第24話:支部長再び(前編)
2026年10月
鶴見ダンジョンの協会窓口で、その日に狩った魔獣の魔石を換金していた時のことだ。
受付の職員から、支部長が奥でお待ちです、と声をかけられた。
おじさんは再び、あの重厚な応接室へと呼び出されることになった。
「いや、早坂様。急に呼び立ててしまって申し訳ない」
ソファの向かい側に腰掛けた協会支部長は、心底困り果てたような顔で頭を掻いていた。
用件は、例の金色角うさぎについてであった。
支部長の話によると、探索者がソロで普通の角うさぎを1日120匹ほどのペースで狩っているらしい。その結果、探索者が金色角うさぎに遭遇する確率が劇的に向上した。
今では、1人あたり週に2回程度の頻度で目撃されるようになったとのことだ。
「遭遇できるのは良いのですがね……今度は、あの金色が速すぎて、誰もまともに狩れないのですよ」
支部長がため息をつく。
確かに、通常の3倍近い速度で動くあの獣を、まともな近接武器で捉えるのは至難の業だ。
ひとしきり愚痴をこぼしたあと、支部長は探るような目でおじさんを見てきた。
「失礼ですが、早坂様はあの金色の角をお持ちではないですか? もしお持ちなら、協会で高く買い取らせていただきたいのですが」
(……還暦となった新人の探索者に、一体何を期待しているのだろうか。もっと若くて腕の立つベテランの探索者に尋ねればいいものを)
おじさんはポーカーフェイスを保った。
「いえ、持っていませんよ。当然ですが、私のような素人では避けるのが精一杯で、とてもではありませんが狩れたことなどありません」
そう伝えると、支部長は落胆したように肩を落とした。
そして、縋るように、何かあの俊敏な魔獣を狩る良い知恵はありませんかね、とおじさんに水を向けてきた。
その瞬間、即座に2つのアイデアが思いついた。
(しかし、ここで突飛な提案をして怪しまれるのは本意ではない)
「……急には良い知恵も思い浮かびませんな。何か思いついたら、追ってご連絡します」
そう無難に濁して、おじさんはその場を後にした。
帰り道、おじさんは歩きながら先ほどのアイデアが実現可能であるか考えた。
1つ目のアイデアは、少々強引だが、盾を用いた物理的な罠だ。
アルミニウム製やプラスチック製の盾を構えてわざと突進を受け止め、あの鋭い角を盾に貫通させる。
角が突き刺さって身動きが取れなくなったところを、盾で地面に圧殺するか、あるいは隙間からサバイバルナイフで仕留めるという方法だ。
しかし、最初から1m四方の大盾を振り回すのは、こちらの動きが鈍くなって上手くいかないだろう。扱うなら半分ほどの大きさの小盾がいい。
当然、角が突き刺さるたびに穴が空くため、数回で使い捨てる消耗品になる。
市販のアルミニウム製の盾は防護力が高すぎて、逆に金色の角が綺麗に貫通してくれるかどうかが不明だ。
使い捨ての費用を考えれば、厚みのある漫画雑誌でも代用できそうだが、盾として保持するには構造が心許ない。
何より、この至近距離での肉弾戦を自分自身で実験するのは少々勇気が要る。
ならば、2つ目のアイデアはどうか。
こちらは少し実験が必要になる。
闘牛が赤い布に興奮して直線的に突っ込んでくるように、あの金色角うさぎを『特定の色』で誘引することはできないだろうか。
生物の行動特性に着目した方法だ。
1m四方ほどの目の粗い丈夫な網を張り、その中央に30cmほどの着色した布を取り付けておく。
色に釣られて直線的に飛び込んできたところを網で絡め取り、身動きを封じて仕留める。
網を傷つけないために、サバイバルナイフなどではなく、さすまた君のような先端の尖らせた棒で突くのが良さそうだ。
「……まずは、色の選定からだな」
おじさんは鶴見の駅前にある手芸店へと足を向けた。
店内を探り、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7色の布を、それぞれ30cmずつ購入する。
(……おじさんが1人でカラフルな布地を買い込む姿は、奇妙に映ったかもしれない。だが、無いんだな、これが。気恥ずかしさなんてものは)
おじさんの心はすでに、新しい実験への期待で満ちていた。
(つづく)




