第29話:角うさぎ大量ゲット作戦(後半)
2026年10月
やはり、高圧空気の貯蔵容器が一番の難関だった。
というか、途中で諦めた。
必要な仕様から計算すると、容器のサイズは内径1.24m、外径1.3m。
肉厚は3cmに達し、総重量は1.2tを超える。
材料の候補として考えた炭素鋼(SPV315)の精錬も、机上の計算だけで頭が痛くなった。
【圧力容器用鋼板・SPV315の組成】
・炭素(C):0.18 % 以下
・ケイ素(Si):0.55 % 以下
・マンガン(Mn):1.60 % 以下
・リン(P):0.020 % 以下
・硫黄(S):0.020 % 以下
・残り:鉄(Fe)
(※リンと硫黄は現代地球の工業生産プロセスで除去しきれない不純物なので、無くても良い)
材料工学の基本として、これらは単に土中から元素を抽出して混ぜれば良いというものではない。
鉄と炭素をただ結合させて、セメンタイト(Fe3C)にしても、結晶粒の大きさにや、炭素が鉄の格子間にどのように入るかによって、物性は全く変わってしまう。
マンガンやケイ素の分散状態も同様だ。
つまり、各成分の組織を制御するには、一度高温で溶かして反応させるしかない。
製造工程をおさらいしてみる。
1.高純度の鉄、炭素、ケイ素、マンガンを錬金術で抽出。
2.土中にあるマグネシウムから、高純度酸化マグネシウム(MgO)の耐火るつぼを作製し、材料を投入。
3.るつぼ内を錬金術の空間干渉で10の-3乗Pa以下の超高真空にする。
4.加熱を開始し、200度を超えた段階で、大気中から抽出した不活性のアルゴンガス(1気圧)を満たす。
5.最終的に1,600度まで加熱し完全に溶解させ、冷却する。
この熱処理工程を、1.2t分。
手持ちの魔力総量から逆算すると、一度に精錬できるのはせいぜい50kgが限界だ。
24回に分けて細かく精錬し、後から分子融合で接合する計算になる。
「……軽く1ヶ月はかかるな。よし、やめた」
おじさんはノートを閉じ、元技術屋としての敗北をあっさりと認めた。
定年退職した隠居の身で、そんな製鉄所の真似事などやっていられるか。
ここはもう、錬金術の不思議パワーに甘えることにする。
おじさんは落とし穴から3mほど離れた地下の岩盤に、直径1.3mの球状の空洞をくり抜いた。
内面は、これまでの土壁実験で最も耐圧強度の高かった『レベル3:岩石結晶化仕様』を、厚さ10cmで贅沢に張り巡らせる。
つくる際には、これでもかというくらい脳内でイメージを補強した。
(炭素鋼より強くなれ。耐圧強度アップ、強度アップ、強度アップ……)
当然、1回の発動では魔力がまるで足りなかったため、魔石による補給を挟んで4回に分けて作業を行った。
完成後、手製の配管からゆっくりと大気を圧縮して送り込み、圧力計を見ながら慎重に圧力を上げていく。
都度、錬金術の『理解』で内壁の応力状態を確認したが、クラック(ひび割れ)の兆候は微塵もなかった。
どうやら3 MPaの内圧には、この天然の岩盤タンクで十分に耐えられるらしい。
錬金術の不思議パワー様々であった。
一度、空気を抜いて、市販のバルブ、減圧用レギュレーター、流量計、空気式タイムディレーバルブと犬笛を配管で繋いでいく。
こちらの配管はすべて継ぎ目なしの分子融合で一体化させたため、リークの心配はゼロだ。
*
装置一式の設置が終わり、さっそく試運転を開始した。
この自動罠が予定通りに稼働した場合の魔石の収量を考えてみる。
周辺に30匹の角うさぎが定常的に存在していると仮定する。
それらが音に引かれて穴に落ち、底の剣山で魔石へと変わる。
30分という魔獣のリポップ時間から考えると、1分に1個のペースで魔石が手に入り、10時間の稼働でおよそ600個の魔石が収集できる計算だ。
朝と夜の1日2回、回収すれば1日あたりおよそ1,200個。
しかし、現実は甘くなかった。
夜の23時。
周囲に人影がないことを入念に確認し、蓋を開けて回収用の縦穴へと降りた。
おじさんは、連絡横穴の隙間から覗き込んで、がっくりと肩を落とした。
「……0個、か」
暗闇の底面には何も転がっていなかった。
おじさんはその場で、原因を推定した。
1.外に音が聞こえていない。犬笛の音が小さかったか、取付位置が悪い。
2.間欠動作の周期が短い。もっと長く吹くべきか。
3.逆に動作時間が長すぎる。敵が警戒するためもっと停止時間が必要か。
4.傾斜したななめ穴を通ることで、音波が干渉し、周波数が微妙にズレている。
(とにかく、可能性のある問題を1個ずつ潰していくしかないな)
【実験1-1:穴付近での効果確認】
犬笛の目盛りを回し、角うさぎが確実に眠る『ネジ4回転』の音に設定。
角うさぎを1匹生け捕りにし、レベル1の土で即席で作った檻に入れ、地上側のななめ穴の入り口近くに置いて様子を見た。
(うーん全く眠らないな)
【実験1-2:流量増加による音量の向上・その1】
穴の内部で音が減衰していると仮定。
空気の流量を標準の0.25 L/sから、一気に0.4 L/sまで増加させて音を大きくした。
(結果はやはり眠らない)
【実験1-3:流量増加による音量の向上・その2】
今度は流量をさらに0.6 L/sまで引き上げて大音量にしてみる。
(それでも眠らない。これは音の強さの問題じゃないな)
【実験2-1:周波数ズレの調整】
ななめ穴形状による音波の周波数ズレを疑う。
流量を元の0.25 L/sに戻し、犬笛のネジを周波数が高くなる方向へ1目盛りだけ回して音を高くした。
変化あり。
「おっ、うさぎの目がトロンとしてきたな」
【実験2-2、2-3:周波数の最適化】
手応えを感じたおじさんは、ネジをさらに1目盛り、2目盛りと回してデータを取ったが、最初の1目盛りずらした状態が最も効果が高いと判明した。
【実験3-1:新条件での出力試験】
周波数を高い側に1目盛りずらした状態のまま、先ほど失敗した流量増加(0.4 L/s)を組み合わせてみた。
(よし、あっけなく一瞬で眠った)
不具合の原因が完全に解明された。
ななめ穴の構造のせいで、音波の周波数が低音側へわずかにズレ、さらに音量が減衰して聞こえにくくなっていたのだ。
条件表を作って一通り確認したが、2秒鳴動、20秒停止という間欠周期のタイマーはいじらず、流量を0.4 L/sに上げ、周波数を1目盛り高い側へ補正することで対応できそうだ。
引き寄せる音の条件についても、この修正で誘引できることを確認した。
空気の流量を増やしたため、1回の充填におけるタンクの連続稼働時間は24時間から20時間に減少したが、実用上は特に問題ない。
……と言いたかったのだが、自宅に戻って再計算したところ、計算ミスをやらかしていたことに気がついた。
2秒鳴動、20秒停止という『間欠動作分』をトータルの消費量に反映させるのを忘れていたのだ。
正しい内容で再算した結果、タンク1回のチャージによる実際の稼働時間は、20時間どころか『9.3日間』ももつことが判明した。
(怪我の功名だが、これなら毎日の空気補給作業すら不要だな)
ついでに、他の改善案も実施しておく。
落とし穴の底面を、回収用の穴の方に向かって45度の傾斜をつけた。
これで、落ちてきた獲物の魔石と角は、重力に従って自動的に回収用の穴の方へと転がり出てくる。
角うさぎが入ってくる横穴も少し改良する。
入口を少し広げて、メガホンのようにし、音響効果をあげてみた。
すべての改良を終え、おじさんは再び罠を稼働させて自宅へと戻った。
*
翌朝の10時。
2度目の10時間稼働を終え、おじさんは3度、地下10mの回収穴へと降り立っていた。
横穴の隙間から覗き込んだ瞬間、おじさんは思わず小さく拳を握り込んだ。
「……よし。実数で595個。ほぼ予測通りの数だな」
3 MPaの岩盤タンクと音響メガホンは狙い通りに機能し、周囲から角うさぎを絶え間なく吸い込み続けていた。
45度の傾斜のおかげで、底一面には輝く魔石と、鋭い角が綺麗な山となって転がり出ていた。
*
自宅に戻り、リビングのテーブルの上で、おじさんはほくそ笑んだ。
1回の回収で約600個。2日2回で1,200個。
この魔石は今後の魔力上限突破の補給用にするため、売りに出すつもりはない。
その代わり、売りに出すのは山のように手に入った『角』だ。
協会での買い取り価格は、1個あたり源泉徴収税を引かれて手取り480円。
これが1日に1,200本。
「480円×1,200個は、57万6,000円……。
いや、税引き前の総額なら1日72万円か」
1ヶ月を20日稼働とすれば、月収にして2,000万円を余裕で超える。
【いえ、常時稼働なので、計算上1日1,440個です。そもそも周辺に30匹いる前提などに根拠がなく、実際に統計を取ってみると1日平均1,200個程度というのは妥当な数字でした】
だが、安易に喜んでばかりはいられないのが、大人の事情というものだ。
「毎日毎日、同じ窓口に1,000本以上のうさぎの角持ち込んだらどうなる……?」
今度は協会の職員や探索者の間で、確実に“うさぎおじさん”という通り名がつく。
スライムの時とは比較にならないほど目立ち、あの高橋支部長が血眼になって探している金色の個体の秘密まで芋づる式に暴かれかねない。
換金する本数は慎重に小出しにするか、あるいは場所を大幅に変えるか、少し調整が必要だろう。
おじさんはノートを閉じ、引き出しから一本の立派な角を取り出して、蛍光灯の明かりに透かしてみた。
「……換金制限をかけるとなると、この大量に残る角うさぎの角、何か別の使い道を考えんといかんな」
(1,200個の魔石と角を毎日持ち運びはできない。ダンジョンの中に安全な隠し場所をつくる必要があるな。
もしくは、定番のインベントリ的なものが必要だ)
知的好奇心と、新たな課題への取り組みへの意欲が、ふつふつと湧き上がってくるのを感じていた。
次々と湧き上がる課題を前に、おじさんはニヤニヤが止まらなかった。
(つづく)




