これから通う学園について
子曰く、隣で幼女が眠っていたら、俺は容赦なくそのぺったんこな胸に静かに敬礼するだろう。
てか幼女ってだけで尊くない?
そう思わないヤツは玉無しと言っても言い!
何でそこまでボロクソに言うのかだって?
そこに幼女がいるからだよ!!
何ともまあ、身勝手で犯罪ギリギリな教えだ。
本当にゲスな考えである。
だが男ならこの台詞にロマンを感じるものだろう。
かくいう俺がそうだからきっとそうに違いない。
嗚呼、夢から覚めたら隣で幼女が寝ていないかなぁ……
「……ん」
右腕に暑苦しさを感じて目を覚ます。
俺の快眠を邪魔するのは一体誰だ?
そう思いながら右を向くと、そこには旭がいた。
彼女は俺の右腕に抱き付いて気持ち良さそうに眠っている。
──なるほど、コイツのせいだったか。つーか何故コイツは俺のベッドで寝ているんだ?そして幼女じゃなかったのは残念極まりないな。
そう思いながら旭の鼻を右手の人差し指と親指で摘まむ。
「んみゅ……んんんっ……ぷぁー……」
旭は可愛い声を出しながら呼吸方法を鼻から口に変えた。
──可愛い……幼女じゃないけどキスしても良いかな……?いや、もしやったら粉微塵にされそうだから止めておくとしよう。それにしてもどうするか?今日は金曜日。これから学校がある。いつもならこの時間に起きて学校へ行く準備をしているわけだが、せっかく金持ちになったんだ。ここは一日ぐらい休んで豪遊しても良いかもしれ……って、それはダメだろ。くだらない事考える暇があるのなら学校の準備しろよ。だ、だがその前に……
「ちちち、ちょっとキスするぐらいなら大丈夫だよな?」
恐る恐る彼女の唇に顔を寄せる。
ドクンドクンと脈打つ鼓動がやけにうるさい。
「はあ……はあ……」
残り数センチの所で緊張が最高潮に達した事で反射的に唾を飲み込む。
その嚥下音があまりにも大きくて、旭が目を覚すんじゃないかと思った。
が、幸いにもそうならなかった。
ふぅー、と安堵の息を漏らすと同時に、額に浮かんだ汗を右の袖で拭う。
そして「……よし」と小さく気合を入れると、再び彼女の唇に近付いてゆく。
残り五センチ、三センチ、一センチ……そして旭がパチリと目を覚ました──畜生!
「おはようございます、秋好様。昨夜はその、とても雄々しかったです……」
「……は?」
目を擦りつつ、ゆっくり起き上がりながら発した、旭の衝撃発言に俺は右頬を引きつらせる。
──いや、そんな、まさか……
「それ、マジ?」
オレの問いに旭は首肯で答えた後、布団を捲り上げる。
「…………っ!?」
特に何かをしたような形跡はない。
シーツの皺も人が一晩寝たぐらい皺付き具合だった。
「……ダーリン、子供の名前はどうしましょう?」
昨夜の事を思い出したかのように頬を真っ赤に染めて訊ねる旭。
だがそういった証拠が一切見当たらないので、これは嘘なんだと判断した。
「……そんな事より俺は学校へ行く!朝食を用意してくれ!」
これ以上この話を続けるのは無意味だ。
なので早々に話を変えさせてもらおうとしたら――
「……チッ」
非常に不機嫌そうに舌打ちされました。
だがご主人様である俺の指示には従うつもりらしい。
相変わらず嫌そうな顔ではあるが、ベッドから出てこちらへ向き直り、こう言うのであった。
「承知しました」
そして旭は部屋を出て行く――と思ったが扉を開けてこちらを振り返った。
でもって、衝撃発言をする。
「それと、秋好様には本日から違う学園へ通っていただきます。これは厳史朗様の意向なので反論は受け付けません。では――」
会釈すると、旭は今度こそ部屋を出ていった。
残された俺は当然の如く――
「……えーっ!?」
絶叫するのであった。
食事とは戦争だ。
家族が少ない人からしたらあまり理解は出来ないかもしれない。
だが児童養護施設で育った俺からしたらまさしく戦争である。
早く食べないとおかわり出来ないし、他者に奪われる事だってある。
そうなるとその奪われた者は他の人から奪って朝食を終える。
足りなければまた他の人から奪い、奪われた者はまた他の人のものを奪う。
そうなるとどうなるか?
それこそ乱闘騒ぎである。
場合によっては喧嘩が長続きし、冷戦状態、または被害者同士で徒党を組んで上の者を狩る。
ほら、まさしく戦争だろう?
何故俺が今こんな話をしているのか?
それは食卓に就いてもその強奪やら乱闘やら戦争やらが起きないからだ。
これにはさすがに驚いた。
だが少し考えればこれは容易に分かる事である。
何せ食卓に就いているのは俺だけなのだから蛮行の数々が発生するはずがない。
故に――
「う~ん、デリシャス!」
あまりの平和さに愉悦に入ってしまう。
「……って、何で食卓に並んでいるのがざるそばだけなんだよ!!いや、美味いけどさぁ!!」
最初の一口を食べた後、旭に箸の先を向けて突っ込みを入れる。
すると旭は言っている意味が分からないと言いたげに小首を傾げた。
「いやいや、そんな行動を取られてもこちらが困るのだが?てか普通なら朝食にふさわしいものを出すだろうが!例えばサラダとか味噌汁とか卵焼きとかさあ!それなのにざるそばだけって……しかも素そば!付け合わせ無しの素そば!!人を馬鹿にするのもいい加減に――ぎゃっ!?」
最後まで文句を言い切る前に左頬を平手で叩かれた。
その勢いで俺の首が右に捻れて関節がゴキゴキと悲鳴を上げる。
「な、何故にビンタ……?」
目に涙を溜めながら旭を睨み付ける。
すると旭は怯む事なく、寧ろ嘲笑しながらこう返すのであった。
「坊やだからさ」
「わけ分かんねぇよ!!」
「DTだからさ」
「それも分からないからね!」
「いえ、秋好様はこれから社長となるお方……つまりここは童帝と言った方が正しいでしょうか……」
顎に右手の指を付けてブツブツと呟く旭。
「いや、全く正しくないから!てか俺DTじゃねえし!」
「は?それマジで言ってんの?」
今度は激怒した様子で、眉間に皺を寄せながらこちらに顔を近付けて訊ねる。
そんな旭に気圧されて俺は――
「い、いえ、冗談です……」
泣く泣くそう答えるのであった。
すると何故か旭はホッと安堵する素振りを見せた。
――何故に安堵?いや、その前に……
「昨晩俺達一戦交えたんじゃなかったのか?それが本当なら既に俺はDTではないと思うのだが……まさか――」
「勿論嘘でございます」
無表情であっさりと白状する旭を見て俺は長いため息を吐く。
そして気が落ち着いたところで旭の両頬を摘まんで一言。
「泣かしたろか?」
「えっ?タカシだろがい?」
「…………」
――聞き違いが酷い!!
イラっとしたので旭の頬を左右に引っ張る。
が、すぐに右手で両腕を叩き落とされた。
「あいたぁっ!?」
「痛いのはこちらでございます。それと今のはセクハラとパワハラです。今月の給与には慰謝料を請求させていただきます」
――もう嫌だこの娘……
「……それで、話を戻すがどうして素そばなんだ?」
「験担ぎです」
「……は?」
「素の私がそばにいる……つまりはそういう事です」
そう言って無表情で目を輝かせる旭。
きっと上手い事が言えたから『どや?』とでも自慢したいのだろう。
だがそう簡単に俺が誉めたり称えたりするわけがない。
寧ろくだらないと言い放ちたいところだ。
しかし今日は転校初日。
つまり最もテンションを上げないといけない日である。
ここで喧嘩になればテンションを上げるどころの話ではなくなる。
それを防ぐには俺が大人になる他ない。
「そっか、ではこれからもよろしく頼むぞ」
「はい。ところでですが秋好様、これから通う学園の説明を行ってもよろしいでしょうか?」
「ん、おう」
「では――」
そして旭は説明を開始する。
まず彼女が話したのは学園の概要。
これから通う事になる学園の名前は私立鳳凰院学園と言う。
厳史朗さんが設立した高等学校で、主に金持ち関係の人間が通っているらしい。
そこでは金持ちの後継者となる者が将来の為に帝王学を学んだり、マナーを習ったりする。
勿論、俺が今まで学校で学んでいた一般的な知識もだ。
まあ、ここまでは何となく予想は出来ていた。
だから『なるほど、つまり金持ち専門の高校みたいなものなんだな』ぐらいにしか思っていなかったが、ここからが肝心だった。
どうやら鳳凰院学園は恋愛を推奨しているらしいのだ。
具体的に言えば、そういうイベントが頻繁に発生するとの事。
例えばお見合いや合コンや男女合同でのお遊戯会等々。
とにかく男女交際に発展するようなイベントが満載らしい。
で、何故そういうのがあるのか?
それは同類――つまり金持ち間で結婚させるのが目的のようだ。
今の俺にとっては持って来いの目的である。
「――というわけで、これから頑張ってください」
「色々と不安ではあるが……まあ、それなりに頑張るよ」
それから俺は、食事を済ませて学園へ向かうのであった。




