第23話:魔法発動編9 確認、そして実戦への試算
2026年10月
1ヶ月の特訓で作り上げた、直径約2.5cmの土団子が327個。
おじさんはまず、最も手軽に行える確認として、この奇妙な球体の強度と物性を確かめることにした。
第二層の草原エリアに転がっている頑丈な岩に向かい、手にとった土団子を1つ、全力で投げつけてみる。
ーーパキン、と乾燥した高い音が響いた。
岩の表面に激突した土団子は、ものの見事に木っ端微塵に砕け散った。
砕けたのは岩ではなく、投げつけた土団子のほうであった。
(……なるほど。硬度は高いが、脆いのか)
翌日、自宅のリビングで密度の測定を試みた。
用意したのは、調理用の精密デジタル秤だ。
コップに水を満たして秤に乗せ、土団子を細い糸で吊るして水中に沈める。
いわゆる浮力法(アルキメデスの原理)による体積の測定であった。
得られた重量と体積から、この物質の密度を計算してみる。
弾き出された数値を見て、おじさんは思わず息を呑んだ。
「密度、24g/cm3……?」
計算ミスを疑い3回やり直したが、結果は同じであった。
現在、地球上で最も密度が大きいとされている金属元素はオスミウムで、その数値は22.59g/cm3だ。
目の前の土団子は、現代科学が知るいかなる物質よりも重い、文字通りの未知の高密度物質に変質していたのだ。
しかし、材料にまつわる常識として、密度が極限まで高まると硬度は跳ね上がるが、同時に粘り強さが失われて脆くなる。
硬い岩にぶつかれば衝撃を吸収できずに砕ける。
だが、裏を返せば、牛や馬、あるいはダンジョンの魔獣のような柔らかい生物が相手なら、その圧倒的な質量ですさまじい打撃力を発揮するはずだ。
現状の腕力では、これを初速のついた投擲兵器として扱うのは難しい。
身体強化ができるようになれば別だが、現時点ではスリングショットのような道具を使って打ち出すのが一番現実的だろう。
スリングショットについて調べてみた。
日本の法規制の都合上、通販で手に入る玩具の類いでは、この質量の弾丸を撃ち出すにはゴムの強度がまるで足りないようであった。
そこで、おじさんは鶴見ダンジョンに併設された協会ショップへと足を向けた。
ショップの棚には、探索者の実戦用に調整された強靭な超高反発ゴムを備えた、プロ仕様のスリングショットが並んでいたのだ。
おじさんはそれを迷わず購入し、そのままダンジョン内へと入った。
第二層の草原エリア。
いつものように他の探索者の目が届かない岩の陰へと陣取り、試し撃ちを開始する。
標的となる手頃な岩を定め、まずは至近の5m、続いて10m、最終的に15mの距離から、それぞれ5回ずつ射撃テストを行った。
結果は、惨憺たるものであった。
的にした小さい岩に、掠りさえしない。
手の感覚だけで狙いを定めるアナログな射撃は想像以上に難易度が高かった。
5mの至近距離で外している段階で、15m先の標的に当たるはずがなかった。
しかし、外れた魔弾が平原の地面を激しく穿ち、すさまじい土煙を上げる光景を見る限り、その運動エネルギーは十分であった。
15m先でも角うさぎやイノシシモドキの肉体を容易に破壊できるだけの威力を維持している。
要するに、これは純粋におじさんの腕前の問題であり、相当な練習が必要だということだ。
現状の命中率では、実戦投入など到底不可能であった。
(……おっと。これ以上の試射は危険だな)
飛び散った土団子の破片を見つめ、おじさんはハッと我に返った。
先の常温超電導物質の角に続き、現代科学を覆すような密度24g/cm3の超高密度物質がダンジョンの平原に転がっている。
もし協会の調査員に拾われれば今度こそ国家レベルの騒ぎになりかねない。
隠居の身としては、余計なトラブルを招くリスクは徹底して排除すべきだ。
おじさんはすぐに錬金術を発動し、地面に小さな縦穴をあけた。
激突して砕け散った土団子の破片をすべてその底へと集め、綺麗に埋め戻した。
証拠隠滅は『お手の物』であった。
*
スリングショットの実験を終えたおじさんは、次なる本命である土壁の作製実験へと移行した。
作製する壁の寸法は、管理のしやすさを考慮して、幅1m、高さ1m、厚さ10cmに固定する。
問題は、強度をどう定義するかだ。
おじさんはラノベの記述を参考に、以下の4段階の強度を仮定して実験を組み立てた。
・レベル1:固着した土(レンガ仕様・密度約1.5〜1.8)。1cm2あたりに約50〜150kgの圧力をかけたイメージ。空気の隙間が残るため脆いが、人間の剣や斧の攻撃なら数発は耐える簡易防壁。
・レベル2:固まったコンクリート(標準仕様・密度約2.3〜2.4)。粒子を隙間なく密着させ、1cm2あたり2〜5tの圧力に耐える。ゴブリンの猛攻や下位魔法を弾く本格的な防壁。
・レベル3:古代の石造建築(岩壁仕様・密度約2.6〜2.8)。主成分である二酸化ケイ素を熱と圧力で結晶化させ、本物の岩石に変質したもの。中ボスクラスの質量攻撃を正面から受け止める。
・レベルMAX:鉄筋コンクリート(複合構造)。土壌に含まれる鉄やアルミの成分を抽出し、内部に鉄格子の骨組みを張り巡らせた、理系錬金術の究極形。
まずは最も負荷の低そうな、レベル1の作製から開始した。
他の探索者にみつからないように岩陰など、場所を替えつつ土壁作製を行う。
また、確認が終わったら、作った土壁は見つからないように、最後に土に戻しておいた。
草原エリアの地面に手を突き、大雑把に土を集めて固めるイメージをする。
錬金術の理解、分解、再構築だ。
すると、足元から、ズズズと音を立てて土の壁が盛り上がってきた。
一度コツを掴んでからは、魔石から魔力を補給しつつ、各レベルの土壁がおじさんの魔力総量(169個分)で何枚作れるのか、限界値をひたすら測定した。
集計された実験データは、以下の通りとなった。
・レベル1(固着した土) :作製数33枚(1枚あたり、角うさぎの魔石約5個分)
・レベル2(コンクリート):作製数5枚(1枚あたり、角うさぎの魔石約30個分)
・レベル3(石造建築) :作製数1枚(1枚あたり、角うさぎの魔石約150個分)
・レベルMAX(鉄筋) :作製数0枚(現在の魔力総量169個では魔力不足)
(……よし、いい感じだ。これだけの防壁が作れれば、私の安全も十分に確保できる)
ノートに数値を書き込み、おじさんは満足げだ。
レベル1であれば、現在の魔力で一挙に33枚も展開できる。
1枚あたり魔石5個分という燃費の良さなら、当面の開発目標であった『魔力満タンで20回生成』を余裕でクリアしている。
角うさぎやイノシシモドキの突進を一度防ぐだけなら、このレベル1の簡易防壁と落とし穴の組み合わせで十分に倒せるはずだ。
逆に、レベルMAXのような高度な成分抽出と構造配置を同時に行う魔法は、今の魔力総量ではそもそも起動すらしないことも分かった。
だが、目指すべき未来の目標がはっきりしただけでも大きな収穫だ。
一歩ずつ、しかし実直におじさんの魔法の能力が解明されていく。
(つづく)




