心からの謝罪
あの後、厳史朗さんの高笑いと明史氏の小さな笑い声が聞こえたところで俺と佐々木は、もう大丈夫だろう、と判断した。
それから佐々木の申し出で屋上へ行って二人っきりで話をする事にした。
佐々木が口にしようとしている内容は言われずとも分かっている。
佐々木が俺に対して犯した罪についてだろう。
屋上へ向かう最中、緊張の面持ちをしていた事からもそれは容易に予想出来た。
で、屋上へ着くと、向き合ったまま暫しの沈黙が続く。
その沈黙が一分程続いた所で俺は、こちらから話を切り出すべきか?と思った。
だがそう思ったすぐ後に佐々木が深々と頭を下げた。
そして彼女は震え混じりの大きな声で言う。
「春日野君に色々と酷い事をしてしまいました!!本当にごめんなさい!!」
佐々木の体が小刻みに震え始める。
きっと謝罪する事で極度の罪悪感に襲われたのだろう。
そんな彼女を見て、心臓がきゅぅぅ、と締め付けられる。
普段の俺ならこの時点で相手を許す。
理由は相手が十分に反省しているからだ。
だが今回の件は事が大き過ぎるので、そう簡単に許すわけにはいかない。
故に俺はこう返す事にした。
「易々とは許せないな。それにその色々についての詳細を聞いていない。お前は一体どんな嘘を吐いていたんだ?答えろ」
最後に敢えてキツい口調を使う。
これは佐々木に更なる罪悪感を与える為ではない。
ただ、贖罪の機会を与えるのに必要な事だからだ。
――佐々木は今、自責の念に押し潰されそうになっている。そんな彼女を罪の意識から救い出す方法は贖罪以外ない。その機会はなるべく早めに作ってあげるべきだ。でないと本当に彼女は自責の念に押し潰されてしまうからな。だからこそキツい口調を使ったわけだが、果たして彼女はどのような反応をするだろうか?今ので泣かれたらこっちも泣きそうなのだが……
俯く佐々木。
そして懸念していたとおりそのまま泣いてしまうと思いきや、顔を上げ、真剣な眼差しでこちらを見た。
表情はとても険しい。
けれど覚悟が窺える。
「あたしは春日野君に余命一年と嘘を吐きました……性欲が強いというのも嘘です……春日野君の机でいかがわしい行為を行っていたのも狙ってやった事で、始めから春日野君が教室に戻って来る事は分かっていました……春日野君の事、好きでも何でもありません……それに……」
そこまで言ったところで佐々木の目から涙が出始める。
――心が痛い……でも!!
「それに、何だ?話せ」
それでもキツい口調だけは止めない。
「……はい。それに……春日野君と接している時、常にどうやって騙そうか考えていました……騙した後、鳳凰院さんにどうやってお父様の仕返しをするかも考えていました……あたしは卑怯で打算ばかりの悪い女です……死んで詫びる事すら出来ない駄目な女なんです……」
そして黙り込む佐々木。
――これで全部のようだな。そしてこれらは全て分かっていた事だ。だから一切佐々木に憤りは感じなかった。寧ろ同情した。
佐々木の行いは全て父である明史氏を想っての事だ。
もし厳史朗さんが明史氏と同じ目に遭ったとしたら、俺だって佐々木と同じ事をしたかもしれない。
だから怒る気にはなれない。
それに、今回の原因は不幸が重なったからというだけである。
大学時代、明史氏が厳史朗さんの奥さんを好きになったのだってそうだし、厳史朗さん達の告白に対する反応もそうだし、明史氏がパニック障害を患った事だってそうだ。
厳史朗さんが罪悪感を覚えて事業拡大の為の費用を全額出したのも、明史氏が厳史朗さんの奥さんを他人に襲わせようとしたのも、俺からしたらただの不幸だ。
もし俺が憤りを感じるとしたら、そんな不幸の数々に対してである。
佐々木に対しては全く感じない。
つまり悪いのは重なった不幸だ。
それさえなければこんな事にはならなかった。
だから佐々木には同情する。が、やはり贖罪の機会は与えてやらないといけないわけで、俺は黙り込む佐々木にこう言う事にした。
「確かにお前はダメダメで悪い女だ。だからお前には贖罪をしてもらう」
「贖罪……?」
「あぁ、その内容は……」
――そう言えば考えていなかったな……何にしよう?軽すぎたら佐々木は納得しないだろうし、重すぎたら俺の心が痛んでしまう。丁度良い贖罪と言えば……あっ、そうだ!
という思考を二秒で行い、俺は内容を告げる。
「……俺の所有物になれ」
内容を聞くと佐々木は数秒間、口を半開きにして固まった。
そして我に帰る為にブンブンと頭を振った後、恐る恐る訊ねる。
「それって……結婚してくれって事ですか……?」
「…………」
右手で額を押さえ、自分の語彙力のなさを今更になって恨む。
――何故俺はもっと良い言い方が出来なかったのだろうか……いや、後悔先に立たずだ。ここは即座に訂正せねば。
「違う、奴隷になれって事だよ。お前は一生俺に従うんだ。パンを買いに行けと言われたらその命令を利いて、ムカついたから殴らせろと言われたら右の頬を差し出す……つまりそういう事だ」
考えるように右手の指を顎に付ける佐々木。
そしてすぐに右手を下ろすと、理解したように深く頷いた。
「分かりました。ではただ今を以てあたしは春日野君の奴隷となり、一生を懸けて罪を償う事を誓います」
「あぁ、そうしてくれ」
そう言って俺は笑みを浮かべる。
するとすぐに佐々木も笑った。
その笑みを見て俺が、もうわだまりは無くなったな、と判断したのは言うまでもない。
それから他愛ない話を小一時間した後、明史氏の病室へ戻る事となるわけだが、この時の俺はまだ気付いていなかった。
佐々木に与えた贖罪方法が後々になって最悪な形で効果を発揮する事を――
病室へ戻ると既に厳史朗さんの姿は無かった。
明史氏の話では、どうやら彼は大事な会議の途中で抜け出したから秘書に怒られ、泣く泣く帰ってしまったとの事。
せっかくだから挨拶ぐらいはしておこうと思ったのだが、まあ、こればかりは仕方がないというものだろう。
なので佐々木と明史氏と軽いやり取りをして俺も帰る事にした。
その途中、病院の入口自動ドアを通過した所で旭と遭遇した。
彼女は俺が出て来るのを待っていたらしく、こちらを視認するや珍しく愛おしそうな表情で駆け寄って来て、いきなり無表情に戻ったかと思ったら俺の右頬にビンタを食らわした。
右頬を右手で押さえながらその理由を訊ねたら、彼女は『して欲しそうな顔をしておりましたので』と答えた。
そんな彼女に若干の憤りを覚えつつ、用意してくれていた黒塗りの高級車の後部座席に乗る。
右隣に旭が座る。
で、無言のまま自宅に到着し、自部屋へ戻るとベッドへダイブ。
そして俺は気絶するように眠りに就いた。
次に俺が目を覚ましたのはそれから約三時間が経過した頃。
その頃には既に明史氏は亡くなっていた。
これは後になって佐々木から聞いた話なのだが、彼は『もう悔いは無い』と言って、とても幸福そうな顔をしながら亡くなったらしい。
それを聞いて俺は、仲直りの手伝いが出来て本当に良かった、と思った。
これにて一件落着。
そうなればハッピーエンドで話を終わらせる事が出来るが、残念ながらまだ終わりではない。
ここからは数日が経過した後の話である。




