決別
「い、一体どうしたんだよ!?」
「……ううん、何でもない。何でもないの……気に、しないで……」
そう言ってこちらに背を向けると、佐々木はとめどなく溢れる涙を何度も袖で拭う。
そんな彼女の右肩に右手を置いて慰めようとしたが、彼女に触れる寸前でそれを止める。
それはどう慰めれば良いのかが分からなかったからだ。
右手を引っ込め、項垂れながら彼女の言葉を待つ。
そして重々しい空気が十秒ほど流れたところで佐々木は口を開く。
「春日野君、お願いがあります……」
「お願い……?」
その相槌混じりの質問に佐々木はコクリと頷くと、顔を上げ、こちらを見据えてこう言うのであった。
「今、あの時の返事を聞かせてくれませんか……?」
「あの時って……あの愛の結晶をどうのこうのってヤツの事か?」
「……はい」
小さく頷きながらそう言う佐々木。
そして俺の右手を両手で掴み、左胸に押し当てると続ける。
「もしくれるのならあたしは何でもしますし、させてもあげます。だから……あなたとの愛の結晶をください!」
「…………」
真剣な眼差しでジッとこちらを見る。
そんな佐々木から視線を逸らさず俺は考える。
――もし、もし俺がここで首を縦に振ったらきっと佐々木はとても喜ぶだろう。それに佐々木のような美少女の体を好きに出来るのなら、これ程の誉れはない。だがここで答えを急いでしまったら確実に後悔するし、きっと二人とも幸せにはなれないはずだ。
ゆっくりと目を閉じて鼻で深呼吸する。
そして目を開けて俺は決意する。
――となれば!
「佐々木、俺はお前の事が好きだ」
「本当!?じゃあ――」
嬉々とした表情でこちらに顔を寄せてきた佐々木の眼前に左手を出す。
「が、それは恋愛感情ではない。友人としてだ」
「…………」
無言で先程まで居た位置に戻り、俺の右手から両手を放す佐々木。
もしここで観覧車の扉が開いたらきっと彼女は直ぐ様飛び出すだろう。
そんな予感がして一瞬だけ外の景色から現在の高度を確認する。
時間にすると残り一分ぐらいで下へ着く高度だった。
――逃げられる前に片を付けるか。
「佐々木……俺は、お前の父親と俺の父親の間に何があったのかを知っている」
「……そっか、それじゃああたしを信じられないよね……あたしを異性として見れないよね……」
そう言った佐々木の頬を幾粒もの涙が伝う。
その表情は俯いているから見えない。
が、きっと俺が目にしたら心を酷く痛めるぐらい悲しみに歪んでいるだろう。
もしそれを見てしまったら俺は確実に流される。
流されて佐々木の願いを叶えてしまう。
そう思い、視線を落として話を続ける。
「情けない話だが、正直俺は佐々木を信用出来ない。でもどうにかして確執を取り除きたいとは思っている」
「……無理だよ、そんなの……」
「いや、出来るはずだ……違う、絶対に俺が何とかしてみせる。だから――」
そこまで言ったところで佐々木が顔を上げた。そして――
「無理だって言っているでしょ!だって……だってお父様はもうこの世からいなくなっちゃうんだから!!」
衝撃的な発言に俺の思考は一瞬だけ停止した。
その間に扉が開く。
立ち上がり、そのまま外へ出る佐々木。
そして最後に「……さようなら」と言うと逃げるように走り出す。
「待って!!」
咄嗟に佐々木の左手に右手を伸ばすが、後少しのところで掴めなかった。
――どうする?追い掛けるか?でも追い掛けてどうするっていうんだ……いや、そもそも俺に何が出来るんだ……?分からない、分からない……分からないけど!!
「追い掛けるべきだろ馬鹿野郎!!」
観覧車を飛び出て、人混みの中から佐々木の姿を捜す。
五秒程でやっと彼女の姿を見付けることが出来ると、即座に走り出す。
が、タイミング悪く団体客が正面を通った。
そのせいで佐々木を見失う。
「クソッ!どこ行ったんだよ!?」
きょろきょろと辺りを見回すが、どこにも佐々木の姿は見当たらない。
「……っ!そうだ、電話!」
右ポケットからスマホを取り出し、佐々木に電話を掛ける。
――頼む……取ってくれ……取ってくれ!!
三コール目で通話不能の音が流れる。
再び電話を掛ける。だが今度はコールが入る前に、現在電源が入っていないか電波のとどかない場所にいるためお繋ぎ出来ません、という旨のアナウンスが流れた。
どうやら電源を切られてしまったらしい。
「……そんな」
そして俺は佐々木を追い掛けるのを諦め、失意の中家路に就くのであった。
「お帰りなさいませ、秋好様」
玄関の扉を開けると、すぐ先で旭が待ち受けていた。
彼女は俺と目が合うや、お辞儀と挨拶をした。
「……あぁ、ただいま」
心労で失せつつあり気力を振り絞り、小さくではあるが、何とか言葉を発しながら中へ入る。
「秋好様、厳史朗様がいらしております。大事な話がある、と」
「大事な話……?」
――もしかして佐々木関係か?もしそうなら今は話したくないのだが……でも厳史朗さんを無下にするわけにもいかないし……仕方ない。
「分かった。それで、厳史朗さんはどこに?」
「今はお風呂に入っております」
「そうか、ならリビングで待っておこ――」
「秋好君が帰ってきたら風呂に来るよう言ってくれ、と厳史朗様からの命を受けました。なのでそちらへ行った方がよろしいかと」
「……分かった、そうする」
そのまま風呂場へ向かう。
その俺の後ろを旭が歩く。
しかし脱衣場に到着しても彼女が口を開く事はなかった。
もしかしたら俺の様子から色々と察したのかもしれない。
「お前は何も聞かないんだな」
そう言って俺は脱衣場に入る。
そして全裸になり、風呂場へ行くと――
「なっ!?」
厳史朗さんが、浴槽の中心でうつ伏せの状態のまま、まるで水死体のように湯に浮いていた。
「……げ、厳史朗さああああああん!!」




