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第14話:魔法習得に備えて

2026年7月


協会内でのあのチンピラ襲撃事件から、早いもので1ヶ月の月日が流れていた。


その間、高橋支部長が約束してくれた通り、私に対する報復やトラブルの類いは一切発生しなかった。


佐藤遥やチンピラ3人の身柄は協会の手によって完全に隔離され、私の日常は元の「静かで安全な隠居生活」へと戻った。


また、おじさんは8月23日の誕生日を迎え、ついに還暦となっていた。


「ついに還暦か。去年の今頃は、会社を辞め、探索者になるなど夢にも思っていなかったな」


「現役時代もそれなりだったが、魔獣を観察し、弱点を見つけ、対応策を講じる。対応策が上手く嵌った日には、なんかこう、うれしい! 今の方が断然充実している気がするな」


日中は、主に川崎ダンジョンの第二層に潜り、かさばらないイノシシモドキを堅実に狩って生活費を稼ぐ。


そして、その合間に、ポリカーボネート製の盾とサバイバルナイフを手に、角うさぎを相手にした戦闘特訓を繰り返す。


だが、この1ヶ月間で私が最も時間と労力を割いたのは、それらの実戦ではなく、自宅で行っている『魔力の制御訓練』だった。


あの『魔石を飴玉のように舐める』という奇妙な方法の甲斐あってか、今ではスライムの魔石を長時間口に含んでいても、特になんともなくなってきた。


最初の頃のような激しい嘔吐感や目眩は嘘のように消え去っている。


それどころか、1つの魔石を長時間舐め続けていると、ある瞬間からあの特有の『ねっとりとした不快感』が全く出てこなくなる、という現象が起きるようになった。


おそらく、魔石に内包されていた魔力を、私の身体が完全に吸い尽くしてしまったのだろう。そうなった魔石はただの味のない石ころになるので、私はそれを吐き出し、新しい魔石と交換する。


そうして体内に効率よく取り込めるようになった魔力を、ただ放置しておくわけにはいかない。私は次のステップとして、魔力を体内で淀みなく巡らせる経路の構築に取り組んでいた。


ネットで東洋医学の『気』や『息吹』の巡らせ方について軽く調べてみたのだが、どうも全身に細かく巡らせるような明確な記述が見当たらなかった。そのため、私は自分の直感を頼りに、独自の体内循環経路を考案し、実践することにした。


私が考えた体内循環経路は、以下のようなものだ。


まず、おへその下『いわゆる丹田のあたり』に意識を集中し、そこにすべての魔力を集める。そこから、へその中心を通ってまっすぐ上へと引き上げ、胸(左右の乳頭の間)へと通す。さらに喉、鼻、眉間を通り、頭頂部へと昇らせる。


今度は後頭部を通って首の後ろへ降ろし、そこからルートを2つに分岐させて両肩へと流す。肩からは腕の外側を通って手の甲へ、そして5本の指先へと行き渡らせる。指先で折り返し、今度は手のひら、腕の内側を通って脇の下へ。


そのまま脇腹の側面、腰の側面を通って足へと降ろしていく。太ももとふくらはぎの側面を通って踵(かかと)へと至り、踵から足の裏を通って足の5本の指先へ。

さらに折り返して足の甲、脚の内側を通って会陰(えいん)へと昇らせ、最終的におへその下へと戻ってくる。


このルートを、頭の中で常に意識しながら、魔力をぐるぐると絶え間なく回し続けるのだ。もちろん、一朝一夕でできることではなかった。最初はおへその下に魔力を集めることから始めた。毎晩ベッドの上でじっと集中し、2週間ほどかけてようやく『熱い塊がそこに留まる』という明確な感覚を得た。


次は、その塊を各ポイントを意識して移動させる訓練だ。これも1週間ほどでできるようになった。ただ、首の後ろから肩へ向かう際、魔力を綺麗に2方向に分岐させるパートが異常に難しかった。


(これなら分岐を作らず、一筆書きで全身を巡るような経路にしておけば良かったな)


途中で少し後悔したが、根気強さで何度もトライし、まあ、なんとか形にすることはできた。1ヶ月が経った今では、意識を割かずとも、このルートで常に魔力が体内を自動的に循環しているような状態を維持できている。


ある日、私はふと思い立って『角うさぎの魔石』を口に含んでみた。


結果は、大変なものだった。


口に入れた瞬間、スライムのそれとは比べ物にならない異質な不快感が全身を襲い、私は1分も持たずに洗面所に吐き出してしまった。まるで最初の頃の、あの振り出しに戻ってしまったかのような絶望感だった。


私はこれを、ラノベ的な考察に当てはめて冷静に分析してみた。


おそらく、魔力には『波長』という概念があり、それぞれの生物の身体に合った波長が存在するのではないか。私の身体は、この期間でスライムの魔力ばかりを摂取したため、完全にスライムの魔力の波長に馴染んでしまっている。


だからこそ、角うさぎの持つ異なる波長の魔力を、激しい異物として拒絶してしまったのではないか。


だが、感覚としては、明らかに角うさぎの魔石の方が『魔力の濃度』が濃い気がする。今後、さらに強い魔法や、より深い階層の魔力を扱うためには、おそらく以下の2つのどちらか、あるいは両方の条件を満たす必要がある。


1.どんな波長の魔力であっても、拒絶せず丸ごと取り込める雑食の身体になる。

2.外部の魔力の波長を、あらかじめ自分の身体の波長に合わせて『変換』してから取り込む。


現時点ではどちらが正解か分からないが、私は現在、あの強烈な不快感に耐えながら、角うさぎの魔石も頑張って舐める訓練を並行し始めている。少しずつではあるが、こちらも舐めていられる時間が延び、慣れてきている気がする。


これが『1』の、どんな魔力でも受け入れる身体になりつつある兆候なのか。それとも、単にスライムの波長から、角うさぎの波長へと再度私の身体が変化してしまっているだけなのか。


今のところは、ある程度まで角うさぎの魔石が大丈夫になってから、再度スライムの魔石を舐めて、拒絶反応が起きるかどうかを確認するしかない。


データが足りない以上、実際に試して確認することこそが唯一の正解への道だ。

そんな感じで、私は今日も今日とて、口の端で魔石を転がしながら、魔法発動の準備を続けているのだった。

(つづく)


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