11。にかいめ
ぼくは姉の顔を凝視する。
電気はつけていないが、闇に目が慣れているし、レースのカーテンしか閉めていないので、月明かりが射している。
「もしかして、あんた」
姉もぼくを見つめている。
「まだ知らなかったの?」
知らなかった。
まだ知らなかった。
ぼくは首をひねる。
「何をですか」
「だから、血が繋がってないって」
「だから、それは何の冗談ですか」
「べつに冗談じゃないんだけど。事実なんだけど」
「またまた」
「聞いてないの? 嘘。うちのバカ親、まだ言ってなかったの? もう高校生なのに。ていうか、もっと前の段階で話しても、ぜんぜんよかったはずだけど」
「あの。姉さん。ぼくをからかおうとしているなら」
「いや、ぜんぜん」
「まっさかぁ」
「いや、あんたは本当に、あたしと血は繋がってない。うずみとも。あと、うちのバカ親のどっちとも」
「……本当に?」
「本当に」
「そうだったんですか。へえ。そう。そうだったんだ。ああ。なるほど。だから、姉さんはぼくにあんなことを」
「いや、あれはあんまり関係ない。あたしはやりたきゃやるし」
「ふーん」
ぼくはため息をつく。
「へーえ……」
肩が落ちる。
顔が下を向く。
床に両手をつく。
身体に力が入らない。
不意に後頭部を上から押さえつけられる。
姉の手だ。
ごしごし、ぐりぐりされる。
ひょっとすると、撫でているつもりなのかもしれない。
「よしよし」
「……犬じゃないんですけど」
「犬みたいなものでしょ。あ。そんなふうに調教するのもいいかも。やりたいとき、いつでもやれるようにね。あんたもだいぶ成長したでしょ。きっと、なんとか使える程度にはなってるよね。昔はちっちゃかったけど」
「今も小さいからやめておいたほうがいい」
「チェックしていい?」
「だめです」
「あんたはさ」
姉はぼくの髪の毛をつかんで引っぱったり、ぐるぐる指に巻きつけたりする。
「うちのバカ母の弟の嫁さんの弟の子供なのね。その人の奥さんが失踪してさ。それでその人はいろいろあって、普通に生活できないようになっちゃったわけ。それでうちのバカ母の両親つまりあたしの母方の祖父母が引き取って育てることになったのね。ところが、祖母がいきなりぶっ倒れて死んじゃってさ。祖父一人じゃ無理って話になって、うちのバカ母の弟と嫁さんが引き取ることになりかけたんだけど、諸事情でそれはやっぱり無理ってことになって、結局、うちのバカ親が引き取ることになったのね。それがあんたなわけ」
「……それは、いつの話?」
「あたしは七歳で、あんたは一歳になってなかったかな」
「覚えていないわけだ」
「あたしはけっこうあんたの世話をしてあげたよ。ミルクも作ったしおしめもかえたよ。あたしは聡明ですごくいい子だったから、小学校二年生にして子育てできそうな勢いだったからね。ここだけの話、あんた、赤ん坊のころはすごくかわいかったし」
「写真を見たことがあるので、知っています」
「写真よりもずっとかわいかったよ。だけど、だんだんかわいくなくなっていった。いつもあたしのあとをついて歩いてたのに、ちょっと離れると、おねえちゃん、おねえちゃんって泣いてたのに、平気で一人で遊ぶようになって、お風呂も一緒に入らなくなった」
「……それは、恥ずかしかっただけで」
「生意気なんだよ。あたしはあんたのことは何もかも知ってるのに」
ぼくは。
どうなんだろう。
ぼくは姉の何を知っているのだろう。
「……姉さん、と呼んでいいのかな」
「他にどう呼ぶの? 綾さま、とか?」
「姉さん、と呼ばせてください」
「しょうがないなぁ」
「そのことを、知っているのは……親と、姉さんだけ?」
「うずみも知ってるよ」
「そう」
「あんたもとっくに知ってるのかと思ってたな。何かで戸籍謄本とか必要になったりすることもあるだろうから、それ見ればどうせわかっちゃうし」
「幸い、そういう機会はなかったよ」
「遠からずわかることなんだから、さっさと知らせればいいのにってこと」
「ぼくは知らなかったよ」
「そっか、そっか」
後頭部をばふばふされる。
「よしよし」
じっとしていると、姉が突然、ぼくの顎をつまんで持ち上げる。
見られている。
頭の中身まで見すかされてしまいそうで、なんだか怖い。
「あんたくらいの年って、一年も会わないと、けっこう変わるもんだね」
「……変わりました? そんなに自覚はないんだけど。背はちょっとのびたかも」
「うん。変わった」
姉は身を屈めてぼくの顔を自分のほうへと引き寄せる。
覚えている限りでは、これが二度目だ。
また唇を奪われてしまった。
ただし今回は、唇と唇をあわせるだけの、軽いキスだった。
「逃げないんだ?」
「いけないことだよ」
「なんで?」
「ぼくらは姉弟だ」
「血が繋がってない、姉弟だね」
「それ以外にも、問題はある」
「何?」
「ぼくらはそういう関係じゃないでしょう」
「そういうって?」
「恋人というか。彼氏と彼女というか」
「必要? そういう関係が? じゃあ、なる? 恋人同士に。血の繋がらない姉弟が、恋人同士。悪くないかもね。背徳的で、いいスパイスになりそう」
「スパイスとか、そういうものより、気持ちが大事なんじゃないかな」
「あたし、あんたのこと、嫌いじゃないよ?」
「ぼくだって、嫌いじゃない。でも、違うでしょう。あたりまえだけど、そういうふうには思えない」
「やってみたら、その考えも変わるんじゃない?」
「そうかもしれない。だけど、やらないよ」
ぼくは姉の手をちょっと乱暴に振り払って立ち上がる。
リビングを出ようとしたら、ドアが少し開いている。
音を立てないように、ぼくがほんの少しだけ開けておいた。
ほんの少しだけだ。
こんなには開けていなかった。
ドアの向こうに、誰かいる。
ぼくはドアを引き開ける。
うずみだった。
今の今まで、まったく気づかなかった。
うずみはぼくを見る。
ぼくもうずみを見る。
見つめ合っていたのは、せいぜい一秒間くらいだ。
うずみは何も言わずに身をひるがえし、自分の部屋へと飛びこんでゆく。
「一石二鳥だったね」
後ろで姉がそう言って笑う。
意味わかんない。




