第47話:インベントリーの作製(前半)
2026年12月
川崎ダンジョン第二層の地下10mに広がる、おじさんの拠点ーー地下工房の居住環境は十分に整った。
さらに、Wスライムとスライムの魔石が物理衝突した際の爆発を応用し、有効射程300mを誇る『魔石ライフル』の作製と照準較正も完了している。
拠点、そして武器の準備はできた。
「ーーとなれば、次に着手すべき、荷物の運搬問題。ずばり『インベントリー』の作製だな」
これまでの遠征では、1〜2日分の食料や水をリュックサックに詰めて自力で運ぶしかなく、重量の負担が長期遠征への大きな障害となっていた。
これを錬金術の応用によって解決する。
おじさんは作業台にノートを広げ、インベントリーの構成要件を書き出していった。
【錬金術によるインベントリー作製のポイント】
1. 位置定義:自分のすぐ近くの空間に、1m^3の独立した亜空間を設定・固定する。
2. 熱力学制御:亜空間の内部では、すべての分子運動を完全に停止させる(状態維持)。
3. 力学制御:地球が放つ重力場とのリンクを遮断し、内部の重力を撤廃する(無重力化)。
4. 収納:目視でものを指定し、インベントリーに収納するイメージで収納。逆に、データベースから選択し、目視した場所に取り出すイメージで、取り出すことができる。
5. データリンク:収納された物品にインデックスを自動生成しデータベースに登録する。さらに、10000件のデータ保持、並べ替えおよび検索機能も実装する。
「よし。まずは1.〜5.の各段階が本当に実施可能なのか、そして、各段階においてどの程度の魔力量が必要となるのか、確認を行うとしよう」
ただし、バッグや腕輪などのオブジェクトに固定するのでなければ、3.の力学制御はいらないような気もするが……まぁ、やってみるか。
現在のおじさんの魔力総容量は、度重なる上限突破によって、角うさぎの魔石にして約1,150個分にまで成長している。
だが、いきなりすべての仕様を同時に盛り込んで一発で製作するような雑な真似はしない。不具合が出た際に原因の特定が困難になるし、魔力が全然足りないかもしれない。
実験に取り掛かる前に、おじさんはまずベッドの上に胡坐をかき、目を閉じて徹底的なイメージトレーニングを開始した。
空間の切り離し、熱運動の停止、重力線の分離。鮮明なイメージになるまでシミュレーションを何度も反復する。
十分にイメージが固まったところで、作業台の前へと戻った。
「空間設定、発動」
おじさんは、今では何の意識もせずに、体内を循環している魔力を目の前の虚空へと放った。狙うのは、一辺が1mの立方体ーー1m^3の亜空間の作製だ。
何回か試行錯誤を繰り返していくと、ある瞬間、目の前に、世界の裏側に独立した空間が形成されたような、奇妙で確かな手ごたえが感覚的に伝わってきた。
「……ほう、できたな。最初の亜空間の作製は成功だ」
体内の魔力量を確認してみる。
正確な数値は分からないが、感覚的には総容量の『1割から2割くらい』が消費された感覚だった。
亜空間を固定する分としては、十分に許容範囲内だ。
おじさんは一度実験を止め、衣装ケースから角うさぎの魔石を取り出して手のひらから直接魔力を補充した。
魔力を完全に満タンまで回復させてから、次の段階へと移行した。
「分子運動の停止、発動」
先ほど構築に成功した1m^3の亜空間に対し、今度は内部の分子の振動を強制的にゼロにするイメージを追加する。
熱力学における完全停止だ。
これも、何回か試行錯誤を繰り返していくと、ある瞬間、空間の内部の時間が完全に停止したような、手ごたえへと変化した。
体内の魔力量を確認する。
「……なるほど、ここは重いな。感覚的に『3割から4割くらい』がごっそり持っていかれたか」
宇宙の基本法則である熱力学第二法則(エントロピー増大)を部分的に完全破壊する内容だ。演算負荷が跳ね上がるのも当然だった。
再び実験を中断し、魔石を握って体内の魔力を満タンまで補充。第三段階へと進む。
「重力遮断、発動」
独立し、時間が止まった1m^3の空間の内壁へ、地球の質量が引っ張る重力線を遮断するシールドを張り巡らせるイメージを追加する。
こちらは、すでに空間の切り離しと固定が終わっているためか、何回か実施するうちに、実にあっけないほど簡単に、内部が無重力の浮遊空間へと変わった確かな手ごたえが得られた。
魔力量は、ほとんど変わっていない。全体の『1割以下』……いや、数パーセントといったところか。
三度、魔石による魔力補充を行い、体内の魔力量を最大値(100%)まで補充。そして、最後の仕上げに取りかかる。
「データベースの構築とインデックス、並べ替え、検索機能を追加、発動」
亜空間に収納された瞬間、インデックスが付与され、亜空間内のデータベースに情報が記録される。
おじさんが、データベースを呼び出すと脳内の視界の端へ、文字列としてインデックスが出力される仕様だ。
最大10000件のログ保持、名前や取得順での並べ替え、および特定の物品を探し出す検索機能も組み込んだ。
体内の魔力量を確認すると消費した魔力量は、全体の『1割くらい』の軽い負荷で収まった。
「よし……。1m^3のインベントリー、ついに完成だな」
作業台の前に立ち、おじさんは誰もいない地下工房の中で、ニヤニヤと目を細めるのだった。
(つづく)




