真実
水柱が立つ程の勢いで慌てて湯に浸かり、厳史朗さんの方へ駆け寄る。
「厳史朗さん!?厳史朗さーん!!」
やっと厳史朗さんの側まで来ると、体を反転させて縁まで引っ張る。
そして陸へ上げると、仰向けに寝かせ、激しく肩を揺する。
すると厳史朗さんが呻きながら何かを呟き始めた。
その声を聞き取るべく、右耳を口元へ寄せる。
「ま、マウスtoマウスを……して欲しい……な……」
――殴る事はさすがに出来ないがデコピンぐらいは食らわせても良いだろうか……って、ダメだよな。
そう思い、無意識に強く握っていた拳を開く。
そして厳史朗さんにジト目を向けて――
「厳史朗さん、起きてますよね?」
「いいや、今は意識不明だ!」
カッと目を見開きながらそう言う厳史朗さん。
――何故一瞬で分かる嘘を吐く!?
「さあ!続きを行おうではないか!」
「しませんから!!」
「カメラマン!録画の準備はバッチリかい!?」
厳史朗さんは脱衣場へ続く扉の方を見た。
そこへ目をやると、扉が僅かに開いていて、その隙間から大型カメラのレンズがこちらを覗いていた。
すぐに扉が全開し、旭が姿を現す。
彼女は右肩に大きなカメラを担いだ状態で片膝を床に突いおり、レンズを回してこちらにピントを合わた。
そして予め用意していたらしいカンペを背後から取り出すと、こちらへ文章を見せる。
それには【ここで秋好が「やらないか」と言う】と書かれていた。
「やらねえよ!てか何だこの茶番は!!」
その突っ込みを聞いて旭は次のページを捲る。
【厳史朗、潤んだ瞳で「凄く、大きいです……」】と書かれていた。
「凄く、大きいです……」
指示どおりに行う厳史朗さん。
「もう部屋に行っても良いですか?」
「「何!?」」
恐ろしい子!?と言わんばかりの表情で白目を剥く厳史朗さんと旭。
――よし、部屋に行くか。
無言で立ち上がろうとしたところで厳史朗さんに両肩を掴まれる――というかしがみ付かれた。
「まあ、待ちなさい秋好君。君は知りたくないのかい?」
「何をですか……?」
――もし男同士の世界を、とか言ってきたらマジで殴ってやろう。
「真実をだよ、私と佐々木明史についての」
そして厳史朗さんはこちらを見据える。
あまりの圧力に俺はゴクリと唾を飲み込み。
――真実という事は、俺がまだ知らない情報を話してくれるという事だ。それなら聞く価値は充分にある。ならここはこう答えるべきだな。
「……知りたいです」
すると厳史朗さんはニカッと笑みを浮かべ、俺から離れ、立ち上がった。
「では話すとしよう!というわけでキャシー!録画はもういいぞ!」
「私は朝比奈旭でございます」
「そうだったな、ルーシー!」
「…………」
呆れたのか、旭は無言で立ち上がるとこちらへ背を向けた。
で、そのまま姿を消すかと思いきや――
「ではせっかくなので私もご一緒させていただきます」
と言って脱衣場ではなく、ここ、つまり風呂場で服を脱ぎ始める。
「ちょっ、旭さん!?」
慌てて旭の方へ駆け寄り、彼女を脱衣場へと連れて行く。
「如何されましたか?」
「いやいや、それはこっちの台詞なのだが!?お前さんはどうして一緒に風呂に入ろうとするかなぁっ!?」
「私は秋好様のペット……つまりそういう事です」
「…………」
――どゆこと!?いや、なんとなく言いたいことはわかるけど!!
あまりにも呆れ果て、嘆息を吐く。すると――
「というのは冗談で、一緒に入るのは厳史朗様の命にございます」
「どういう事だ?」
「お前にも関係のある話だから……との事です」
――クラスメートだから他人事ではないって事だろうか?もしそうなら俺が止めるわけにはいかない、か。
身を翻し、風呂場に再入場。
そして「分かったよ。だから体にバスタオルを巻いてから入れ」と言って扉を閉める。
で、また嘆息を吐いて厳史朗さんの右隣へ行き、そのまま腰を下ろして肩まで湯に浸かる。
それから気まずい沈黙が一分続いたところで旭が入ってきて、俺の右隣に腰を下ろす。
「さて、それでは話を始めようか」
「「お願いします」」
先に口を開いた厳史朗さんに旭とそう言うと、二人して頭を下げる。
「とはいえ、何から話すべきか……」
考え込むように腕組みしながら小首を傾げる厳史朗さん。
数秒後、考えが纏まったらしくポンと手を打った。
「まずは私と明史君と私の妻との関係から話そう。
私と妻と明史君は大学の先輩と後輩の関係だった。
因みに私と妻は同級生で恋人同士で、明史君はその一つ下だ。
で、私達はその頃から仲が良くてね。
しょっちゅう遊びに行ったり将来の夢を語り合ったりしていた。
そんな日々を過ごしていたある日のことだ。
私達は、私の思いつきで、学生でありながらとある会社を立ち上げる事にした。
それが現在のこの会社になるわけだが、それは別として、当時は三人で経営をしていた。
勿論私と妻と明史君との三人でね。
経営は最初はとても大変だったが、私が大学を卒業する頃にはそれなりに大きなものになっていた。
しかし大学卒業を控えたところで私達の間に僅かな亀裂が入る事になる。
その亀裂の原因は恋愛だ。
つまりだね、明史君が私の妻に告白をしたのだよ。
しかも私の目の前で……
まあ、その時は冗談めかして軽く流したわけだが、それがいけなかったようだね。
明史君は私達に馬鹿にされたと思い込み、気を病ましてとある疾患を患ってしまった。
秋好君はもう知っているとは思うがその疾患とはパニック障害だ。
そしてそれが原因で気力を失った明史君は仕事を辞め、大学も辞めた。
私と妻は責任を感じた。
あの時、誠意を持って明史君と接していればこんな事にはならなかったはず……そう思ったさ。
彼が暫く社会復帰出来ない状態になっていたからそれは尚の事だ。
だから私達は贖罪として彼のケアを行った。
それから五年程が経った頃だろうか。
ふと、明史君は会社を立ち上げたいから金を貸して欲しいと言ってきた。
私達は喜んで彼にお金を渡した。
彼が会社を立ち上げたのはその一ヶ月後だったよ。
更に数年が経った頃、私達の会社と明史君の会社は順調に軌道に乗っていた。
私と妻の会社は、既に現在の会社の原型が出来上がりつつあったかな。
そして明史君の会社は今以上に凄いものだった。
そんな中、私と妻の結婚が決まったんだ。
明史君は喜んで私達を祝福してくれたよ。
だからもう蟠りはなくなったと思い、彼と様々な事業を共同で行うようになった。
それから暫くはこれと言った事件も無く、互いの会社も更に成長して行った。
三人の仲もかつてのものへ戻りつつあった。
けれど、あの事件が起こった……秋好君が旭君に聞かされたあの事件だよ」
「最終的に奥さんが襲われそうになった事で佐々木明史氏との仲が悪くなったという事件ですよね……?」
俺が知っている事と言えばこれだけなので、きっとこれだろうと思い訊ねてみる。
すると厳史朗さんは首肯した。
「で、ここで私の言う真実が何なのか?って事になるわけだが、それは二つある。一つは、事業を拡大させる為のお金は全額私が出したが、利益は半々で分けるつもりだったって事。そしてもう一つは、今でも私達は彼を尊敬しているし、仲直りもしたいと思っているという事だ」
――計画は厳史朗さんと佐々木明史氏で立てたのだから、利益は互いにあるべき……そう思っての利益半分なのだろう。それは理解出来る。でももう一つの真実である仲直りをしたいという気持ちは理解出来ない。何で妻を犯されそうになったのにそんな気持ちを持てるんだ……?
「前者については理解出来るが、後者については理解出来ない……そう思ったね?」
「はい、まあ……」
「それは、彼が根は優しい人間だって分かっているからだよ」
「……でも明史氏は奥さんを他人に襲わせようとしたんですよ?」
「だとしてもだ。彼とは長年の付き合いだったから分かっている。そして仲直りがしたい。だから折り入って君に頼みたい事がある」
そう言うと厳史朗さんは頭を下げた。
そしてこう続ける。
「仲直りの手助けをしてくれ!」
「…………」
始めからそうするつもりだったから勿論厳史朗さんの頼みを聞くつもりである。
だがどうやって仲直りまで持って行けば良いのかが分からないから、そう簡単に頷く事が出来ない。
それ故にずっと固まっていると、厳史朗さんが顔を上げた。
「仲直りをするためにこちらから差し出せるのが幾つかある。もし躊躇しているのならそれらを聞いてから決めてくれても構わない」
「……因みにその差し出せるものというのは?」
「それは――」
その内容を聞いて俺は決意すると同時に厳史朗さんと約束をする事となる。
必ず仲直りさせる。
そんな約束を――




