第28話:角うさぎ大量ゲット作戦(前半)
2026年10月
ダンジョン中の物質を魔素に分解、魔力に再構築して使うという計画が進まない以上、魔力を補給する方法は一つしかない。
原点に立ち返り、角うさぎの魔石を、一度に大量かつ安全に入手する手段を構築するのだ。
自宅のリビングでノートを開き、おじさんは図面を引くような感覚で、一つの罠の設計図を描き上げていた。
基本となるのは、古典的な落とし穴だ。
先日の確認で判明した通り、地面の土を動かして空間を空けるだけの操作なら、魔力の消費も最小限で済む。
穴の底には、土を固めた、無数の刺を敷き詰める。
地上から落ちてきた角うさぎが、自重によって串刺しになり、そのまま魔石へと変わるという寸法だ。
ここで課題となるのが、誘引源となる犬笛をどうやって無人で稼働させるか。
1日2回、朝と夜の巡回時に見に行くとして、10時間以上も笛を自動で鳴らし続ける必要があった。
だが、冷静に考えてみれば、何も常時鳴らし続ける必要はないのだ。
5分か10分の間隔で、1回につき30秒ほど周囲に引き寄せの音を散布してやれば、近くを徘徊している角うさぎを穴へと誘導できるはずだ。
しかし、いざ仕様を細かく計算してみると、これが案外難しいことが分かってきた。
まず、地球の野生のうさぎは極めて臆病な生き物だ。常時大音量で鳴らすとかえって怯えて集まらない可能性がある。
やるならば、弱く小さく2秒だけ鳴らして、5〜10分は停止させるような繊細な制御が必要になる。
(まあ、あいつらは獰猛なダンジョン産だし、今回はこの懸念は一度除外して頭の隅に置くだけにするか)
最大の問題は、電気の使えない環境下で、どうやって電源フリーの間欠動作を実現するかだ。
調べてみると、空気圧だけで動く『空気式タイムディレーバルブ』という工業用部品が市販されていた。1個2万〜3万円ほどだ。
しかし、これは秒単位の設定が基本の機器だ。
例えば2秒鳴らして20秒停止といった短い周期なら制御できるが、停止時間が20秒を超えたあたりから途端にタイマーの精度が悪くなるらしい。
(現状、他に選択肢がなさそうだからこれを使うしかないか)
さらに、長時間の稼働には、高圧空気タンクの圧力と容量が問題となる。
人間が犬笛を吹く時の圧力と流量の標準データを調べてみると、
圧力:約1.3 kPa (0.5〜2.0 kPa)
流量:約0.25 L/s (0.15〜0.4 L/s)
という数値が得られた。
この条件のまま、無人で12時間から24時間近く間欠稼働させるとなると、損失を差し引いても、初期圧3 MPaで、容量が500Lから1000Lもの巨大な高圧タンクが必要になる計算になった。
1000Lのタンクといえば、球状に成形しても直径が1.3mを超えるような代物だ。
本来の日本国内なら、0.2 MPa以上の高圧容器は高圧ガス保安法によって国の厳格な検査が義務付けられている。
(ダンジョン内だから法律は関係ないが、それだけ素人が扱うには爆発のリスクがあって危険だということだ)
既存の47Lの高圧ガスボンベを数本持ち込めば安全上はクリアできるが、それではあまりにも大げさすぎる。
そもそも重量的に、還暦のおじさんが1人で地下へ搬入するのは物理的に不可能だ。
(ボンベは3〜5年ごとに耐圧確認の保安点検も必要だしな……ふう、面倒くさい)
となればタンクも自作するしかないが、安全性を担保する材料選定が極めて難しかった。
高圧ガス容器の材料としては、耐食性と強度に優れたステンレス合金(SUS304)が最も適している。
しかし、ダンジョン第二層の土壌から錬金術で抽出できるのは、鉄(Fe)やニッケル(Ni)などの一般的な元素だけで、ステンレスに不可欠なクロム(Cr)がどうしても調達できない。
今持っている技術で作れるのは、純アルミ、純鉄だけだ。
だが、これらは耐圧性や内部の耐食性の面で、長期のガス貯蔵には到底耐えられない。
よって、残された現実的な選択肢は一つしかなかった。
『炭素鋼(圧力容器用鋼板 / SPV315)』
(しょうがない、今回の高圧タンクは、錬金術で土中から成分を分離結合させて『炭素鋼』をゼロから精錬してみるか……)
設計図を書き進める。
必要なバルブ類の他に、圧力計(Max.5 MPa)、減圧用レギュレーター(Max.5 kPa)、そしてMax.1 L/sの流量計。
これらをつなぐ配管はすべて自作し、錬金術の分子融合で継ぎ目なしの完全密閉で接合する。
装置の物理的な見通しが立ったところで、おじさんは罠の隠蔽と、自身の安全管理についてさらに煮詰めていった。
まず、他の探索者にこの罠を発見されるわけにはいかない。
そのため、落とし穴の上面は元の平原と同じ土で完全に塞いでしまう。
その代わり、上面から1mほど掘り下げた位置から、地上に向かって斜め上へと伸びる、角うさぎがギリギリ通れる程度の細い横穴を3箇所、120度の等間隔でつくる。
地上から見れば、ただの小さな小動物の巣穴にしか見えない構造だ。
音に引き寄せられて巣穴へと侵入した角うさぎは、そのまま斜め穴を通り抜け、10mの暗闇へと自由落下していくことになる。
犬笛は縦穴の上面から1mほどの壁面に、もう一つ別の横穴を掘ってそこに設置する。
高圧容器は一番下の地下10mに部屋をつくって、そこに設置し、配管でつなげる。
犬笛設置用の横穴は、角うさぎに物理的に体当たりされて壊されないよう、鉄格子的なものを取り付ける設計にした。
そして、最後に、最も重要な回収ルートだ。
10mの深さがある落とし穴の底へ、上部からロープなどで降りていくのは、あまりにも危険すぎる。
手足を滑らせて、自分が自作の剣山に串刺しになってしまっては洒落にならない。
そこで、おじさんは落とし穴から3mほど離れた位置に、人間が1人が出入りできるほどの直径2mの回収専用の縦穴を別途掘ることにした。
地下10mの最底面で、2つの穴を横穴で繋ぐ。
これなら安全な隣の穴からアプローチし、向こうにある剣山の元に転がった魔石だけを、安全に回収できる。
回収用の穴の壁面には、上り下りするための足場として出っ張りを交互に配置する。それとも梯子がよいかな?
もちろん、この回収用の穴も、魔石の蓋で完全に塞ぎ、周囲からはただの平原にしか見えないようカモフラージュする。
出入りの時だけ、錬金術で入口を開ける。
設計が終われば、あとは行動あるのみだ。
おじさんはすぐにホームセンターへと走り、必要な部品を買い求めた。
翌朝、おじさんはリュックサックに部材を詰め込み、川崎ダンジョンへと向かった。
草原を方位磁針を頼りに、南西に1時間、南に30分の位置まで黙々と歩いた。
普段は他の探索者がまず近寄らない、見渡す限りの草むらが広がる不人気エリアへと進入する。
周囲に人影がないことを入念に確認し、おじさんは地面に両手を突いた。
脳内に穴のイメージを投影し、体内の魔力循環から手のひらを通して魔力を放出させる。
「錬金術ーー発動」
ズズズ、と足元の土壌がおじさんの意志に従って大雑把に移動を始め、平原の地下に、2つの巨大な縦穴と、そこから延びるトンネルが音もなく形成されていった。
(つづく)




