第13話:監視されている?
2026年7月
高橋支部長と秘密裏に取引を交わした翌日以降も、おじさんの日課は変わらなかった。
おじさんは相変わらず第二層へと潜り、生活費のためにイノシシモドキを狩り、
自身の戦闘技術の向上のために角うさぎを相手にした1対1もしくは、1対多の特訓を淡々と続けていた。
ただ、その特訓の最中、少し気になることがあった。
ダンジョンで角うさぎと対峙していると、時折、かなり離れた草むらで、きらりと小さく光るものがあるのだ。
場所や日を変えても、その奇妙な反射は時々おじさんの視界の端に映り込んだ。
(……何だろうな。少し気味が悪いが)
実害がない以上は気にしても仕方がない。
おじさんは内心の違和感を無視して、そのまま日々の日課をこなし続けた。
そうして1週間ほどが経った頃、いつものように窓口で魔石の換金手続きを済ませると、受付の女性職員から「早坂さま、支部長が応接室でお待ちです」と声をかけられた。
*
おじさんが応接室の重厚なドアを叩く、ちょうど1時間前のこと。
鶴見支部のトップである高橋支部長は、デスクの上で頭を抱え、文字通り狂いそうになっていた。
「ーー説明しろ。なぜ、影も形も見当たらないんだ」
高橋の目の前には、協会が誇る4人編成の精鋭パーティ『鉄壁の牙』のリーダーが、バツの悪そうな顔で直立不動の姿勢をとっていた。
「……申し訳ありません、支部長。早坂氏から提供されたデータ通り、
1日の角うさぎの討伐数が50匹を超えるまで、我々4人で徹底的に草原エリアを回り、確実にノルマをこなしました。ですが……出ないのです」
「確率1/5だろう!? もう1週間、何サイクル試したと思っている!」
高橋がデスクを激しく叩く。
世界のエネルギー構造をひっくり返す常温超電導物質の角。
その独占権を本部にアピールし、自身の出世を決定づける絶好の好機なのだ。
協会の威信をかけ、優秀な連携の取れる精鋭たちを投入したはずだった。
「はい。1日で120匹以上のペースで狩り続けた日もありました。
確率論から言えば、とっくに出現していなければおかしいのですが……
あの金色の個体は、影すら見せません。まるで、我々の足元を見るように完全にスルーされているのです」
リーダーは焦燥に満ちた声で弁明する。
本部の上層部からは、すでに『例の戦略物資の進捗はどうなっている』と、毎日のように進捗報告を催促する暗電が届いている。
予算と精鋭を組んで送り込んだというのに、『遭遇すらできていない』など、口が裂けても報告できない。
「くそっ、あの還暦間近の素人おじさんには出せて、なぜ我が協会の精鋭パーティには出せないんだ……! 理由が分からん!」
高橋は乱暴に髪をむしり取った。
焦燥感と寝不足で、その顔は1週間前よりも明らかに何歳もやつれ、目は血走っていた。
何か、どんなに些細なことでもいい、あの『スライムおじさん』が隠している謎を解き明かさなければ、自分の首が飛ぶ。
「……早坂を探せ。今すぐ、ここへ来させろ」
そうして、窓口で換金を終えたばかりのおじさんへと繋がることになる。
*
また何かトラブルだろうか、と首を傾げながら応接室へ向かうと、
高橋支部長は1週間前よりも少しやつれた顔で私を迎え入れた。
「急にお呼び立てして申し訳ありません、早坂さま。……実は、先日の件で少々ご相談がありまして」
丁重に席を勧められ、温かいお茶を一口すする。
支部長の話によれば、おじさんが提供した出現条件を元に、協会が極極秘裏に組織した精鋭パーティを第二層へ送り込んだらしいのだが、金色角うさぎの出没状況が極めて思わしくないのだという。
支部長はすがるような目で私を見た。
「早坂さま、何か他に……どんなに些細なことでも構いません、言い忘れた条件などはございませんか?
上層部からも、まだ成果は上がらないのかと、やんややんやと突っつかれておりまして……」
どうやら相当追い詰められているらしい。
おじさんは提供したデータを脳内で再度精査してみたが、間違いなく実体験に基づいた正確な数値だ。
試行錯誤のやり方が悪いのではないかと思った、その時だった。
(……待てよ。たまに遠くできらっと光る、あの視線)
おじさんの脳裏に、ダンジョン内で感じたあの奇妙な光がフラッシュバックした。
あれは、協会がおじさんを監視、あるいはおじさんの狩りの手法を盗み見ようとして放った隠密探索者のレンズか何かの反射だったのではないか。
その瞬間、おじさんの背中に一筋の冷たい汗が流れた。
もしそうだとすれば、おじさんが角うさぎを無力化するために使っている、あの『犬笛』の存在が協会にバレている可能性がある。あれは、おじさんの独自の強みだ。没収されたり、目をつけられたりするのは非常にまずい。
おじさんは内心の動揺を一切表に出さず、いつものすまし顔を維持したまま、ゆっくりとお茶のカップを置いた。
「支部長、協会が送った精鋭の方々のデータを拝見したわけではないので確実なことは言えませんが、お話を聞く限り、2点ほど気がついたことがあります」
「ほう! ぜひお聞かせください!」
私は指を1本立てた。
「まず1点目。私は常にソローー単独で活動していますが、協会の捜索隊はチームを組んでいますよね?」
「ええ、安全を考慮して4人編成の精鋭パーティですが……それが何か?」
「大いに関係があるかもしれません。あのダンジョン、いや、あのダンジョンを作った何者かが、もし個人の技量を測るための条件を組んでいたとしたらどうでしょう。
『単独で一定数を狩ること』が条件であり、仲間の手助けや、追い込み、連携による指示出しが入った時点で、カウントがリセットされるか、最初から無効化されている可能性があります」
「なるほど……ソロ限定という隠し条件、ということですか」
支部長は目から鱗が落ちたような顔をしてメモを取る。おじさんは続けて2本目の指を立てた。
「2点目ですが、私はざっくり50匹と言いましたが、それが正確に50匹ジャストかどうかは分かりません。もしかしたら、51匹、52匹、53匹といった、キリの悪い数値が本当の閾値になっている線もあります」
「どうしてそのように考えられるのです?」
「これも私の直感ですが……」
おじさんは少し皮肉めいた笑みを浮かべた。
「あの常温超電導物質の角を、そんなに簡単に大判振る舞いしてくれますかね?
ダンジョンという仕組みが、人間にそれほど親切に作られているとは到底思えません。
中途半端な数で探索者をじらすような、意地の悪い仕様になっていてもおかしくはありませんよ」
「確かに……早坂さまの仰る通りだ。ダンジョンはいつだって我々に対して理不尽で、厳格だ。ジャスト50という綺麗な数字で資源を渡してくれるほど甘くはないか……」
高橋支部長は深く納得し、激しく頷いた。どうやら私の考えに一理あると思っている様子だ。
また、犬笛の存在を知っている素振りは微塵もない。ひとまず最悪の事態はなさそうだ。
防衛線が張れたところで、おじさんは最後に、こちらを覗き見ていた協会への『大人の釘』を刺しておくことにした。
「ーーそれと、支部長。これはまったく別の話なのですが」
「はい、何でしょう?」
「事件の後も、私が第二層で特訓をしていると、時々、遠く草むらできらっと光るものが見えるんですよ。……お互いに、誠意と信頼は大事ですよね?」
おじさんは静かな笑みを浮かべたまま、じっと支部長の目を見つめた。
「私は約束通り、知り得る限りの貴重な情報資産をすべて協会に提供しています。まさか、その私を協会が裏で監視している、なんてことはありませんよね?」
「っ……!」
高橋支部長の顔が、一瞬にして凍りついた。
額に大粒の汗が浮かぶ。そのあからさまな反応で、あの『きらっと光るもの』が協会による私への監視の目であったことが完全に確定した。
「あ、いや! 決して早坂さまを疑うような意図ではなく、その、不審なチンピラの残党などからあなたをお守りするための護衛として……!」
「ええ、分かっていますよ。そうだと信じております」
おじさんはそれ以上の追及をせず、穏やかに微笑んで席を立った。
「私からは以上です。協会の捜索隊の方々には、今度は『完全なソロ』で、少し多めの数を狩るように伝えてみてください。良い成果が出ることを祈っています」
「は、はい……! 早急にそのように手配いたします。早坂さま、誠にありがとうございました……!」
冷や汗を流しながら見送る支部長に一礼し、おじさんは応接室を後にした。
協会のロビーに出ると、私は小さく息を吐き出した。
やれやれ、これだから組織というものは油断がならない。犬笛の秘密がバレていなかったのは幸いだが、今後も私の行動は協会に監視され続けると考えたほうが良さそうだ。
(つづく)




