16。にんぎょう
『――それで、ね、あたしは砂竹くんのお■■■■を、ぺろってして、こうやって、くちゅくちゅってしてあげたの。ユラキくんにもしてあげたよね? それで、■■■■もね、こうやって、しながら、ぐちゅぐちゅってして、こうやってね? それから、■■■も同時にしてね、いっぱい、いっぱい、してあげたんだよ? すごかったの。いっぱいだったもん。それからね、あたしのお■■■をね、砂竹くんがね、すっごく、してくれて、もう、べちょべちょでね、思いだすだけで、あたし、もう、ほら? ね? 聞こえる? ね?』
「うん」
『砂竹くんのは、そんなにおっきくないけど、なんか、先のほうが、太くてね、そこが引っかかって、すっごく、気持ちいいの』
「そう」
『ユラキくんのほうが、でも、いいかも。ね? 今度、またしよ? ほんとは、ユラキくんもしたいでしょ? したいって言って?』
「したくない」
『どうして、そういうふうに、いじわるするの?』
「意地悪をしているつもりはない」
『ユラキくん』
「何?」
『何か、あった?』
返事をするまで、少々時間がかかってしまう。
「いや」
『ほんとに?』
「うん」
『つまんないよ、ユラキくん』
「そう」
『もう切るね』
「うん」
『あんたなんか、死んじゃえばいい』
「うん」
『……ユラキくん?』
「何?」
『大丈夫?』
「うん」
『だけど、変だよ』
「そうかな」
『何か、あった?』
「ないよ。何もない。切るんじゃなかった?」
『死ね』
やっと桃川が通話を終了してくれる。
ぼくは寝つけない。
深夜、姉が帰ってくる。
姉は外で飲酒してきたようだ。
足音が乱れているし、壁に何度も身体をぶつける。
だいぶ酔っ払っているらしい。
平気だろうか。
気になって、しばらくしてからリビングに行ってみる。
案の定、姉はリビングの床で寝ている。
衣類は脱ぎ捨てられている。
全裸だ。
ぼくは姉の部屋から毛布とタオルケットを持ってきて、姉にかける。
自分の部屋に戻って、ようやく眠ることができたのは、おそらく朝方だ。
うずみは、挨拶だけはしてくれる。
目を合わせてはくれない。
朝、地下通路でぷりるんと出くわしたら、ぼくはなぜかほっとする。
あるときから、一気に、じゃなくて、徐々に、なのかもしれないが、ぼくと世界、他者との関わり方は急変した。
けれども、ぷりるんとの関係だけは変わらない。
ぷりるんは、ぷりるん、しか言わないし、ぷりるんらしいことしかしてこない。
だから、なのかもしれない。
ぷりるんの家は、ぼくが住んでいるマンションからそう遠くない場所にある。
ただ、最寄り駅の北側は再開発された地域で、南側はこれから再開発が予定されていると、ずいぶん前から言われている。
ぼくのマンションは北側にあり、ぷりるんの家は南側にある。
従って、距離的には近いものの、おもむきはだいぶ違う。
ぷりるんの家の周辺は、下町的な雰囲気の街並みだ。
ぷりるんの父親は小さな町工場を経営しているのだが、こういうご時世だし、きっとけっこう大変だろう。
想像することしかできないのは、ぼくがぷりるんの家に遊びに行ったことがあるのはたぶん小三とかそのくらいの話なので、現在の状況を把握していないからだ。
中三、いや、中二になるころには、ぼくはぷりるんとまともに話さなくなっていた。
それまでは、小学二年生からずっと同じクラスだったというよしみもあって、けっこう普通に口をきいていたのだ。
だんだん奇行が増えた、わけでもなくて、子供時代は笑って許されていたようなことが、徐々にそういうわけにもゆかなくなってきた。
ぼくは何度も、いいかげん、そういうことはよしたほうがいい、と忠告したものだった。
ぷりるんはそれをやめたとしても、すぐにまた別の奇行に手を染めた。
だったら知らない、とばかりにぼくが無視すると、ぷりるんはいつまでもやめなかった。
そういうことなら、もう勝手にしてくれ。
ぼくはぷりるんを見放したのだ。
そうすれば、ぷりるんも少しは考えを改めるんかないかという期待も、多少はあった。
大間違いだった。
ぷりるんは次々と手を替え品を替えおかしなことをした。
しつづけた。
あれは忘れもしない。
中三の秋だ。
ぼくらが通っていた中学校には、学校祭の初日、ステージで出し物をするという行事があった。
これは自由参加で、エントリー制なのだが、ぷりるんは一人でこれにエントリーした。
その話を耳にしたときから、ぼくは悪い予感がしていた。
見事に的中した。
ぷりるんは白い全身タイツを身にまとい、ちあきなおみの名曲『喝采』にあわせて手品をするという、ぷりるんとしてはまあ、まだまともなほうだが、客観的に見ればかなり風変わりなことをやった。
しかも、その手品が一つの例外もなく失敗して、体育館は真冬の冷気に満たされた。
さらに、演技の終盤、どうやら手製だったらしい全身タイツのファスナーが弾け飛んだ。
おかげでぷりるんは、裸の背中やブラジャーや白と水色のストライプのショーツをさらしたまま、手品を失敗しつづけた。
最後にようやく自分の状態に気づいて、大慌てでステージの袖めがけて駆けてゆこうとし、すっ転んで立ちあがろうとしてまた転んであたふたしている間に、全身タイツがもっと脱げた。
盛り上がったことは盛り上がったのだが、もともと奇人変人のたぐいと見なされていたぷりるんは、この事件をきっかけによりいっそうイロモノ扱いされるようになった。
さすがにショックだったようで、ぷりるんはしばらくの間、ぼくに近づいてこないどころか、自分の席から離れることもめったになく、いつもうつむいていた。
ぼくもいいかげん憐れになってきて、明日、声をかけようと心に決めたら、その翌日、ぷりるんは復活してもとどおりになった。
心配して損をした。
心の底からそう思った。
そんなぷりるんだが、学業の面ではまずまず優秀だった。
自分で言うのもなんだが、わりと出来がいいほうだったぼくよりは、いくらか、テストの順位でいえば、学年で十から二十番は下だったが、ぼくは常に五番以内をキープしていたので、やはり、まずまず優秀、と言えるだろう。
でも、ぷりるんがぼくと同じ第九高校を受験しただけじゃなく、合格してしまったことには、ちょっと驚かされた。
高校ではたぶん、例の、ぷりるん、しか言わない、というのも響いていると思われるが、あまり成績はよくないらしい。
ぷりるんはいつもどおりだ。
ぼくがいつもどおりにしていれば、ぷりるんもいつもどおりなのだ。
ぼくはいつものようにぷりるんを従えて地下鉄に乗り、顔見知りと挨拶をして世間話をして学校へ行き、偽りの友人たちと談笑して、放課後まで耐える。
家に帰ると、誰もいない。
桃川の報告を約一時間にわたって聞く。
その日、うずみは帰ってこない。
姉は深夜、酔っ払って帰ってくる。
リビングで寝ていた姉にタオルケットと毛布をかけようとしたら、いきなり抱きつかれてキスされそうになったが、なんとかこれは阻止する。
「けち」
そんなことを言われても。
そんな酒くさい人とキスなんて。
そういう問題じゃない。
うずみの恋人はどんな男なのだろう。
ちゃんとした男なのだろうか。
いや、ちゃんとした男なら、中学生同士で、まあ、相手も中学生かどうかはわからないわけだが、中学生と外泊したりはしないだろう。
ちゃんとした男なら、それくらいの分別は持っているはずだ。
だがしかし、兄のぼくが言うのもなんだが、うずみと血が繋がっている姉はかつて絶世の美少女で、今も見た目だけならそうとうな美人だし、その妹のうずみも、姉とはタイプが違うが、はっきり言って、かなり容姿に恵まれている。
姉のようなとげとげしさはなく、親しみやすくて、やわらかさがあり、考えてみれば、女性らしい身体つきをしていて、ありていに言えば、わりと、だいぶ、胸が大きい、という点も多くの男性にとっては高評価だろう。
つまり、何が言いたいかといと、その男がそれなり程度の分別しか持ちあわせていなかった場合、そんなものは簡単に破壊されてしまうかもしれない。
一見、ちゃんとした男風で、中身もそれなりにちゃんとした男であったとしても、相手がうずみなら、もうどうなってもかまわない、家出して駆け落ちして遠くの街で暮らそう、などといった愚かな考えを起こしかねない。
実際に行動に移すかどうかは別として、若い二人だし、いや、相手がどんな男なのか、まったくわからないのだが、そんな馬鹿げたことを夢想して、語りあったりして、その準備くらいはしてみたりするかもしれない。
そもそも、うずみは人気がある。
誰々に愛を告白されて困った、とか、友人経由で誰々と交際してみる気はないかと尋ねられて断った、とか、そういった話はうずみの口から何度も聞かされた覚えがある。
むべなるかな、だ。
うずみであれば、さぞかし異性にもてるだろう。
兄としてのぼくは、そうしたことをまったく意識せず、考えもしなかったが、血が繋がっていないという利点をいかして、あえて客観的な評価を試みるなら、うずみには中学三年生の女の子として相応、いや、それ以上、遥かにそれを上回る魅力があるだろう。
うずみに好意を抱く男は大勢いるだろう。
うずみの相手はその中の一人だろう。
その中の一人であるその男は、しかし、うずみにとっていい相手なのだろうか。
たとえば、うずみがその男と結婚したときに、なるほどこれはすばらしき良縁である、と多くの人々が思うような、いい相手なのだろうか。
せめて、そうであってくれとぼくは祈っている。
そうでないとしたら、ぼくはうずみのことが大変気がかりだ。
翌日、うずみは帰ってくる。
次の日は帰ってこない。
その翌日は帰ってくる。
夜、桃川の報告を聞きながら、ぼくはうずみのことを考えている。
うずみにはどうか、まともな男女交際をして欲しい、というようなことを考えている。
ぼくはだめだ。
桃川の報告は、いまだにときおり、ぼくの胸腔内のどこかにあると思われる傷口をえぐる。
桃川は淫猥な声だの音だのを聞かせて、それでぼくを傷つけつつ、欲情させようとしているのかもしれないが、ぼくはもう何も感じないか、あるいは、ひたすら悲しいだけなのだ。
ぼくはついに、無感情と悲しいの間を行ったり来たりするだけの人形になってしまっている。
ある日、とうとうぼくは、泣いて桃川に頼む。
やめてくれ、と。
もうやめてくれ。
お願いだから、やめてくれ。
こんなことはしないでくれ。
こんなことをして何になるんだ。
何にもならない。
意味がない。
だから、やめてくれ。
ぼくは悲しくて悲しくてたまらない。
やめてくれ。
桃川は甲高い声で笑う。
しばらくの間、スマホの向こうで笑っている。
ようやく笑いやんだと思うと、嗜虐的な声で言う。
『絶対、やめない』
通話が終了する。
ぼくはたまらなく悲しい。




