第12話:応接室での取引
2026年7月
「早坂さま、こちらへどうぞ」
魔石の換金手続きを終えた直後、おじさんは窓口の女性職員に促され、協会ロビーの奥にある重厚なドアの先ーー応接室へと通された。
先ほどのロビーでの騒ぎの件だろう。
ふかふかのソファに腰掛けて待っていると、スーツをきっちりと着こなした、この支部の責任者らしき初老の男性が入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません、早坂さま。
私は鶴見支部で支部長を務めております、高橋と申します。
まずは先ほどロビーで起きた、我が協会の不手際による暴挙について、深くお詫び申し上げます」
高橋支部長は丁重に頭を下げた。
おじさんは小さく手を振ってそれを遮る。
「いえ、協会職員の方々の迅速な対応には感謝しています。それより支部長、単刀直入にお伺いしたいのですが、あのチンピラたちと佐藤遥さんの処分はどうなるのでしょうか。
私としては、彼らのような危険な連中が野放しになるのは御免ですが、かと言って、これ以上私が警察の調書や裁判沙汰に関わるのも、今後の隠居生活を考えると避けたいのです」
要するに、報復のリスクを避けるために自分の名前を完全に秘匿しつつ、悪党どもを確実に社会的に抹殺してほしい。
それがおじさんの本音だった。
長年、組織の力学を見てきた元企業人としての現実的な要求だ。
すると、支部長は頼もしげに頷いた。
「ご安心ください。あの3人組は、以前から他の新人探索者に対する恐喝や、ダンジョン内での強奪行為を繰り返しており、我が協会のブラックリストに載っていた要注意人物たちです。
今回、協会の施設内で抜刀したという事実に、協会の威信を揺るがす重大な治安妨害行為。
早坂さま個人の告訴が無くとも、協会主導の強制告訴、および探索者資格の永久剥奪処分が確定します。
彼らの親族や仲間に早坂さまの情報が渡ることは、協会の権限で一切ないと保証いたしましょう」
「それはありがたい」
おじさんがホッと胸をなでおろした、その時だった。支部長の目が、鋭い鷹のような光を帯びた。
「……さて、本題はここからです。
早坂さま。先ほど窓口で『金色のうさぎ』と戦った、と仰いましたね。その情報を、詳しくお聞かせ願えませんか?」
応接室の空気がピリリと張り詰める。
おじさんは内心で、やはりあのうさぎには何かあるな、と察知した。
「教えるのは構いませんが、それ相応の理由を教えていただきたい。あの角うさぎは、そんなに特別な個体なのですか?」
「早坂さまは、かつて技術系の仕事をされていたと伺っております。ならば、これを見れば理解していただけるはずです」
高橋支部長は深く息を吐き、机の上に一枚の書類を滑らせた。そこには『最重要機密』の印が押されていた。
「ご存知の通り、ダンジョンの魔獣はゲームのようなドロップ品は落とさない。死体は霧のように消え、残るのは魔石と、角などの身体の一部だけ。
……そして、あの金色の個体が残す『角』。
あれは生物の組織(骨)ではなく、現代科学では、まだ作り出せない、完全な『常温超電導物質』そのものなのです」
「な……常温超電導、物質ですか……!?」
おじさんは絶句した。
常温超電導。
電気抵抗が完全にゼロになる、現代科学における究極の聖杯だ。
「組成としては銀系の物質で、我々も結晶構造まで突き止めてはいるのですが、地球上の技術ではどうしても再現して作ることができない。
ただし、取得した現物を加工することは可能なのです。
これを引っ張って細く延ばし、モーターの配線にすれば、消費電力がほぼゼロの『常温超電導モーター』が作れる。
さらに半導体の配線材料として薄膜化し、高密度で組み込めば、消費電力や発熱がゼロではありませんが、1/2から1/3になると予想されています。
文字通り、世界の産業とエネルギー構造がひっくり返る代物ですよ」
長年技術に関わってきた者として、その言葉の持つ恐ろしさが痛いほど理解できた。
電力ロスのない超高性能モーター、発熱量1/3のCPU。そんなものが実用化されれば、世界中のハイテク産業が一変する。
(……銀系の物質?)
おじさんは驚きを押し殺しながら、内心でポツリと呟いた。
(銀色の、魔法の金属。……それってラノベで言うところの、もしかして『ミスリル』なんじゃ?)
そんな妄想が頭をよぎったが、支部長の話はさらに現実的な生々しさを帯びていく。
「価格をつけるなら、最低でも1本1,000万円。もし国内の電機メーカーや最先端の半導体研究室なら、2,000万、3,000万円でも喜んで予算を組むでしょう。
もしこれがアメリカのIT巨大企業なら、研究サンプルとして1本1億円で買い取ってもおかしくありません。
それほど世界中が血眼になって探している戦略物資なのです。
ですから協会は、この情報をトップシークレットとして隠蔽し、極秘裏にベテラン探索者を集めて捜索隊を組織しようとしていたのです。
それを、ソロのあなたが、第二層で何度も交戦していると聞いて、腰を抜かしたのですよ」
支部長の言葉に、おじさんは強烈な眩暈を覚えた。
おじさんがサバイバルナイフと盾の特訓相手にしていたのは、ただのレアモンスターではない。
現代科学の常識を遥かに超越した『歩く国家最高機密』だったのだ。
それにしても、生物が魔力によって自身の身体を原子・分子レベルで組み替え、常温超電導を可能にする結晶体を精錬している。
そんなものは生物学の領域ではない。
それこそ、ラノベに登場するーー。
(……『錬金術』、そのものではないか)
おじさんの脳の奥で、カチリ、と何かのパズルが噛み合う音がした。
2週間、魔石を舐め続けて体内に蓄積してきた『ねっとりとした未知のエネルギー』。
それが、この瞬間に明確な『理論』と『構成イメージ』を得て、おじさんの体内でうずき始めるのを感じた。
おじさんは興奮を押し殺し、長年理不尽な会議で鍛え上げたポーカーフェイスを維持したまま、支部長に語りかけた。
「分かりました。私の安全の完全保障と引き換えに、私が得た『金色の角うさぎ』の知見をすべて提供しましょう」
おじさんはスマホの表計算シートを確認しながら、淡々と数値を提示した。
「まず出現条件ですが、通常の角うさぎを1日で50匹ほど狩っていると、出る時と出ない時があります。私の体感では、出現確率はざっくりと1/5。1日の出現判定は確率性だと思われます。
次に戦闘データ。
移動速度は通常の角うさぎの3倍以上。
普通の探索者では、目で追うことすらできずに一瞬で肉を抉られるでしょう。
しかも、通常の個体とは違い、こちらの動きを予測して、軸線をずらしながら飛び込んできます」
支部長は私おじさんの言葉を、1言も聞き漏らすまいと必死にメモに書き留めていく。
「最後に、これが一番重要です。
あいつらは、交戦開始からおよそ15分以内に倒しきれないと、煙のように消えてしまいます。
長期戦は通用しません」
「……なんと」
高橋支部長は震える手でメモを握りしめ、おじさんを深く見つめた。
「早坂さま、本当にありがとうございました。お約束通り、先ほどのチンピラどもの件は、あなたの名前を一切出すことなく、協会の総力を挙げて厳罰に処します。
あなたには今後も、静かで安全な探索者生活を送る権利がある」
「助かります。では、私はこれで」
取引は成立した。応接室を後にし、協会の建物の外へと出た。
外は抜けるような青空だった。歩道を歩きながら、おじさんは自分の右手を見つめた。
先ほど、応接室で『常温超電導物質の角』という言葉を聞いた瞬間から、身体の奥が、妙に熱い。
魔力。魔力回路。そして、分子・原子レベルの超鮮明な構成イメージ。
魔法を発現させるための最後のピースが、今、おじさんの手の中に完全に揃っていた。
(つづく)




