7 成長
「イヤーーーーーーーーーーっ!!」
やっとの思いで屋敷に辿り着いたアルバスとハンスを見てメイドが悲鳴を上げる。
馬から降りるというより、落ちたハンスは動かない。
「急いでハンスに水をかけろ。魔物に食われかけた。すぐに消化液を洗い流すんだ!!」
上半身、特に顔から”しゅうしゅう”と音がして嫌な臭いがする。消化液の酸で溶けているだろう。
「ハンス・・・なの?ハンス・・・。」
悲鳴を上げたメイドが横たわったハンスを心配そうに見ている。ほとんどが溶けた顔の皮膚とにじみ出る血のせいで、顔を見てもハンスとはわからない。しかし来ている服や装備はハンスのそれだ。
「やぁ、フレイ。やられたよ。ちょっとでも動くと痛いんだ。」
「ハンス、生きてるのね。良かった。死んじゃったかと思って・・・」
フレイが泣きじゃくりながら、少しだけほっとした表情になる。
「フレイはちょっとどいてて」
フレイがハンスから離れると、水桶を持ってきた使用人が勢い良くハンスに水を掛けた。
「ゔーーーーーーぐぐぐぐぐっ」
ハンスが悲鳴をこらえ、声にならない声で耐える。
「もう少し優しく・・・」
フレイが心配そうに懇願する。
3度ほど水を掛けられると、ハンスの顔を溶かす”しゅうしゅう”という音がしなくなった。
「消化液を洗い流せば今すぐは命の危険はないだろう。」
もう直接の影響で死ぬことはない。注意すべきは感染症だ。冒険者が治癒魔法をかければ、その心配はほぼなくなる。が、感染症が進んでからでは手遅れになることもある。今朝のうちに応援の要請をしたのでもうじき到着するはずだ。
「ハンスの装備を外して服を脱がすんだ。まだ消化液の影響があるかもしれないから慎重に。フレイはハンスの部屋から使っていないシーツを持ってきてくれ。」
フレイが離れがたそうにハンスを見ている。が、先ほどの心配そうな表情から、何かを決意したような凛々しい表情に変わったと思うとハンスの部屋へ駆け出した。
「ヴァンとポールは担架だ。倉庫にあるはず。」
「ポール行こう。」
ポールは何も言わず倉庫に向けて駆け出す。というか、完全にヴァンが置いて行かれている。
「いつの間にこんなに走れるようになったんだ・・・」
考えてみると2歳くらい違うのに体つきはほぼ変わらない。ポールがまだ少しだけ小さいけどすぐに抜かれそうだ。
「遺伝かな?」
小柄で華奢な母に比べて第3夫人のアリアは女性にしては大柄だ。中肉中背の父親と背丈はそれほど変わらない。
「兄様これ重いよ。持っていけるかな。」
ポールは倉庫に入ると担架を見つけ引きずって出て来た。作りは簡単な太い竹2本と間に渡された布でできたもの。布は分厚く竹も太い。上背は無いが筋肉質なドワーフの戦士であるハンスを運ぶ担架なのだ。
「頑丈なのは当たり前か。」
しかし、子供が二人で運ぶのはかなり厳しい重さである。
「ちょっと待って。今行く。」
息を切らせたままポールに駆け寄り、担架の反対側に回って持ち上げる。これを手に持って運ぶのはかなり厳しい。竹は太く手で掴むのは無理。抱えても重すぎて腕がもたない。
「肩に乗せてみよう。」
担架を担ぎあげて竹の1本1本を肩に乗せる。厳しいことに変わりはないが少しは運びやすくなった。
「最初はゆっくり歩いてね」
ポールが頷いて歩き始める。成り行きでポールが前を歩いているが、本来は年長者のヴァンが前を歩くべきなのかもしれない。少し身長が低い分ポールの負担が大きいのも想像できた。それでも自分よりもしっかりとした足取りで進んでいる。
「成長著しいとはこのことか・・・」
ハンスのところへ戻るとすでにシーツにくるまれていた。そしてシーツを大人4人で持ち上げ、ヴァン達が下に担架を滑り入れる。
「落とさないようゆっくり持ち上げるぞ。」
担架に乗せられたハンスが運ばれていった。そばにフレイが心配そうに付き添っている。
「フレイってハンスが好きなのかな。」
「ハンスもそうみたいだね。」
運ばれてすぐの2人のやり取りを見ていてそう思った。
「ハンスって何歳くらいなんだろう。先代からの従者だよね。父様の子供の頃を知ってるって言ってたし」
「それでもまだ父様より少し年上くらいにしか見えないね。ドワーフって人間の4倍くらい長く生きるみたいだよ。200歳を超える人もいるみたい。エルフほどの長生きじゃないけど。」
「エルフは何歳ぐらいまで生きるの?」
「何才だろうね。子供の時に聞いた母様のおとぎ話に出て来たエルフは500歳だったよ。」
「人間の10倍!」
「そして寿命まで生きると死なないで精霊になる時もあるんだって。そのおとぎ話ではなれなかったみたいだけど。」
人の10倍生きることで沢山の知識を得る。だからエルフはいろんな魔法を知っていて、魔力も強いというのが一般的な認識だ。一人のエルフが膨大な知識を学び、そして後世に伝える時間がある。しかし、人間や他の種族は同じようにエルフの知識を学んでも、学んでいるうちに年老いてしまう。膨大な知識を得たとしても今度は伝えきれない。そうした悪循環でロストナレッジが増えていく。いつしかエルフは、エルフ以外に知識を伝えることをしなくなった。
ロストナレッジを少しでもなくすため、人間は属性などによって知識を分けて習得するようになった。学び、伝えるために分業を始めたのだ。そして最終的には学校を作った。王都に行けば4属性魔法、戦闘、薬学、商業などの高等専門知識を学ぶことができる。
いつの間にか屋敷の入り口にはヴァンとポールだけが残っていた。大人は皆仕事に戻ったようで、メイドも使用人もあくせく動いている。
「ハンスは大丈夫だよね。」
ポールが自分に言い聞かせるように呟く。
「今すぐ命に係わることは無いって言ってたけど、今魔物が来たら戦えるのは父様だけだね。」
ヴァンは心配そうに答えた。
「そうなったら僕らも戦わなくちゃ。」
ヴァンはポールを茫然と見ている。気の弱い人の影に隠れてばっかりのポールの発言とは思えない。
ていうか、”僕ら”なのかおい。
驚きを隠すために振り向いたら、集落の入り口に何人かの人影があるのが分かった。冒険者かもしれない。
「誰か来たみたいだ。」
「父様に知らせてくる。」
ポールが駆け出す。
先に行かれしまったので、冒険者と思われる一団を出迎えることになった。戦士らしき屈強な獣人と魔法使いらしき杖を持った人間。メイスと盾で武装しているが、腕のブレスレットにメダイのようなアクセサリが付いている。僧兵かもしれない。そして、背中に弓を背負ったドワーフの計4人。ドワーフのスカウトなのだろうか。
「こんにちわ。冒険者の方ですか?」
そういえば使用人が伝令に行ったのに一緒に居ない。怖気づいて戻って来なかったのか。
「私は軽戦士のワンダ。一応リーダーをしている。連れヒート、ツバイ、バイストンだ。急ぎとのことで手の空いていた4人で即席パーティを組んで来た。ツバイが念話を使えるので状況は即座に連絡できる。」
「クレリックのヒートです。よろしく。」
「ツバイです。メイジをしています。よろしく。」
「スカウトのバイストンだ。よろしく。」
3人とも子供の私にきちんと挨拶してくれ好感を持った。
「弟が父に知らせに行きました。案内しますので、付いて来てください。それと従者が一人大ケガをしています。今すぐ命がどうこうではないですが、あまり状況がよくありません。治癒系の魔法を使える方はいますか?」
「私がやりましょう。」
ヒートが申し出てくれた。万が一を考えて先にハンスの元へ向かってもらうことにし、戻ってきたポールにそのまま案内してもらう。
アルバスのところへ向かっていると、知らせを聞いていたアルバスが外まで出てきて出迎えてくれた。
「久しぶりだなバイストン。」
「お久しぶりです。兄はどちらに?」
「ハンスは魔物にやられて今治療してもらっているはずだ。」
「馬鹿な!大けがをした従者というのは兄ですか。」
バイストンはハンスの弟らしい。
「そうだ。一瞬の出来事だった。気が付いたらすでに半身食われていた。もしかしたらそれは自分だったかもしれない。まぁ、家のなかに入ってくれ。詳しい話はそこでしよう」




