。
おじさんらしく、安全第一の戦術をとる。
標的に見つからない距離で、足元の岩盤を錬金術でくり抜き、深さ1mの直立した穴(個人用塹壕)を一瞬で掘り下げた。
その中にすっぽりと身を隠す。
インベントリーから取り出したのは、取り回しを最優先した『ショートバレル(0.5m銃身仕様)』の魔石ライフルだ。
有効射程は約150m。
塹壕のフチに銃身を乗せ、3〜9倍スコープの照準を100m先のGトードの脳天に合わせる。
カァンッ!!
弾底のスライム魔石の爆発により、初速マッハ2.1で放たれた角弾が、一撃でGトードの頭部を粉砕した。
Gトードは消滅し、床に魔石(4,500円相当)だけが転がる。穴の中から安全に狙撃するこの戦術は、効率的で安全だった。
中盤、一度だけ不測の事態が起きた。
別のGトードを狙撃中、死角の水溜まりからもう1体のGトードが飛び出し、高速で長い舌を突き出してきたのだ。
距離は10m。
おじさんは即座に魔石ライフルをインベントリーへ格納し、サバイバルナイフとポリカの透明な盾を構えた。
バン、と激しい衝撃が盾を襲う。同時に『魔力防壁』を展開し、穴から飛び出す。
再度長い舌を突き出しようとするGトードの懐へ瞬時に踏み込み、サバイバルナイフで切り裂く。
刃が肉体に接触するインパクトの一瞬だけ、魔力を刃のごとく纏わせて硬化!手ごたえは、やはり大根を切るよりも軽かった。
サバイバルナイフの刃はGトードの強固な肉体を一瞬で横一閃に両断し、魔獣は黒い霧となって消滅した。
近接格闘戦もなかなか様になってきた。
その後も塹壕狙撃戦術に徹底し、3日間の滞在で最終的に計50匹のGトードを狩った。
2晩とも、おじさんは自分で作った快適な簡易拠点で、インベントリーからお弁当や惣菜パンを取り出して食べ、寝袋に入って機械式時計の静かな秒針の音を聞きながら、熟睡することができた。
「自作照明、機械式時計、簡易拠点、魔石ライフル、魔力切り、魔力防壁。まるでラノベの世界だな。還暦おじさんのソロ攻略とは思えない」
おじさんは誰もいない快適な一室で、自作照明の白い光に照らされながら、50個のGトード魔石の入ったインベントリーの目録を眺め、内心でニヤニヤするのだった。
(つづく)




