3 転生
周囲に誰もいないことを確認してホーンラットの角を作業台の上に置く。
「分解!」
おもむろに叫んでみてもなにも起きない。錬金術の分解スキルを試してみたのだが、当然成功したことがない。当然魔法も使えない。素質がないのかもしれない。
「あのアニメじゃ簡単に出来ていたのにな。」
前世の記憶がある。錬金術も魔法についても前世の記憶で知っているだけで、この世界での使い方を教わったのではない。アニメなんかでは結構簡単にスキルとして使っているが現実は厳しい。自分が本当にその力が使えるなんて思ってもいない。3才になって発声に問題がなくなってきたころから、魔法や錬金術に挑戦してみた。この世界の方法ではなく、あくまで前世のアニメやゲームで見聞きした方法で。アニメのセリフを思い出して適当に考えて詠唱もしてみたし、実際の元素の反応もイメージしてみた。もちろん成功はしていない。
父の火魔法は特に詠唱などせず、木の枝の先に「ぽっ」と音がして小さい炎が出る。
「わっ!魔法だっ!」
初めて見た時の感動は忘れられない。この世界には魔法が存在するのだ。
木の枝を持って先端に火のつくイメージをしてみる。何も起こらない。父は詠唱はしていなかった。不要なのだと思う。
「あ、もしかしてあれか?」
木の枝が実は杖なんじゃないかと思って、台所や父の部屋を探してみたが無かった。その後、魔法で炎が出た枝はそれごとかまどに投げ込まれ、火だねになっていることを知った。特別な杖ではないのだろう。
「転生して前世の記憶もあるのに、代り映えのない一般人の一生なのかな。」
生まれてすぐに周りの大人が話している言葉は理解できた。自分から話すことはできないし文字も分からない。「あ」と発声することを意識しても、その通りに声が出るようになるまでは半年ほどの月日が必要だった。同様に思ったとおり手足を動かす事もできなかった。視線を変えたくて頭を動かそうにもできないし、自分の意志で何かを掴もうとしてもできない。赤ん坊が手の平に触れたものを握ろうとするのは、反射反応と聞いたことがある。自分の意志による体の制御には訓練が必要なのだろう。一つ上手くいくと、続けてできることが増えていく。これがコツを掴むということなのか。
「ママ」
「えっ、今この子ママって言ったよ。ママって言った!!」
初めて「ママ」と発声したときの母親の喜び様は言葉で表現できないくらいだった。自分をぎゅっと抱きしめて涙を流している。自分は長男なので生まれて初めて知った喜びなのだろう。
寝返りができるようになるまでは、天井から吊り下げられたゆりかごで過ごしていた。文字通り木で作られた箱に布を敷き詰めて赤ん坊を寝かせる。フワフワとは言わないが痛くはない。そこに小さな羽毛布団が掛けられる。
「直接床に箱を置くと虫やネズミが来るから寝かすときは必ずここに。」
母親から使用人に注意事項として伝えられた。この地域は土足文化である。見えなくてもネズミの泣き声はよく聞くし、使用人が悲鳴を上げて退治している場面も耳にした。手足の操作も思い通りの発声もろくに出来ず、逃げるどころか危険を知らせるすべのない赤ん坊には恐怖でしかない。
寝返りするようになると、柵付きのベビーベッドに寝場所が変わった。揺り籠では落ちる危険がある。実際落ちそうなって使用人が悲鳴を上げたこともあった。
このころから床に置かれることも多くなった。這いずっていろんなところを観察する。部屋の隅で黒い小さい甘納豆のような粒上の物を見つけた。観察するために手に取った。変な臭いがする。
「ネズミの糞をいじってはいけません。」
母が抱き上げて手を軽くはたく。
「掃除をしてから子供を遊ばせてね。」
「申し訳ございません。」
使用人が注意されている。
「あれがネズミの糞か。初めて見たな。」前世では親が動物を好まず動物園にすら行ったことが無い。もちろん自分も好ない。知らないから怖いのだ。
前世では高校3年の途中までの記憶がある。それまで覚えた科学、化学、数学などに類する学問、そしてクイズ番組などで覚えた雑学的知識は忘れていない。しかし、語学や前世世界の地理歴史などはほとんどが抜け落ちているし、父母や友人の名前、住んでいた住所も思い出せない。不要と言われたら確かにそうだが誰かの思惑?意図的なのかとも思う。確かに異世界転生では神様が介入してくる話も多いが5歳とんなった今のところそれも無い。
「そんな都合よくは行かないか。」
魔法や錬金術ができないとなると、将来は肉体労働が必要になることは目に見えている。家督を継げば貧乏男爵家の当主であり、例のダンジョンの管理をする役目がある。剣など武器の扱いが必要だ。ということは、そのうちその修練が始まる。今のような生活・・・。野原に寝転がって空想に耽っているのか寝ているのか自分でも区別がつかない曖昧な時間を過ごす事が出来なくなるのだ。
「だるいな。」
まだ5歳である。




