6 異変
「領主様、魔物です!魔物の群れです!」
突然ダンジョンから出て来た複数の魔物に驚き、領民が息を切らせて知らせに来た。
「数と種類は判るか?」
「1種ではありません。そしてかなりの数がダンジョンから外に出ています!200以上はいるかと思われます!」
「馬鹿な、それではおおよそ半数が外に出ていることになるぞ。」
ダンジョンと言っても規模は小さく、幅は人間が4人ほど、重騎士なら2人なんとか並んで立てるくらい、急いで歩けば10分ほどで最奥までたどり着ける。最も広いこの中央の穴には特に魔物は居ない。小柄な子供なら何とか入れるくらいの小さい横穴が無数にあって、その先がどうなっているかは誰にも分からない。魔物の巣穴なのだ。誰も我が子をそこに入れたくはない。しかし、その穴の一つ一つに魔物が小さく群れている。一番数が数が多いのは入り口付近のホーンラットだと言われているが、一番目にするだけでその根拠は無い。
「ハンス!ハンス!」
「はい!こちらに」
「急いでダンジョンへ行く。準備をしろ!」
「隣のローテ領主に王城への緊急伝令を頼む。冒険者でいい。急ぎ援軍の要請だ。」
ハンスが支度を整え、アルバスの鎧の装着を手伝う。
先ほど知らせてくれた領民にアルバスが問いかける。
「今の時点で分っている被害があれば教えてくれ。」
「今のところ大きな被害はありません。」
「なぜだ。これほどの魔物が外にでているのだぞ。」
「ダンジョンの外に出た魔物たちは、ただ一目散にダンジョンから離れようとしているように見えます。まるで、人間や農作物が目に入っていないようです。」
「腹をすかして出て来たんじゃないのか。」
ダンジョンの中ではダンジョンの中なりに魔物を含めた生物の営みがある。それぞれに餌を狩り、狩られる命の循環がある。なんらかの原因で極端に増えたり減ったりして数のバランスが崩れた際、餌を求め外に出てくると考えられている。その為、腹を空かしてた魔物はいきなり人に襲い掛かるのではなく、ダンジョンに近い畑の作物や家畜、手近な食料を襲う。それを退治するために人と争いになるか、不用意に近くに居た子供が餌として襲われることがあっても、いきなり人里近くまではなかなか来ない。大きなダンジョンではゴブリンやオークも居て、女性が生殖の対象として襲われることもあるが、このダンジョンの規模ではゴブリンの集落ですら小さすぎる。
「いったい何が起きているんだ?」
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「支度は整いました。いつでも出られます。」
「ヴァンはいるか」
「はい、こちらに」
邪魔にならぬよう部屋の壁際に控えていたが、父に呼ばれたのでそばへ駆け寄る。
「これからダンジョンに行ってくる。家の近くにも魔物がいる。不用意に外に出るな。」
「分りました。父様もお気をつけて。」
「ポールや母さんを頼む。」
「承知しました。ご武運を。」
「父様からです。魔物が人里にまで出ているようなので、不用意に外に出るなとのことです。」
アルバスがハンスを伴って出て行ったのを見送り、家の中に入って使用人や家人に注意事項を伝える。
「この集落の付近まで魔物が出てくるなんて、ここ数年は聞いたことがないのに。」
「僕も。生まれてから一度もない。」
ポールは少し怯えているのか、母親のアリアの腕にまとわりついている。
「父様とハンスが良く狩にいってたからね。ちゃんと退治できていたんだ。」
最近は割と魔物がおとなしく、出てきてもダンジョン付近で畑を荒らす程度だった。人的被害もほとんどない。出て来た魔物をきちんと処理していた事も確かだが、それだけなのだろうか。
「母様、最近父様達はダンジョンの中は調べていたの?」
「中は調べていないかな。2人では危険すぎるから、中に入るときは王城に援護の冒険者をお願いしていたの。ヴァンが産まれてすぐに2度ほどあったけど、そのあとは援護の冒険者も来ていないもの。」
魔物の被害が少なかったし、必要なしと判断されていたのか。
「心配だけど、考えこむと良くないことばかりになるわね。2人が戻るのを待ちましょう。」
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「あれはなんだ?」
ダンジョンの出口に白っぽいものや透明に近い殻のようなものが落ちている。
「魔物の骨や残骸です。ヒュージトードやホーンラット、ギフティグカッツ(毒猫)と思われる物もあります。何かに食われたようですね」
「どこにも傷がない。噛みつかれたりしたら骨にも痕跡が残るものだし、小さな骨なら砕けて骨片が散乱するがそれがない。丸のみされたのか?」
「スライムでしょうか?」
「いや、ここにスライムは居ないはずだ。居たら数日で食い尽くされる。それに、スライムなら骨も消化されて残らない。しかし、この骨は消化された跡がない。正体はわからないが、慎重に調べてみよう。」
今のところダンジョンは落ち着いている。新たに魔物がでてくる気配もないし、というより魔物の気配がない。通常ここまで入り口に近づけば、魔物の鳴き声などが聞こえるものだが。
「あれは?なにか動いてます。」
ダンジョンの闇に閉ざされる境目でなにかがうごめいている。
「わずかだが距離を詰めてきている。警戒しろ。」
アルバスもハンスも剣を抜いて身構える。
それが少し明るいところまで移動したせいでそれが何か分かった。
「み・・・ミミズですか・・・。それにしても大きい」
直径約20㎝、長さ1m。ミミズの魔物ヴルムだ。それがホーンラットの体半分を呑みこみでいる。
逃げるために前足を使って本能的にダンジョンの外へ向かっていたのだろう。ついに力尽きたのかホーンラットが動かなくなり、ゆっくりだが全てが吞み込まれていく。
ダンジョン入り口付近に散らばった骨などの残骸は、おそらくヴルムのせいだろう。その量からして1匹だけとは到底思えない。
ホーンラットの全てを呑みこんだヴルムは、苦しむように少し体を震わせた。すると消化できない骨だけが吐き出された。
「やはり原因はこの巨大ヴルムのようですね。」
ハンスが自分に確認するように言う。
そして目の前のヴルムは静かにダンジョンの闇の中へ戻って行った。
「この骨がダンジョンの前にも散乱しているということは、ヴルムは既に外にでていると考えたほうが良い。周囲の警戒を怠るな。」
ハンスに背中を預け自分の周囲を確認する。今のところ見える範囲にヴルムは居ない。
「これ以上は2人だけでは危険だ。一度戻って対策を考えるぞ。とりあえず、集落周辺の魔物だけは、なんとかしなくては。」
振り向いたアルバスが見たそれは、数分前までハンスであった。しかし、すでに体の半分が頭から飲み込まれている。巨大な・・・ハンスが大きいと言った先ほどのヴルムの数倍はあった。ハンスを丸ごと飲み込む大きさのヴルムだった。
「こいつか」
アルバスが剣でハンスだったもの・・・ヴルムに切りつける。切り取られた半分は透明な液体をまき散らしながら吹き飛んだ。そして動かない。ハンスも倒れている。ハンスもハンスを呑みこんでいるヴルムも生きているのか、死んでいるのか見ただけでは判別できなかった。
「死ぬんじゃないぞ。」
ハンスの頭の位置はヴルムのふくらみで分かった。肩の位置から予測してヴルムに剣を突き立てる。頭側に縦に切り割いたら血だらけのハンスの顔が出て来た。が、息をしていない。胸を軽く押してやると、激しく咳き込んで呼吸が始まった。飲み込まれていた部分は皮膚が消化液で溶けかかっているがまだ生きている。
「ハンス、判るか。」
「アルバス様、私は生きてるんですね。」
「そうだ、間に合った。馬に乗れるか。」
「痛みをこらえれば乗れます。が、全力で走るのは厳しいかもしれません。」
「それほど深い傷はない。治療の魔法を受ければ、痛みもとれるだろう。引き上げるぞ。」
アルバスの馬が駆け出す。ハンスもアルバスに続くが、やはりスピードを出せないようだ。痛みで朦朧としているのが分かる。今は馬にしがみつくのが精いっぱいなのだろう。このまま集落まで馬を走らせることができればハンスを失うことは無い。
「このことを周囲に知らせ、応援を待って対応するのが得策なのだ。」
自分に言い聞かせるように呟いた。




