08。かみあわない
そうなのか?
果たして桃川みうがどんな女の子なのか、ぼくはどうしても突き止めないといけないのか?
べつだんそんなことをする必要はないと仮定して、みうの正体を明らかにするというミッションを頭の中から追い払ってみる。
ぼくはみうと腕を組んで瓦町を歩く。
あまりしたことのないウインドウショッピングは、意外と楽しい。
「これ、ユラキくん、似合う」
みうはもっぱら男物の衣類を扱っている店で足を止め、洋服だの帽子だの靴だのバッグだのを手にとって、ぼくにあわせたり被らせたり持たせたりする。
「これもいいかも? これもいいよー」
「そうでしょうか」
「うん。ユラキくんは、何でも似合うね」
「いえ。決してそんなことは」
「これも似合うよー」
「そ、そうかな。これはちょっと、派手すぎない?」
「うーうん。ぜんっぜん。かっこいいよ?」
「そ、そうですか」
みうはぼくを褒めまくる。
そこまで真正面から直球で褒められると、やはり悪い気はしない。
ぼくはだんだん気分がよくなってくる。
みうが、カラオケに行きたい、と言うので、喜んで承知する。
ぼくらは瓦町で一番大きなカラオケボックスに行く。
ぼくはみうに乞われて流行歌を一曲歌う。
みうは歌本やらタブレット型の端末やらには手もかけず、ぼくの顔かモニターを凝視し、たまに拍手をして、歌い終えたぼくを褒めちぎる。
それからみうは、よく知られている流行歌をじつにかわいらしい声で歌いあげる。
すごく上手だ。
お世辞抜きで、ぼくはそう思う。
そのとおりの感想を口にしたら、みうは大変喜ぶ。
次はぼくの番だ。
ぼくはまたみうの求めに従って、流行歌を歌う。
みうは途中でぼくにしなだれかかってくる。
ぼくは振りほどくことができない。
そうする気も起こらない。
ぼくが歌っている間、みうはやはりぼくの顔かモニターを凝視して、たまに拍手をする。
三十分延長して一時間半でカラオケを切りあげると、みうが、おそば、食べたい、とぼくにせがむ。
そばでいいのか。
内心ぼくはそう思う。
ぼくらは落ちついた雰囲気の蕎麦屋でそばを食べることにする。
みうは天ぷらそばを、ぼくは冷やし山菜そばを頼む。
みうは海老の天ぷらを一本、ぼくにくれる。
ぼくはありがたくいただく。
おいしいそばだ。
本当においしい。
蕎麦屋を出たら、みうが腕を組んでくる。
ぼくらは恋人同士のように夜の瓦町を歩く。
こうして二人の時間をすごしてみると、あらためて思わざるをえない。
ぼくはみうのことが好きだ。
一緒にいればいるほど、みうのことがかわいくてたまらなくなる。
みうと一緒にいるだけで、とてつもなく楽しい。
だからこそ、ぼくは考えてしまう。
みうはどうして他の男と遊びに行ったりしたのか。
しかも、なぜそのことをわざわざぼくに話したりしたのか。
それでいて、なんで平然としていられるのか。
わからない。
ぼくなんか、今だって、長谷山という男のことは知らないが、砂竹の顔がちらついて、そのたびに焼けつくような痛みがこの胸を襲う。
みうは砂竹ともこんなふうに腕を組んでいたのか。
カラオケに行って、身を寄せあって歌いあったのか。
みうは砂竹を褒めたのか。
砂竹にも天ぷらを一本あげたのか。
そのあとどうしたのか。
気が狂いそうで、このままではとてもいられなくて、ぼくはとうとう、赤信号でもないのに、突然、足を止めてしまう。
みうがぼくの顔をのぞきこんでくる。
何か言わないといけない。
訊きたいことはたくさんある。
でも、言えない。
言葉にならない。
みうは首を傾けて、かすかな笑みを浮かべる。
「今日は、えっち、する?」
「な」
ぼくは絶句する。
これこそが絶句なのだ。
絶句の見本のような絶句だった。
しかしながら、ぼくがなにゆえ絶句したのか、みうはさっぱり理解していないのかもしれない。
「しない、の?」
「いや」
「する?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「どういうこと、かな?」
「なんでそういう話になるのかな、と」
「だって、好きなら、男の子と女の子だし、えっち、するでしょ?」
「いや、それは、でも、順序というものが」
「好きって言ったよ?」
「まあ、それは」
「デートしたよ?」
「したけど」
「あとは、えっち」
「いや! いや! いや! 待ってください、ちょっとそれは、短絡的というか、簡略化しすぎというか、何もそんなふうに三段階で物事が進むものと決めつけなくても」
「ユラキくんは、したくないの?」
「したくないわけじゃないけど」
「あたしは、したいよ?」
「えっ」
「好きな人と、えっち、したいよ」
「え」
「好きな人と一緒に、気持ちよく、なりたいよ」
なるほど。
であれば、いいのかな?
一瞬、そう考えてしまいそうになるが、仮にそんなふうに考えるとしても、確かめておかなければならないことがあるんじゃないか。
あると思う。
あるはずだ。
でも、言いづらい。
すごく、言いだしにくい。
言いたくないが、ここはがんばって、是非、言わないといけないだろう。
訊くしかない。
「さ、さ、さ」
「さ?」
「砂竹は」
「砂竹くん?」
「あの、つまり、ど、どういう関係なのかな、と」
「あたしと?」
「そう。みうと」
「砂竹くんは」
みうはぼくと腕を組んだまま、唇に人差し指をあてる。
「好きだよ」
「おっと」
そうきましたか。
そうきてしまいましたか。
立ちくらみがする。
ふらついたぼくを、みうが支えてくれる。
「どうしたの? 大丈夫?」
「ええ、まあ、それなりに」
それなりに、大丈夫じゃないです。
ぼくは何度か、いや、何度も深呼吸をする。
眩暈だけはどうにか収まってくれる。
横目でみうを見る。
みうは心配そうにぼくを見つめている。
「砂竹も、その……みうを、好き、なんだよね?」
「うん。好きって、言われたよ」
「そう。それはよかった」
いいのか?
もうよくわからない。
ええい、やけくそだ。
訊いてしまえ。
「それで、したんだね」
「うん」
「長谷山とも」
「したよ」
「ははっ」
笑ってしまう。
何だ、これ。
何なんだ、いったい。
何なんだ、この桃川みうという女性は。
この生物は。
ぼくは今、この不思議生物を思いきり突き飛ばして、全速力で走りだしたい。
でも、そんなことをしてはいけないと、ぼくの理性が訴えている。
ぼくはもう一度、みうを見る。
みうはきょとんとしている。
なんだか、様子が変だな、どうしたのかな、変なの、というふうにでも思っていそうな顔つきだ。
きっと、ぼくがどういう気持ちでいるのか、みうはまったくわかっていない。
どうやら、みうは自分のしたこと、していることに対して、後ろめたさを感じたり、疑問を持ったりはしていないようだ。
それってどうなんだよ。
おかしいじゃないか。
そう思っている部分も、ぼくの中にはむろん、ある。
しかし、みうは悪いことをしていると思っていないし、悪いことをしているつもりもない。
みうは誰かと結婚しているわけでもないのだから、誰と何をしようが勝手なわけだし、好き同士だから、そういう行為に及ぶ、というみうなりの原則があって、それに従っているだけなのだとしたら、ぼくが咎めだてする筋合いのことじゃない。
ぼくが、それはあまり好ましくない。そういうことはしたくない、と思うのも、ぼくの自由だろうが、みうにもみうの自由があるはずだ。
できれば、お互いがもっと噛みあっていれば、好き同士で、致命的な部分に齟齬がなければ、交際を進めてゆくこともできただろう。
ただ、残念ながら、それは不可能らしい。
かといって、みうをいきなり突き飛ばしたり、夜の街を突っ走って、何、あの人、どうしたの、と通行人に指さされるような真似をすることが、果たして正しいのか。
というよりも、そんなことをして、何の意味があるのか。
「桃川」
ぼくは、そっと、決して乱暴にならないように、桃川みうの腕から自分の腕を抜きとる。
どういう表情をするべきか、迷う。
日本人らしく、曖昧に笑ってみることにする。
「ぼくは、きみとはそういうことをしないよ」
「どうして? もっと、デートしないと、だめ?」
「そういうことじゃないよ」
「じゃあ、どういうこと?」
「ぼくはきみのことが好きだけど、きみの考え方には馴染めそうにないんだ」
「考え方って?」
「今までどおり、友だちのままでいられないかな」
「あたし、ユラキくんのこと、好きなんだよ?」
「無理なら、それはそれで仕方ないけど」
「意味わかんない」
桃川は顔をしかめて首をぶんぶん横に振る。
自分の思いどおりにゆかなくて、癇癪を起こしかけている子供みたいな仕種だ。
ぼくは手を振る。
「さようなら。明日、学校で」
桃川はうつむいて答えない。
ぼくは家に帰ることにする。




