第11話:チンピラ来襲(後半)
2026年7月
朝の9時頃
おじさんが魔石の換金をしようと窓口へ向かおうとした、その時のことだった。
「おいおっさん、ちょっと面かせや」
背後からドスの利いた声で呼び止められた。
振り返ると、そこにいたのは3人の若い探索者だった。
着崩した装備に、あちこちに入ったタトゥー。どう見てもカタギではない、絵に描いたようなチンピラだ。
「えっ……何か人違いじゃないですか?」
おじさんがとぼけるようにそう言った瞬間、彼らの背後の物陰に、顔に包帯を巻いた佐藤遥の姿が見えた。合点がいった。
「おっさん、しらばっくれてんじゃねえぞ。あの姉さんをダンジョンに放置したんだってな?」
先頭のチンピラが、おじさんを小突くように距離を詰めてくる。
「大怪我させて泥まみれにしといて、平気な顔して換金かよ。おい、謝って落とし前つけろや!」
凄まじい大声がロビーに響き渡り、周囲の探索者たちが一斉にこちらに注目する。
どうしたものかとおじさんが思考を巡らせた、その刹那だった。
おじさんの淡々とした態度が気に障ったのか、完全に頭に血が上ったチンピラが、腰から長さ1mほどの片手剣を抜いた。
ダンジョン用の、本物の殺傷能力がある鉄の剣だ。
「なめとんのか、コラァ!」
彼は衆人環視の協会ロビーであることも忘れ、いきなりおじさんに向けて剣を振り下ろしてきた。
一瞬の出来事だった。
いつものポリカーボネートの盾もサバイバルナイフも、今のおじさんは持っていない。
しかし、驚くほど冷静にその刃の軌道が見えていた。
この2週間、魔石を舐め続け、角うさぎの超高速の突進を至近距離でいなし続けてきたおじさんの身体は、チンピラの素人じみた大振りの一撃に余裕で反応できたのだ。
おじさんは一歩踏み出し、左手で相手の剣を持つ手首を、その力に逆らわないように外側へといなした。
そのまま、角うさぎの群れを避けるために叩き込んだステップで、ガラ空きになった相手の懐へと滑り込む。
下半身の腰を入れ、肩を入れ、最も無駄のない軌道で、固く握った拳を放った。
『ゴカァッ』、と鈍い音がロビーに響く。
おじさんの拳は、チンピラ探索者の顎の先端へ正確にヒットしていた。脳を揺らされた男は、白目を剥いてあえなく床へ崩れ落ち、そのままピクリとも動かなくなった。
「な、んだと……っ!?」
一瞬にしてリーダー格を気絶させられた残りの2人が、驚愕に目を見開く。
怒号と片手剣が床に落ちる凄まじい金属音を聞きつけ、奥の事務室から協会の職員たちが血相を変えて飛び出してきた。
「そこまでだ! 武器を捨てろ!」
屈強な職員たちが瞬く間に倒れた男を取り囲み、拘束する。
おじさんはすかさず、呆然と立ち尽くしている残りのパーティメンバー2人に向け、静かに、しかし威厳を込めて一喝した。
「君たち、こんな公共の場所で剣を振り回すとは、立派な殺人未遂だぞ!」
おじさんの言葉に、我に返ったメンバーの1人が、顔を真っ赤にして大騒ぎし始めた。
「うるせえ! このおっさんが、その女に酷いことしたんだよ! 俺たちは懲らしめようとしただけだ!」
「あなたたち、いい加減な言いがかりはやめなさい!」
声を上げたのは、騒ぎの真ん中に割って入ってきた、先ほどまでおじさんに対応していた窓口の女性職員だった。
彼女はチンピラたちを鋭い眼光で睨みつける。
「彼女から何を聞いたか知りませんが、こちらの早坂さまは、彼女をダンジョンに放置したりしていません!」
女性職員は毅然とした態度で、その件については佐藤遥が協会に虚偽の報告をしていたこと、監視カメラの映像で早坂の無実が証明されていることを冷徹に説明した。
女に騙されて片棒を担がされ、その上協会で刃物を振り回したのだと気づいたチンピラたちは、みるみる青ざめて押し黙った。
「お、俺たちは関係ねえ……! 兄貴が勝手にやったんだ!」
2人が必死に言い訳をして一歩下がろうとする。
おじさんはそれを逃さず、冷ややかに告げた。
「関係ない? 君たちも武器の柄に手をかけて、おじさんを囲みながら隙を伺っていたよね。全部、あそこにあるカメラにバッチリ写っていると思うけれど」
おじさんがロビーの天井隅にある監視カメラを指差すと、2人は完全に硬直した。
おじさんはそのまま、横にいる協会職員の男性に向き直る。
「職員さん、このような場合、手続きはどうなるんですか? すぐに警察を呼んで、殺人未遂と、あそこにいる彼女も殺人教唆の現行犯で逮捕ですか?」
協会職員は厳粛な面持ちで頷いた。
「はい。一応、身柄は一旦協会側で預かり、その後の処分は警察に引き渡します。……早坂さま、彼らを殺人未遂罪で告訴されますか?」
「そうですね。こんな理性のない連中が街に野放しでは危ないですからね。当然、そうなりますかね」
「承知いたしました。それでは詳細な事情聴取と書類作成は、後日で結構です。本日は大変な災難でした」
職員たちが、気絶した男と震える2人、そして、青ざめて逃げようとした佐藤遥の身柄を確保し、奥へと連行していく。
ロビーにようやく静寂が戻った。
一段落したおじさんは、何事もなかったかのように窓口へと戻り、イノシシモドキの魔石の換金を済ませた。
対応してくれた受付の女性は、目を輝かせながらおじさんに魔石換金の明細を差し出してきた。
「いやあ、鮮やかな一撃でしたね、早坂さま! とてももうすぐ六十歳になられるとは思えませんでした!」
「いや、自分でも驚いていますよ」
おじさんは手続き完了の通知が届いたスマホをポケットにしまいながら、小さく苦笑した。
「ダンジョンに潜り始めてから、どうも身体が軽いような気がするんですよね。……あと、実は最近、第二層の角うさぎを相手にちょっと特訓しているんですよ。
特に、あのたまに出る金色のうさぎが凄くって、何度か死にそうになりました」
何気ない世間話のつもりだった。
しかし、それを聞いた瞬間、窓口の女性の顔つきが、楽しげなものから一変して強張った。
「え……? 早坂さま、今、『金色のうさぎ』と仰いましたか……?」
彼女の尋常ではない目の色を見て、おじさんは内心で(しまった)と呟いた。
どうやらまた、おじさんは言ったらダメな種類の発言をしてしまったらしい。
(つづく)




