第34話:地下工房の設備拡充およびエアーライフルの改修
2026年11月
第四層からの帰還後、おじさんはまず、地下工房の水道局の配管および試運転に着手した。
工房の天井裏にあたる岩盤を2mほどくり抜き、レベル3の結晶化で密閉した給水用の生け簀を新しく作った。
そこへ、土壺からWスライムを移し替えた。
期待通り、スライムの体表から滲み出た清水が静かに生け簀を満たしていく。
そこから工房内へと落差を利用した給水管を引き込み、まずはトイレへの接続を試した。
便器のバルブを開けると、チョロチョロと清らかな水が流れ、S字トラップを満たしていく。
「よし、これでいつでも用が足せるな」
おじさんは内心でニヤニヤと満足感を噛み締めた。
(……ただ、1匹だけの分泌量では、頻繁に使用すると少し心許ないな。あと2匹ほどは追加で捕獲してきたいところだ)
しかし、一度設備整備の楽しさに火がつくと、途中で止められないのがおじさんの性であった。
おじさんは調子に乗って、個室の隣に流しと、簡易的なシャワールームを追加で増設することにした。
流しの本体や床面は、地面の土を対象に錬金術を発動し、大雑把に成形。
排水口はトイレと同じ地下3m四方の汚水処理槽へ、当然S字配管を介して接続した。
そして、蛇口とシャワーヘッドには、現代地球のホームセンターで購入してきた既製品をそのまま流用した。
マウント部と岩盤の境界を錬金術で分子レベルで融合させ固定する。
配管を繋ぎ、既製品の蛇口をひねると、冷たく綺麗な水が流れ出した。
「やったぞ、上手くいった」
ただし、シャワーを浴びようとしてハッと気がついた。
水を温める『温水化』を失念していたのだ。
現状ではただの冷水シャワーである。
(……どうやって電気や火気を使わずに熱を発生させるか。これについては後日、じっくりと方法を考えることにして一旦棚上げとしよう)
*
居住環境が整ったところで、おじさんは本命であるエアーライフルの改修へと着手した。
自宅マンションにもどり、パソコンとCADで設計をはじめた。
初期型には、見過ごせない3つの改善点があった。
1つ目は、有効射程がわずか20mという短さだ。
より安全なマージンを確保するためには、最低でも100m以上、できれば300m程度の有効射程距離が欲しかった。
2つ目は、魔法で仕切りのアルミ板を一瞬で昇華させる『相転移トリガー』だ。
感覚的に実銃と同じく、『指先による機械式トリガー』で直感的に発射したい。
獲物をスコープで狙っている最中に魔法の制御へ意識を持っていかれるため、どうしても集中力が削がれる。狙いが逸れる恐れがあった。
そして3つ目に、使い捨ての炭酸ガスカートリッジをやめて、エアータンクを取り付け、錬金術で空気を補充する形にしたい。
有効射程100mを目指すには、弾が重く、また炭酸ガスでは圧力が足りないようであった。
また、魔石の値段が900円の魔獣を狩るのに、1発で200~300円のコストは厳しい。
(……カートリッジを交換するだけの方が簡単ではあるが、ここはランニングコストを最優先すべきだな)
仕様の変更としては、以下の通りだ。
・弾丸を2.5cm弾から角うさぎの『角』へと変更する。
・銃身内にライフリングを刻み、タングステンカーバイドをコーティングする。
・5.6MPa炭酸ガスカートリッジから、3MPa空気タンクに変更する。
・トリガーを機械式に変更する。
今回、購入するものがいくつかあったので、ネットで注文した。
・タングステンカーバイド粉末(粒径1〜5μm) 1kg
・コバルト粉末(粒径150μm未満の微粉末)
100g
・ジュラルミン管(A2017-T4、径80mm×300mm、厚さ1.6mm) 3本
・50気圧まで計れる圧力計 1個
・圧力調整用リークバルブ 1個
数日後、部材が揃ったので、印刷した図面とともに川崎ダンジョンの地下工房にやってきた。
まずは、銃身だ。
銃身は、炭素鋼と純アルミの二重構造のままだ。
ただし、内面に深さ0.2mm、8条、1mあたり4ループのライフリングを刻む。
その上にタングステンカーバイド(コバルト10%)を0.5mmほどコーティングする。
(……ライフリングの加工は、土中の鉄でパイプを作り、何十回か練習してから行った。タングステンカーバイドのコーティングも同様に練習を重ねた)
これにより、角弾が超高速で擦過しても一切摩耗しない、驚異的な硬度を持つ銃身が完成した。
エアータンクには、ジュラルミン管の両端を錬金術で球状に丸めた。
片側に5MPaまで計れる圧力計とリークバルブを取り付け、反対側は銃の機関部に接合した。
トリガーも機械式弁へと変更する。
人差し指をかけるトリガーと連動したレバーが、手前側のエアータンクの入口部にある物理的な弁をグッと押し込む構造だ。
これも何度も部品の寸法などを微調整して十分な精度のものにした。
弾丸の方は、角そのままでは上手くライフリングに嚙み合わない恐れがあるのでアルミスカートを取り付けた。
また、エアー漏れ対策に角の底面を深さ1.5~2.0mmのすり鉢状に削り込んだ。
これで弾丸に強力な圧力とジャイロ回転が加わり、直進性と遠距離での弾道安定性が飛躍的に向上するはずだ。
すべての組み込みが終わり、鈍い銀色と超硬の黒が混ざり合う、角弾仕様の新型エアーライフルが完成した。
「計算上、この圧力をロスなくライフリングで撃ち出せば、有効射程は100mから120m。
エアーの漏れや摩擦抵抗による減衰を厳しめに見積もっても、80mは確実にかたいな……」
この新型ライフルは、『エアーライフルⅡ』と命名した。
*
おじさんはエアーライフルⅡを抱え、第二層の草原エリアへと向かった。
方位磁針を頼りに、いつもの遮蔽物の多い不人気エリアへと入り、周りに他の探索者が居ないのを確認する。
エアーライフルⅡのスコープを覗き、遠方のイノシシモドキを探すが、なかなか見つからない。
(……スコープだと獲物を探すのに視野が狭いな。観測用のスコープが欲しいところだ。今度秋葉原に買いに行こう)
やっとのことで、草むらでのんびりと足跡を刻んでいるイノシシモドキの影を捉えた。
レーザー距離計はないが、スコープ内の目盛りから逆算した敵との直線距離は、約100m。
旧型なら届きもしない距離だ。
おじさんは岩陰に身体を固定し、バイポッドの代わりにポリカの盾を立てて銃身を安定させた。
魔法を使い、ジュラルミンタンクへ大気を3MPaプラスまで充填していき、きっちり3MPaに調整する。
角弾を装填して、ガシャリと機械式のボルトを閉鎖した。
距離100m、横風なし。
弾道の落下補正を目盛りに重ね、おじさんは息を止めて、人差し指でトリガーを静かに引き絞った。
プシューーーーガァンッ!!
1Lの高圧空気が超硬の銃身内で炸裂し、ライフリングによって猛烈な回転を与えられた長さ15cmの角の弾丸が、大気を引き裂いて音速の壁へと迫る。
瞬間、100m先の草むらで、イノシシモドキの突進を遥かに凌駕する質量エネルギーが炸裂した。
しかし、弾丸は当たらない。
(……当然だが、20mを超える試射ははじめてだ。そう簡単に1発で仕留められるほど、現実は甘くないな)
素早く次弾を装填し、3MPaプラスのエアーを貯めて圧力調整を行う。
着弾の跡から推定して、スコープの目盛りで補正した。
再度、おじさんは息を止めて、人差し指でトリガーを静かに引き絞った。
角弾はイノシシモドキの肉体を中央から容赦なく粉砕した。
魔獣は悲鳴を上げる暇さえなく、一瞬で光の粒子へと変わり、平原の風に溶けて消えた。
「……よし! 大成功じゃないか!」
静寂が戻った草原のなかで、おじさんはニヤニヤが止まらない。
魔法への意識配分による照準のブレは皆無。
指先の確かな機械的クリック感。
そして、敵の感知能力の遥か外側から安全に攻撃できる、100mオーバーの超長距離狙撃能力。
とりあえず当たったがデータが足りない。
周囲を確認しつつ、どの距離でも確実に当てられるように、何100発も練習した。
(つづく)




