第35話:地下工房の温水化および物資調達と換金
2026年11月
川崎ダンジョンの第二層、地下10mに広がるおじさんの地下工房。
エアーライフルの改修を終えてから、この拠点での滞在時間は長くなっていた。
しかし、前回設置した簡易シャワールームには、未解決の案件が残されていた。
「夏場とはいえ地下の冷水シャワーだけでは、身体が芯まで冷え切ってしまうな」
電気が使えないダンジョン内において、いかにして安全に水を温めるか。
おじさんはノートにペンを走らせ、給水システムの改善案を描き起こした。
まず、Wスライムがいる主水槽の隣に、新たに温水用の水槽を増設する。
(……もちろん、水槽の内側には気泡を多量に含む断熱層を厚さ10cmほど形成した。これで、すぐには温水が冷めないだろう)
主水槽から温水用水槽へと水を送り込める配管を通し、流しおよびシャワーには、ホームセンターで調達してきた既製品の混合栓を取り付ける。
これで、主水槽の冷水と、温水水槽のお湯をブレンドして好みの温度に調節できる。
各水槽で万が一水があふれた場合を想定し、直接地下の排水系へと逃がすオーバーフロー用の配管も追加しておく。
温水水槽の側面には、針式の温度計を錬金術で取り付け、外から一目で湯温が確認できるようにした。
水の加熱は、錬金術に頼る。
水分子のO-H結合を伸縮振動したり、変角振動させることで発熱させる。厳密には違うが、電子レンジと似たような原理だ。
「よし、これで水回りの熱源はクリアだ。続いては、排泄と排水の方だな」
トイレについても、便器だけだった初期型から改良を加えた。
上部に簡易タンクを模した土の貯水槽を設け、一気に水を流せる水洗式へと変更する。
電気がないため市販品は使えず、温水洗浄便座は今回も見送りとなった。
(……作るの、案外難しいんだよね。まあ今回はこれで妥協するしかないか)
さらに考えたのが、排泄物や生活排水の処理能力だ。
10匹のスライムがいる3m四方の第1汚水処理槽だけでは、長期間の生活で処理が追いつかなくなる懸念があった。
そこで、その奥に同じく3m四方の第2汚水処理槽を増設。
さらにその先には、200m3ほどの巨大な貯水槽を掘り抜いた。
第1、第2のスライム槽で有機物を分解・浄化された水は、最終的にこの巨大貯水槽へと溜まる。
ダンジョン内で外部へ下水を流すルートはないため、しばらくはここに溜めて様子をみる。
また、温水シャワーを使った際、熱を持った排水がそのまま第1汚水処理槽に流れ込むとスライムが死んでしまうかもしれない。
これを防ぐため、シャワーから第1処理槽までの排水配管を長くして、途中で温水が冷えるように変更した。
「よし、温水シャワーの完成だ」
シャワーヘッドから温水が流れ出た時、おじさんは小さくうなずいた。
ただ、作業を終えて流しの前に立った時、重要な注意事項を思い出した。
紙にマジックで書きとめ、流しの正面の壁に貼り付ける。
『【警告】そのまま飲むな、魔力を完全に抜いて飲め!』
『洗剤は アルキルグルコシド系 のみ!』
(……喉が渇いたからといって生け簀から直接すくって飲んでいたら、波長の違いで苦しむことになるところだった。危ない危ない。
それとスライム君たちが溶けないように洗剤にも気をつけなければ)
*
翌日、おじさんは電車の乗客となっていた。
向かった先は、秋葉原の光学機器の専門店だ。
エアーライフルのスコープは高い精度を誇るが、獲物を探すには視野が狭かった。
おじさんが購入したのは、片手で保持できる高倍率の単眼スポッターだ。これさえあれば、数百m先の魔獣を発見できる。
光学機器の調達を終えたおじさんは、リュックサックを背負い直した。
中には、自動罠で採集された角うさぎの角が詰まっている。
ここからは換金のお時間だ。
鶴見支部の高橋支部長とは険悪になっており、あそこへ角を持ち込むのはリスクが高い。
川崎ダンジョンは拠点を作ったので、トラブル回避のため目立つことはしたくなかった。
(……1箇所で角を換金すると怪しまれる。分散して換金するに限るな)
おじさんは電車を乗り継ぎ、少し距離がある『横浜第三ダンジョン』の窓口へと足を運んだ。
トレイに、角の束を置く。
「お疲れ様です。角うさぎの角ですね。魔石はお持ちではないのですか?」
対応した職員が、怪訝そうな顔をした。
「あー、はい。角だけ換金をお願いします」
職員は深く追及することなく、換金手続きを進めてくれた。源泉徴収税の20%が引かれ、手続きが完了する。
角の換金は月に2,000個くらいに抑える。
月収は100万円くらいになる計算だ。
横浜第三ダンジョン窓口で換金したおじさんは、横浜第一ダンジョンや横浜第二ダンジョンの窓口にも足を運んだ。
どこの支部でも角だけの納品になるため、頻度と数量をコントロールする。
『うさぎおじさん』としてマークされないよう立ち回るためだ。
銀行口座の残高が毎月100万円ほど増えていくのをスマートフォンの画面で確認した。
(……現役の時より高給取りだぜ! この資金があれば、次の設備投資も思いのままだな)
おじさんは貯まって行く貯金残高の数字に思いを馳せ、内心でニヤニヤするのだった。
(つづく)




