04。あれ?
結論から言うと、ぼくはみうとそのような行為には及ばない。
当然だ。
物事にはやはり順序というものがある。
みうとそのような行為に及びたいという欲求、欲望があったことは、ぼくも否定しないし、否定できない。
万が一に備えて、新しめで見た目のいいボクサーパンツを着用していったことも事実だが、それはあくまで何があっても恥ずかしくないように、という心構えであって、実際にそのような行為に及ぶ機会を虎視眈々と狙っていたわけじゃない。
断じてない。
好機到来とばかりに、そのような行為に及ぶだけの度胸がぼくになかっただけなんじゃないか。
そう言われれば、たしかにそれもそのとおりだと答えるしかない。
正直、異性とそのような行為に及んだ経験というものがぼくにはない。
異性に限らず、同性とそのような行為に及んだことがない。
はっきり言ってしまえば、ぼくはキスまでしか、というか、キスしかしたことがない。
みうとそのような行為に及ぶことを考えるだけで、頭や胸、それから下半身の一部が暴走して破裂しそうになる。
こんなぼくは異常だろうか。
自分以外の人の感じ方、物のとらえ方を正確に把握することなんてそう簡単にできようはずもないのでわからないが、必ずしもそんなことはない、ような気がする。
だとしたら、たった一度、二人きりで会っただけで、そのような行為に及ぶことを半ばぼくに迫ったみうはどうなのか。
ああいうものなの?
高校生の女子って。
あれが普通?
なのか?
どうなのだろう。
わからない。
帰り道の途中、ぼくは眠れぬ夜をすごす羽目になりそうな予感に震えている。
家に帰ると妹に厳しく問いつめられ、追及は午前三時にまで及び、そのあとシャワーを浴びてベッドに寝転がったら、存外、たやすく寝入ってしまう。
朝起きて顔を洗いに行くと、洗面台の鏡に映った自分が面変わりしていることに、否応なく気づかされる。
ぼくはド●えもんとサ●エさんの中●くんとピ●チュウを足して五くらいで割ったような顔になっている。
油性ペンによる落書きで、ぼくの顔は変わり果てている。
「うずみめ……」
日曜日の夜にみうから音声通話の着信がある。
初めのうち、ぼくは緊張していたが、とくに何のわだかまりもない雰囲気で一時間ばかり話す。
月曜日のみうは、クラスの仲よしグループの一員同士にすぎないかのように振る舞っている。
ぼくもそうする。
火曜日も同じだ。
水曜日も。
木曜日も。
金曜日も。
何かおかしい。
こんなはずじゃない。
金曜日の夜、ぼくは勇気を振りしぼって、みうに音声通話をかける。
『あー。ユラキくん。あたしも、今、電話しようと思ってたー』
「そうですか。それはちょうどよかった」
『だねー』
「で、さっそく用件ですが、明日、会えないでしょうか」
『明日は、無理かな?』
「あ、そうですか。何か予定でも?」
『うん。明日はねー』
みうは聞き覚えのある名前を出す。
『砂竹くんと、約束があるの』
ほう、とぼくは思う。
声は出さない。
というか、出せない。
というより、なかなか声が出てこない。
「……砂竹くん」
『そうなの』
「ええと……Q組の、砂竹くん?」
『そうだよー。ユラキくん、砂竹くんのこと、知ってるの?』
「一年生のときに同じクラスだったので」
『そっかー。たぶん、その砂竹くんだよー』
「そうですか」
『そうですー』
「わかりました。じゃあ、おやすみなさい」
『おやすみー』
なるほど。
これは?
どういうことなのだろう。
通話を終えてから、ぼくは悩む。
砂竹くんと約束?
二人で?
何の約束?
それなのに、ぼくに電話しようと思っていた?
なぜ?
どうして?
ぼくは悩みに悩む。
悩みすぎて、壁に向かって何か口走っていたのかもしれない。
妹がぼくの部屋のドアをノックする。
どうぞ、と言う前にドアが開いて、妹が部屋に入ってくる。
「おにいちゃん、どうしたの?」
「いえ。何も」
「だけど、ぶつぶつ呟いてなかった?」
「そんなことは」
「ほんとに?」
「本当だよ、マイシスター。ぼくはオーケイさ、スウィートハート」
「やっぱり変」
だね。
ぼくとしてもそう思わないでもない。
ぼくはベッドに腰かけている。
妹がぼくの隣に座る。
「うずみに話してみるというのはどうかな」
「うずみに話すというのはどうかなあ」
「気持ちが楽になるかもしれないよ」
「そうでしょうか。でも、うずみはぼくの妹だし、適切な話題というものがあるんじゃないかと思うんだよ。ぼくとしては。兄としては」
「妹なんだよ? 何でも話してよ」
「妹だからこそ、そういうわけにもいかないんだよ」
「そういうものかな」
「ぼくはそういうものなんじゃないかと思う」
「そっか」
ぼくの妹はがっくりと肩を落とす。
「なんか、すごく残念」
ぼくらはしばらく黙っている。
やがて妹がぼくの背中に手を回して、おそるおそる、そっと撫ではじめる。
ぼくは目をつぶる。
何か言うべきだと思いはしても、ぼくは何も言えない。




