とある過去
子曰く『オレの夢は百人の女性を篭絡することだ!!』
直訳すると『ハーレムは男の夢だよね!』である。
現在俺はその夢が叶う環境にいる。
何故そう断言できるのか?
それは今の状況を理解すれば容易に分かることだろう。
俺専用の屋敷で働くメイドさんの数は約百人。
しかも従者は彼女らだけで男性は一人もいない。
これをハーレムと言わずしてなんと言う。
しかし残念な事に俺は屋敷に到着して早々、やらかして避けられるようになった。
現在、俺はその事を思い出し、通された自部屋で身悶えそうになっている。
因みにそのやらかした事とは――
「ご主人様、メイドを押し倒して無理矢理胸を揉みしだくのはさすがにやり過ぎだったかと」
そう、そんな事をやらかしてしまったのだ。
「うるせぇ!あれは不可抗力だったんだよ!!」
悲鳴を上げた後、号泣しながら逃げてゆく被害者メイド。
軽蔑の視線を向ける他のメイド達。
その様が何ともまあ、いたたまれなかった。
いくら事故だと言っても傍から見れば明らかに俺は加害者だ。
「何もない所で躓く事が不可抗力だったと?」
「そうだよ!!悪いか!?」
旭は口に右手を添えて、プププッと嘲笑する。
「テラカワイソス」
──この女、ぶん殴ってやろうか?いや、でも返り討ちでボッコボコにされそうだから止めておこう、と考える俺はなかなかにヘタレなんだろうなあ……情けない。
「ところで秋好様」
「何だよ?」
恨みを込めて睨み付けながら訊ねる。
「私を婚約者に選んでいただけるのなら何でもご奉仕しますよ?」
「はあっ!?」
──何でもご奉仕だって!?何だこの魅力的なパワーワードは……いや、でも旭のことだから、ほぼ百パーセント冗談だろう。
「冗談です。引っかかりましたか?」
──ほらやっぱり。
「いや、全く」
「チッ!」
相変わらず無表情だが、何となく本気で悔しがっているような気がする。
でも、これも演技なんだろうなあ……
「秋好様、これからいかがなさいますか?」
「あー、それじゃあ──」
俺は旭の質問に『疲れたから今日はもう寝る』と答えた。
だが『汗臭いので、せめて風呂には入った方がよろしいかと』と言われた。
なので、現在風呂に入っている。
身体は既に洗い終えたので、広々とした湯に漬かっている最中だ。
「今日は色々あり過ぎてマジ疲れたわ。てか俺が大企業の社長の跡取りになるってどんな奇跡だよ……わけ分かんねえ。でもあの地獄から抜け出せたと思えば幾分気は安らぐか」
俺が今朝まで住んでいた児童養護施設は本当に最悪な場所だった。
職員からの精神的虐待や体罰は勿論の事、先月なんて暴力と軽犯罪で逮捕された児童までいたし。
故に俺はかなりの人間不信だ。
康弘以外誰も信用していない。
なのではっきり言うと、このラッキーな状況も怪しんでいる。
『もしかして俺は実験動物とかだったりするのか?』とさえ思っている。
だがあの施設にはもう戻りたくないから、暫くは実験動物にでも何にでもなってやろう。
「はあ……」
これからに対する不安。
施設から抜け出せた安堵。
その他諸々の気持ちを空気と一緒に肺から吐き出して脳内をクリアにした瞬間──
「ご主人様、お背中をお流ししに参りました」
全裸にバスタオルを巻いた格好の旭が風呂場のスライド式の扉を開けた。
「わひゃぁお!?」
心臓が飛び出るんじゃないかと思うほど驚愕。
それと同時に一瞬で首の辺りまで湯に浸かって体を隠す。
「ててて、テメェ!勝手に開けるなよ!!」
――今の俺、確実に赤面してるな。自分でも分かるわ。
「失礼しました」
両手にお風呂道具の入った桶を持ったままペコリと頭を下げる旭。
そして彼女は風呂場に入って来る――って、何でやねん!!
「勝手に入って来るな!」
「ですが秋好様、私は専属メイドにございます。つまり【そういった処理】も私の仕事……ご理解いただけましたか?」
「全然いただけてねえよ!!説明不足だよ!!そして早く出てけ!!」
「だが断る、でございます」
そう言って旭は風呂桶を降ろし、何故かジョ〇ョの仮面のポーズを取る。
「おい、オラオラくらわすぞ」
ボキボキと拳の骨を鳴らしてこちらもジ〇ジョネタで脅しをかける。
「無駄無駄、でございます」
上手く返された。
──こやつ、なかなかやりおる。そして目が絶対に出て行かないと言っていやがる……仕方ない。
「……分かった。だが背中を流すだけだぞ」
息子を両手で隠しながら、だだっ広い湯から上がり、近くにあった椅子に座る。
「承知しました」
そう言って一度礼をした後、旭はオレの背後でタイルに右膝を突く。
このポジション……もし俺が振り返ったら確実に旭の大事な部分が見えるだろう。
──見たいか?見たくないか?と訊かれたら俺は見たいと即答する。だが相手はあの思考の読めない旭だ。もし見たらいったい何をされるか……想像しただけで恐ろしい。結論!絶対に見ない!!
旭は体に巻いていたバスタオルを取り、前身を俺の背中にくっ付けた。
──はあ!?何してんのコイツ!?つつつ、つかヤバい!背中に色々と当たってる!全体的に柔らかいものが色々と当たっているのですがああああ!?
「ななな、何してらっしゃるのですか旭様!?」
「秋好様の背中、すごく……大きいです……」
──やらないか……って、違う違う!!
「ちち、ちゃんと答えていただけませんかねぇ!?」
「秋好様……」
ここで旭が俺から僅かに離れる。
──た、助かった……
「な、何だ?」
「秋好様は自分が小さい頃の記憶ってございますか……?」
──小さい頃の?何故今そんな事を訊くんだ?……でもまあ、答えてやるとしよう。
「幼稚園生以前の事はほとんどないけど、それ以降ならまあ、人並み以上にはあるぞ」
人とは基本、良い事は忘れやすくて、悪い事は執拗なまでに覚えているものだ。
俺も人間なのでそれは同じ。
それ故に、辛い目にばかり遭って来た俺は、小さい頃の記憶を他人より多く持っている。
ほんと、生きているのが嫌になる程に。
「では小六の春の記憶は?」
「まあ、人並み以上には。その頃は色々とあったからな」
「そうですか……ではその頃最も仲の良かった子の事は?」
そう訊ね、旭は更に強く抱き付いた。
その瞬間、彼女の異常に早くて強い鼓動が背中に伝わる。
──専属メイド以前に旭も一人の女だ。こんな格好で異性といるのはさすがに緊張する、か。
と、自己解釈。
「一応はな」
その頃、俺には同級生で、同じ施設に住んでいて、何をするにも一緒だった女の子がいた。
俺はその女の子がとても好きだった。
勿論異性としてだ。
だがその子は、ある日いきなり施設からいなくなった。
俺だけじゃなく、誰にも別れを告げずに……
──あの子は今、どこで何をしているのだろうか……
あの子の姿を思い出しながらそんな事を考える。
「そうですかそうですか……」
旭は何故か嬉しそうに声を弾ませる。
「話は以上か?もし以上ならオレはもう──」
「ではついでに秋好様の剃毛を──」
「なぜそうなる!?」
「大丈夫大丈夫!先っちょだけ先っちょだけ!」
「信用皆無なセリフだなっ!?」
堪らず俺は逃げるように風呂場を出るのであった。




