4 兄弟
赤ん坊が泣いている・・・産まれたんだ!
ヴァンが7歳になる直前、同腹の妹が生まれた。
「おおっ!待望の女の子です!」
とりあげた産婆がしゃがれた声で叫ぶ。
「おめでとうございます。奥様に似て目鼻立ちがはっきりした可愛い赤ちゃんです。」
「紫がかった珍しい瞳の色ですね。とても可愛らしい。」
産湯をしながらメイドが母親に嬉しそうに話しかけた。
赤ん坊の体をふいて白い布に包み母に抱かせる。
「ライラックの花色の瞳ですから、名前はライラにしましょうか。」
産まれたばかりの赤ん坊を丁寧に抱え、上気した声で母が言う。
「ライラ。良い名だ。母子共に無事に生まれて本当に良かったな。ヴァンの時は泣いてくれなくて大変だったから」
父もとても嬉しそうだ。
ヴァンをちょっと見た母が思い出して目を潤ませた。が、ヴァンにとっては尻を思い切り叩かれた痛い思い出だ。
「可愛いね。赤ちゃん。」
「うん。すごく可愛い。僕たちお兄ちゃんになったね。」
「うん、なったね。」
ハリーもポールも目を輝かせて妹を見ている。
「落ち着いたらは生誕の儀に行こうか。」
「生誕の儀ってなあに?」
「家族が増えたことを神様に報告してこの子だけの印をつけてもらうの。」
「ヴァン様、ハリー様、ポール様にも印がありますよ。もちろんお父様、お母様にもあります。」
「神様にしか見えないけどね。」
この国では以外に戸籍がしっかり作られている。出生したことを届けることで犯罪防止にも効果があり、わずかながら免税もされる。さらに戸籍が無いと養子縁組や家督相続の際に問題となり、認められても多額の追徴金が発生する仕組みとなっている。例え平民でも才能のある男子や器量良しの女子は養子縁組の際に金銭のやり取りが発生するため、攫われたりしないように対策されているのだ。
「領内には教会が無いからちょっと遠出しないとね。」
辺境の小さい男爵領である。神父のみ常駐だとしても、とても教会の維持ができるような場所ではない。
「場所的に一番近い教会は北にあるのだけど、そろそろ寒いかもね。道が悪くて馬車も揺れるし、東の町に行ってみようか。少し移動の時間は増えるが、なにもなければ日帰りできるだろう。」
戸籍の登録は教会が行っている、出生後の所謂洗礼のような儀式である。額に「刻印」の神聖魔法による聖印が刻まれるのだ。「転写」の神聖魔法により聖印の写しが戸籍の書類に記される。体も戸籍の写しも通常、聖印は見えない。「照合」の神聖魔法を使わないと判断できないため、教会が管理しているのである。いつでも誰でも見えるということは、子供に貴族や金持ちの息子という印をぶら下げて歩くようなことだ。必要な時以外は秘匿されること。これは犯罪の誘因を防ぐ大変有効な手段だ。
「私も行っていいですか?」
ヴァンが遠慮気味に聞いてみた。神聖魔法に興味がある。四元素魔法は使用できないが、神聖魔法は試していない。この目で見られるのであれば良い機会だ。
「僕も行きたい!」
ハリーが叫ぶ。
「それなら僕も!」
続いてポールも。自分だけ置いて行かれるのは嫌なのだろう。
しかし、大所帯になるので子供の全員参加は却下されてしまった。父母と赤ん坊の世話役をしている使用人で3人、体の小さい子供でも4人乗りの貧乏男爵家の馬車1台では乗り切れない。
「僕、行きたいな。」
ハリーは好奇心旺盛で積極的。しかし、少し我儘なところがあり、最近は大人も手を焼いている。積極性が産む副産物としてなんでもトライしてやってしまうため、失敗も多いが能力的には一番できる子と思われている。
「ハリーが行くなら一緒がいい。」
ポールは消極的。ハリーの後ろをついて歩くような感じで目立たない。しかし、ハリーがなんでもこなしてしまうのは、ポールが協力しているからこそらしい。父はよく見ていて、大人達にこの二人が協力していけば、将来のシュヴァルツ家は安泰だと話しているのを聞いたことがある。
「じゃ、僕は止めとくね。」
わがままは言わずに自分は行かないことにした。自分は自身で他人の評価を作っている。元から積極性は無い。が、やれと言われたらとりあえずはやってみるようにはしている。本来なら普通にできそうな事も、今の自分にとって今できる必要がないと思うことは、わざと投げ出してやめてしまう。無能ではないが有能でもない。将来の期待などを載せる肩は持ってないのだ。
結局両親と使用人とハリーとポール。馬車の御車としてハンスの6人で行くことにしたらしい。
「またあの子は消極的なのね。」
自分を見て母が少し嘆くような口ぶりで言うの聞いた。
そして生誕の儀は予定通り行われた。ハリーとポールは特に面白いことは無かったらしく、行かずに遊んでいたら良かったと愚痴っていた。
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ライラが産まれて3か月が過ぎた頃、いつの間にか第2夫人だったメイと息子のハリーの姿を見なくなった。
「兄さま、ハリーがいないの。どこに行ったの?一緒に遊びたいのに。」
第3夫人の息子、弟のポールが尋ねる。
「僕も知らない。メイも居ないから、一緒に田舎でも行ってるんじゃないかな」
後から聞いた話だがハリーが病気で亡くなったそうだ。大人達で小さな弔いがされたらしい。この地方では小さな子供の弔いを大掛かりには行わない。頻繁にあるからだ。実父系列の同居親族と実母ぐらい。病死の場合は死後の感染などを恐れ、他の子供は近づけない。メイは弔いの後で暇をもらって出て行ったらしい。ハリーには同い年のポールがいたこともあり、自分と沢山遊んだ記憶がある兄弟ではなかった。それでも居なくなると寂しさを感じる。双子同様に育てられたポールは、いつもハリーと一緒だったから余計に寂しかったのだろう。遊んで欲しいのか自分に頼ってまとわりついてくる。今では認めざるを得ない可愛い弟だ。
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そしてヴァンは8歳の誕生日を迎えた。
「おめでとうございます。」
「ヴァン様、おめでとう!」
皆から祝福される。当然嬉しいのだが、そうされることに慣れていないので照れる。耳たぶが熱いのが分かるほど、自分の気持ちが高揚している。家族もみんな嬉しそうだ。
「ありがとう。今夜のお祝いが楽しみだね。」
今日は家族と使用人で内輪の誕生祝いをしてもらう予定だ。今まで誕生日なんて、母から声をかけられるくらいだったのに、内輪とは言えお祝いがされるのは初めてだった。
この世界で8歳はかなり特別なのである。前世でも10歳で簡単なお祝いをするハーフ成人式などが流行っていたが、16歳で成人とされるこの世界もそのようなものかと考えていた。
実際はもっと切実だ。生まれた子供のうち3歳まで生きられるのは半分ほど。生き残っても6歳までにまた半分に減る。食料事情が良いわけではない。そして医療技術や衛生に関する知識が発展していないため、小さいうちは病気になるとほぼ死んでしまう。躓いて転んで足を擦りむくことが命の危機に直結する。人里から少し離れると獣や魔物に襲われる。流行り病が発生したら、為す術もなく大人だってバタバタ死んでいく。ここはそんな世界だ。貴族が何人も嫁を娶り、沢山の子供を必要とするのはこのためだ。家を守るためなのである。
8歳を超えると、その時に病気などになっていなければほぼ成人を迎えられる。もちろん個人差はあるが、知恵も体力も大きく成長し始める年齢のためだ。何もないところで躓くことがほとんどなくなる。何かあっても躓かない注意力、あるいは躓いても体制を立て直せる体力が付き始める。
自立に大きく近づく年齢が8歳という、ある意味節目と認識されているのである。




