05。ブルー
ブルーマンデーという言葉がある。
月曜日は休日あけなので、学校や仕事に行くのが面倒になる、というわけだ。
ぼくの月曜日もブルーマンデーだが、同じブルーマンデーでも意味合いが多少異なっている。
いつものように玄関まで見送ってくれた妹に、元気出して、と慰められてしまう。
あからさまに元気がないので、そのようなことを言われたのだろう。
ぼくは恒例行事の弁当チェックすら忘れて家を出る。
エレベーターで地下まで降りると、第二エントランスの自動ドアの向こうにぷりるんが立っている。
ふだんは地下通路のどこかに隠れていて、後ろからぼくに突撃してくるのに、方針を変えたのだろうか。
まあ、どうだっていい。
歩いてゆくと、自動ドアが滑らかに開く。
ぼくは自動ドアをくぐる。
ぷりるんはうつむいていて、得意の、ぷりるん、もない。
ないのか。
なくていい。
むしろ好都合だ。
ぼくはぷりるんの脇を通り抜けて地下通路を進む。
ぷりるんはぼくの三歩くらい後ろをついてきているようだが、ぼくは気にしない。
地下鉄の駅の手前で後ろから袖をつかまれ、引っぱられる。
「ぷりるん」
こんなやつ、相手にしなければいい。
それはそうなのだが。
ぼくはつい足を止めて振り向いてしまう。
「何ですか。何か用ですか」
「……ぷりるん」
「ぼくはエスパーじゃないので、きみの思考を読みとることはできない」
「ぷりるん」
「言葉が通じない人とは会話できない」
「ぷりるん!」
ぷりるんはやっと顔を上げる。
なんだか必死、という感じの形相だ。
何かぼくに訴えたいことがあるらしいが、ぷりるん、ではわからない。
ぼくはそう言っているつもりだ。
何回も繰り返し言っている。
そんなことも理解できないのなら、本当に言葉が通じないということだ。
「きみだって、以前は普通に日本語を話していたじゃないか。どうしてそんなふうになってしまったんだ」
「……ぷりるん」
ぷりるんはまた下を向いて、下唇をきゅっと噛む。
ふと、ずいぶん髪がのびたなあ、と思う。
昔はものすごく長いというほどじゃなかった。
今はかなり長いほうだろう。
「放してくれ」
ぼくが腕を揺らすと、ぷりるんはうなずいて袖から手を放す。
「……ぷりるん」
「あのね。余計なお世話かもしれないけど、そういうのはもうやめたほうがいいよ。そんなことをつづけて、人間らしい暮らしができるとはとうてい思えない」
ぷりるんはうなだれたまま、ぷるぷると首を横に振る。
忠告は無駄だったようだ。
べつにかまわない。
ぼくだって、ぷりるんが聞き容れてくれると思って言ったわけじゃない。
地下鉄に乗る。
見知った顔と出くわしたら挨拶をする。
世間話をする。
地下鉄を降りて、学校に辿りつく。
後ろの席の坂町美海香や隣の席の竹下英一と話しこんでいると、他の人たちも集まってくる。
その中にはみうも含まれている。
みうは平然としているので、ぼくも平静を装うしかない。
こうしていると、クラスの仲よしグループの一員同士でしかないかのようだ。
もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。
午前中に部長からメールがくる。
部長はいつもEメールで連絡してくる。
部長の要請に従って、ぼくは放課後、部活動に参加することにする。
ぼくが籍を置いているのは、第九高等学校電子計算機研究部で、通称は電研だ。
パーソナルコンピューターが今のように普及する前から存在していたという由緒正しい部なのだが、現在は活況を呈しているとは言いがたい。
ぼくにしても、部長に求められなければ部室に顔を出すことはまずないというのが実情だ。
その頻度は高くて週に二度、低ければ月に一度といったところだろうか。
かつてはそれなりに栄華を極めた時代もあったという我が電研が衰退したのには、当然のことながら原因がある。
端的に言って、部長がその原因のうちの一つだ。
電研の部室には何台ものパーソナルコンピューターがある。
大半は、部費で購入したパーツや部員が自宅から持参したパーツを組みあわせた自作機だ。
電研の部員は伝統的に男子が多い。
というより、ほとんど男子で、彼らはまず限られた予算内で最大限高性能なパーソナルコンピューターを完成させることに血道を上げる。
そうしてできあがった自慢の高性能なパーソナルコンピューターを、ただの置物、飾り物にしておくのはもったいない。
もとよりパーソナルコンピューターは鑑賞物じゃないし、せっかく性能重視で組みあげたのだから、これを活用しない手はないだろう。
そんなわけで、電研の男子部員たちは伝統的にプログラミング言語を学んできた。
それだけではパーソナルコンピューターの性能を生かしきれないということで、息抜きも兼ねてゲームなどもする。
ゲームだけではもったいないということで、高画質な動画の鑑賞や編集なども行う。
少し前の先輩たちは、流行りの生成AIの研究、活用などにも手を出していたようだ。
なお、電研の男子部員たちがとりわけ好んだゲームは十八歳未満だと本来購入できないたぐいのもので、彼らがことのほか愛して分けあった動画は十八歳未満は本来視聴できないたぐいのものだったらしい。
生成AIも主にその方面において活躍の場を見いだしていたとか、いなかったとか。
前部長の一身上の都合により、高校二年生になりたてで部長に就任した現在の電研部長、小野塚那智は、ある日突然、そうしたゲームや動画の取り扱いと、生成AIの使用を禁止し、部室にあるパーソナルコンピューター内の記憶装置から一掃することを宣言、ただちにこれを実行に移した。
結果、電研の男子部員たちは抗議の意思を表すため、相次いで退部届を提出。
那智部長はこれらをすべて受理。
三年生、二年生の部員はほとんど去り、一年生の一部は残った。
ちなみに、那智部長は女性だ。
部長になるまでは猫を被っていたらしいが、いささかエキセントリックで、わりあい過激なほうだし、我が道を行く人ではあるものの、そんなふうには見えない。
一年生部員の中には、典雅でしっとりした美人、といった容姿の持ち主である小野塚那智先輩目当てで入部した者がいくらかいた。
ぼくみたいに。
何を隠そう、高校生になって、ぼくが初めて心惹かれた異性が那智部長だった。
その那智部長が、例の禁止令を出して、あっという間に独裁体制を築きあげてしまい、一筋縄ではいかない人物だということをまざまざと見せつけた。
ついでに、那智部長はプログラミングの鬼で、部長が作りあげたゲームのテストプレイに真面目に付き合っていたら、他のことは何もできなくなってしまう。
これも、彼女が部長になってから、身をもって思い知らされた。
さすがにぼくの足は自然と部室から遠のいた。
退部届は出してない。
受理してもらえないような気がしてしょうがないからだ。
でも、それだけか?
どうだろう。
それだけ、ではない。
ような気がする。
というか、それだけじゃない。
ぼくにしてみれば、もともと那智部長がいるから入った部活だ。
部長がいなくなったのならともかく、いるのに辞めるというのは道理に合わない。
けれども、積極的に参加したりしたら、こき使われまくって大変な目に遭う。
Eメールで出頭要請が届いたら、外せない別の用事がない限り応じる、というのが、現状ぼくの精一杯だ。
真面目な部員とは言えない。
命令には一応従う後輩だから、那智部長的にはそれで満足なのだろうか。




