第50話:魔力切りの基礎訓練
第50話:魔力切りの基礎訓練
2026年12月
川崎ダンジョンの拠点において遠征の準備が整いつつあった。
30m^3への容量拡張を完了したインベントリー。
さらに13,500個の魔石の魔力を貯蔵するための10m^3魔力庫がそれぞれ完成した。
魔石ライフルの性能確認も完了している。
安全を考慮しても第四層以降の深層へ進む条件は十分に揃っていた。
だが、その先の第五層や第六層では、魔獣が群れをなして連携してくる集団戦が予想される。
遠距離から先制間引きを行うのが基本戦術となる。
敵の数が多い場合、どうしても接近されて至近距離での格闘戦が発生することが予想された。
地面に穴をあけ、一時的に退避することは可能だ。
安全面で問題がないからといって近接戦の準備を怠るような真似はしたくない。また、どうせなら、近づいてきた敵もすべて安全に処理して帰りたいのが本音だ。
(となれば、保留にしていた例の『魔力切り』の訓練を始めるのが妥当だな)
おじさんはさっそく、地下工房で練習を開始することにした。
最終的には、所持しているサバイバルナイフの刃に鋭利に硬化した魔力を定着させる。
そして相手の骨肉をなんの抵抗もなく切断することだ。
まずは第一段階として、手元にある道具に魔力を纏わせる練習から入る。
本物の刃物を使うと、どちらで切れたのか分かりにくい。よって、木製のサバイバルナイフを作製した。
ひたすら手のひらから木肌へと魔力を送り込んで表面に定着させる練習を行う。
当然だが、最初から上手くいくはずもなかった。送り込んだ魔力は木材の表面でまともに安定しない。
硬化の段階に進む前に空気中へほどけていってしまう。出力が完全に不安定だった。
(基本に立ち返るか。段階を1つ戻そう)
おじさんはナイフを持つのをやめた。
何も持たない状態で、右の手のひらの上に、直径10cm程度の球状の魔力を放出する。それをそのまま空間に留めることから始めることにした。
これも最初は、気体のように揺らめいて形状を維持できない。少しでも集中が切れると空気中に霧散して消えてしまう。
出力の保持時間を延ばす制御だけに意識を絞り、何度も出力を繰り返した。
1週間ほど反復練習した。
ようやく手のひらの上に、静止した魔力の球を数10秒間固定できるようになった。
基礎の固定ができるようになったので、次は、その魔力の球を硬化させる練習へと移行した。
魔力の硬度を定義する基準が曖昧なため、手探りの作業となる。こちらも1週間ほど試行錯誤を重ねて、なんとか手ごたえを掴んだ。
ポイントは、空間に配置した魔力の粒子を、イメージの中でギュッと中央へ締め付けていく感覚だ。
同時に粒子間の結合度を極限まで高めるよう、強く、鮮明にイメージした。
結果、手のひらの上に透明な、ガラス玉のような硬い塊が定着した。だが、最初の10cm球が、1cmほどに縮んだ。
直径1cm程度の硬化した球体をつくり、数分間保持する。
この魔力操作に必要な魔力量は、感覚的には角うさぎの魔石一匹分の極小量だった。
ちなみに、直径10cmの球体に必要な魔力量は、感覚的に角うさぎの魔石150個程度である。だが、これは何回も再利用するのでカウントしない。
現在の1,150個分を超えるおじさんの魔力総量からすれば、完全に誤差範囲内の低燃費だ。
(これでは魔力の枯渇と再補給の限界突破サイクルが回らないな。まあ、基礎研究の段階だし、そこは割り切るか)
魔力総量の容量アップに繋がらない効率の悪さに少しだけ苦笑いしつつも、おじさんは次の段階へ進むことにした。
ここでようやく木製ナイフの再登場だ。
まずは、ナイフの表面を、薄い魔力の膜で隙間なく包み込むイメージを重ねる。
これも1週間ほどの時間を要した。
だが、木肌の凹凸に沿って魔力が綺麗にコーティングされる確かな感覚を得た。それができたら、薄く包んだ魔力層を硬化させる。
球体の時と同じように、魔力の粒子をギュッと締め付ける。結合力を高めるイメージを薄膜全体に走らせた。
(よし。木製ナイフを核にした、魔力の刃ができたな)
作業台の前で、おじさんは魔力をまとった木製ナイフを眺めた。
今度は、実戦での確認だ。
室内で何度も素振りを繰り返し、激しい運動によってナイフ表面から魔力の刃が剥離しないか確認した。
固定された魔力は、おじさんの意志で解除しない限り、激しく振ってもそのまま表面に固着し続けているみたいだ。
問題ない。
おじさんは、試し切りと称して第二層の草原エリアへと赴いた。地面に青々と茂る草を見つけ、魔力刃の木製ナイフで軽くなぎ払ってみる。
ところが、全然切れない。
草はちぎれることもなく、ナイフの軌道に合わせてただペコリと横に倒れただけだった。
木製ナイフの表面には、間違いなくカチカチに硬化した魔力の膜がまとわりついている。
しかし、物質を切断するための、刃物としての鋭利さが不足していたのだ。
(なるほど。硬いだけの棒になっているわけか)
確認のため、近くにあった草原の岩に向かってナイフを思い切り叩きつけてみた。
パキィン、と硬質な音が響く。
鉄の棒で強打したかのように岩の表面が粉々に砕け散った。木製の芯しか入っていないナイフで岩が砕けるのだから、硬化自体は問題ない。
ただ、先端の厚みの定義が大雑把すぎるために、切断武器ではなく打撃武器になってしまっている。
おじさんは地下工房へ戻った。
ナイフの刃にあたる最先端の部分が、ミクロン単位で薄く、鋭くなるように再度イメージの練習を試みた。
包丁の刃先を研ぎ澄ますように、イメージの解像度を極限まで高めて固定する。さらに2週間ほど草原での微調整と確認を繰り返した。
ようやく、草が綺麗に、スパッと切れるようになった。
(よし。次は実戦データの取得だな。角うさぎで試そう)
もちろん、囲まれるリスクのない1対1の状況を維持する。
犬笛で一匹だけを引き寄せ、ポリカーボネート製の透明な盾でその直線的な突進をいなす。
体勢を崩した角うさぎの首筋に向け、魔力刃をまとった木製ナイフを切りつけた。
イメージの密度が十分な状態であれば、文字通り一刀両断に切断することができた。
だが、この切れ味の良い最適な状態を維持し続けるのが、なかなか難しい。
常にカチカチの鋭利な刃を維持しようと意識すると、実戦での立ち回りに支障が出る。
(出しっぱなしにするから問題なんだな。必要な一瞬だけ、魔力刃を展開すれば良いか)
おじさんは制御方法を変更した。
まずは木製ナイフのままで構える。
肉体に肉薄して切断するインパクトの一瞬だけ、魔力を刃のごとく纏わせて硬化させる。
これはタイミングが非常に難しかった。
最初は不発となり、ただの木で殴る結果に終わる。
あるいは、早すぎる展開による無駄な魔力消費を繰り返した。だが、徐々に身体がタイミングを覚え始めていく。
来る日も来る日も、草原で角うさぎと、たまに遭遇するイノシシモドキを切りまくった。
気がつけば1ヶ月の時間が過ぎていた。
ここまでくると、一応技術は身体に染みついてきた。もちろん、刃物使いの達人になった訳ではない。
しかし、一瞬で魔力刃を展開すれば、草原に転がっている大きな岩くらいなら、バターでも切るかのように滑らかに両断できる領域に達していた。
木製ナイフで岩が切れる光景はなかなか奇妙だが、実用性は文句なしだ。
(そろそろ、角うさぎとイノシシモドキ以外の標的で、この魔力切りの性能を試したいところだな)
おじさんは老眼鏡の位置を直し、今後の遠征計画をノートに書き留める。
第三層は毒蜘蛛などの状態異常系が多発するため、近接戦のテストとしてはリスクが高い。パスだ。
第四層は吸血ヒル、ウォータースライム(Wスライム)、そして、ジャイアントトード(Gトード)だ。
だがWスライムは物理攻撃無効だし、Gトードは射程の長い舌による遠距離打撃を行ってくるため、ナイフの距離まで近づくのが少々厳しい。
(そうなると、やはり対象は、第五層の巨大空洞にいるゴブリンソルジャーあたりになるか)
盾と剣を持った人型の魔獣を相手に、この自作の魔力刃がどこまで通用するか。
おじさんは次なる実戦の様子を思い浮かべ、内心でニヤニヤするのだった。
(つづく)




