第51話:遠征準備
2027年1月
いつの間にか、正月を迎えていたが、還暦独り身のおじさんにはあまり関係ない。
一通りの兵装開発が完了した。
おじさんは第四層以降への本格的な遠征を考え始めていた。
まずは、現在の準備状況を確認する。
こういう時は、頭の中だけで完結させないのが基本だ。
項目をノートに一覧化してみた。
【遠征準備一覧】
• 攻撃:〇 魔石ライフル(中・長距離狙撃用)
• 攻撃:〇 サバイバルナイフ、魔力切り
(至近距離用)
• 防御:△ 防弾チョッキ風のプロテクター
(複数のポリカーボネート板入り)
• 運搬:◎ インベントリー(30m^3)
• 衣服・保護具
〇 自転車用のヘルメット
〇 大型のゴーグル
〇 撥水性の目出し帽
〇 高強度繊維で作られた
防刃・耐摩耗性の作業用シャツ
〇 防弾チョッキ風のプロテクター
(ポリカーボネート板入り)
〇 ウィンドブレーカー(ポリエステル製)
〇 カーゴパンツ
〇 タクティカルグローブ
〇 作業用ブーツ
• 武装・弾薬
〇 魔石ライフル(0.75m銃身)×1挺
(1.0m、0.5mも収納済みだ)
〇 5連装弾倉×4個
〇 特製角弾×250発
〇 サバイバルナイフ×1丁
• 食料・飲料
× 水(2L容器×9本入り箱)×4箱
× 水(0.5L容器×24本入り箱)×4箱
× 経口補水液
(0.5L容器×24本入り箱)×1箱
× お弁当×100食
(現地での調理は厳しいため)
× 惣菜パン×50個
× カロリーメイト等の栄養補助菓子
× 塩飴×1袋
• 医療・衛生品
× ポイズンリムーバー(毒吸引器)
× 強力な虫よけ薬(忌避成分の濃いもの)
× 浄水用塩素小錠
× 抗生物質入り軟膏
× 皮膚保護用救急絆創膏
(ハイドロコロイド製)
× 伸縮包帯・粘着テープ
× ダクトテープ(強力粘着テープ)
× ロキソニン等の強めの解熱鎮痛薬
(痛み止め用)
× 抗ヒスタミン薬
(内服・外用の両方。虫刺され用)
× 下痢止め・胃腸薬
(現地での脱水症状を防ぐため必須)
• その他
〇 敷物
〇 寝袋
× 替えの下着(シャツ、パンツ、靴下)
× 時計(電池の要らない機械式)
〇 方位磁石
〇 遠隔観察用単眼鏡
× 照明器具(頭部装着灯、懐中電灯)
一覧表を眺めて、おじさんは深くため息をついた。
(……ちょっとどころか、全く駄目だな、これは)
攻撃面にばかり資源を注ぎ込んだ結果、完全な攻撃特化型になっていた。
サバイバルに関する項目がことごとく未着手だ、防御もプロテクターだけでは心もとない。
医療面に至っては、市販の薬で対応できるうちは良い。だが、骨折や深い切り傷を負った場合、現地ではどうにもならなくなる。
試射目的だったとはいえ、第四層へよくもこんな無防備な状態で突入しようとしたものだ。おじさんは背筋が寒くなった。
衣服もより実戦に適したものが欲しい。
防御面には何かしらの障壁のような魔法防御が欲しいところだ。
さらに言えば、錬金術を応用した医療技術も確立しておくべきだ。
ダンジョン内の照明も、電池が使えない以上、何かしらの対策が必要となる。
方針を決める。
衣服は新調する。
探索者協会の売店か、秋葉原の軍事払い下げ品を扱う専門店で調達すれば良いだろう。
食料は近所のお弁当屋さんで調達する。
医療品はドラッグストアでまとめて購入すればいい。完成したばかりのインベントリーへ放り込んでおけば、消費期限は無視できる。
問題は防御と錬金術医療だ。
防御に関しては、魔法による防壁の展開を練習する。
錬金術による医療は、まずは人間の身体に関する正確な知識が必要不可欠だ。『人体解剖図巻』を購入し、人体構造を理解する。
その上で、自分の身体を錬金術の理解で調べてみる。
(ただし、分解と再構築による修復はぶっつけ本番になるな。私の身体で事前練習をするわけにはいかないからだ)
おじさんはまず、最も習得に時間がかかりそうな防御に着手した。
魔力防壁の展開訓練から開始する。
その合間に、物資の買い出しを進める予定だ。
魔力切りの応用で、身体の表面に魔力を一様に放出し、それを硬化させる。
ただ魔力を皮膚に纏わせてカチカチに固めるだけだ。これまでの経験からすれば、それほど難しくはなかった。
透明な殻がおじさんの身体を包む。
だが、ここで致命的な問題が発生した。
動けないのだ。
当たり前の話だが、関節まで一緒に固定してしまったため、一歩も歩けない。
自分の動きに合わせて、動かす部分の硬化を解除し、別の部分を硬化させる。
そんな動的なリアルタイム制御を試みたが、頭がパンクしそうになった。すぐに使いこなせるようなものではない。
(敵の攻撃が当たる瞬間だけ、その部分を部分硬化させるか?)
それも考えたが、不意打ちや死角からの奇襲に対応できない。妥協案として、おじさんは『魔力の鎧』を着るイメージを構築した。
関節部分をあえて最初から除外する。
それ以外の部分にのみ魔法防壁を展開する。
具体的には、厚さ10mmの頑強な魔力の板を両腕、両足、胴体の周りに複数、フローティング状態で並べるイメージだ。
これなら動きを阻害しない。
当面はこの仕様でいくことにした。
魔法防壁の訓練と並行して、衣服や物資の新調も行った。
専門店を回り、顔全体を覆う防寒帽、頑丈な保護眼鏡、戦闘用シャツ、防刃上着、防刃ズボン、戦闘用長靴、そして、防水用の長靴を購入した。
ヘルメットと胸当てのポリカーボネート板は、そのまま以前のものを流用した。なかなかの出費になったが、命の値段には代えられない。
色は迷彩色ではなく、黒か深い灰色を選択した。これならダンジョンの行き帰りの街中でも、帽子と眼鏡さえ外せば普通の服に見える。
ギリギリ普通の服として着て歩けるため、恥ずかしさは最小限に抑えたい。
食料の調達は、地元のお弁当屋さんで行った。
500円から1,000円ほどのお弁当を10種類、それぞれ10個ずつ、計100個を注文した。
さらに、3個入りのおおにぎりパックを30パック、サラダを4種類ほど計20個購入する。総額で15万円ほどになった。
個人でこれほどの量を一度に買うのは怪しまれるかと思った。だが怪しまれるどころか、大口の上客として大変な喜びようだった。
受け取ってから、台車で自宅に運び、インベントリーに入れた。
医療品も近くのドラッグストアでまとめ買いをした。ただ、ポイズンリムーバーなどの特殊な機材は店頭になかった。
こちらはインターネットの通販を利用して調達した。
そして、最も苦労したのが錬金医療の基礎知識だ。購入した『人体解剖図巻』を広げる。
人間の骨格、筋肉、血管、内臓の位置と構造を徹底的に頭に叩き込んだ。
(駄目だ。還暦を過ぎたら、カタカナの筋肉名や細かい血管の配置が、驚くほど頭に入ってこないな)
記憶力の衰えに自嘲の笑みを漏らしつつ、それでも何度も何度も繰り返し読み込んだ。もちろん出かける時には『人体解剖図巻』をインベントリーに入れておく。
まあ最悪、インベントリーから出して確認する。
(その余裕があればよいのだが……)
合わせて、一般的な応急処置の手順書も読み込み、練習した。
最低限の知識は補完した。
気がつけば、ノートのリストの「×」はほぼ「〇」に書き換わっていた。
おじさんは誰もいない地下工房の白い光の下で、新調した黒い防刃ジャケットの襟を正した。
充実したインベントリーの目録を確認し、おじさんは内心でニヤニヤするのだった。
(つづく)




