2 ダンジョン守の貧乏貴族
「ヴァン!」
「ヴァン!起きて!朝ごはんですよ!」
私の名前はヴァン(5才)。片田舎の貧乏男爵シュヴァルツ家の長男である。
「ふぁーい」
眠たい目をこすりながら大きくあくびをして、ベッドから降りて身支度をする。
「母様おはようございます」
朝食の席について準備をしている母に挨拶をする。母の名はエリアナ。親しいものはエリーと呼んでいる。異国の貴族の出で若くとても綺麗だ。ヴァンの自慢の母である。ヴァンを産んだのは15才、父が30才の時。限りなく犯罪臭がするがここいらでは普通らしい。
「おはよう。ヴァン。」
「父様おはようございます。」
父もテーブルに着いた。名はアルバス。母はアルと呼んでいる。決して強くはないが剣を嗜み、初級なら火魔法も使える。もっぱら竈の火起こしで使われているのは皆が知っている。
「旦那様、おはようございます」
それぞれの母親に抱えられて弟たちもやってきた。正妻である母が身籠った後、自らを持て余した父がメイド相手に次々と関係を持ち、半年後のほぼ同時期に生まれた腹違いの弟達。第2夫人のメイと息子のハリー、第3夫人のアリアと息子のポール。男爵家である以上貴族である。第3夫人など珍しくもない。
男爵家といっても領地は辺境で未開拓地がほとんどである。農地に向くような土地は狭く、未開拓地はほとんどが岩肌の荒地であまり利用価値がない。数家族の程度の集落が農地とともに点在する。全員合わせても100人程度か。
未開拓地の奥に行くと小さいがダンジョンがあり、時々魔物が出てきて荒らされるため開拓にも消極的なのだ。
「もうすぐ収穫だというのに、農地の近くで魔物を見かけたらしい。ちょっと行って調べてくる。退治出来そうならしてくるよ。」
食事も終わり片付け始めたころ、父が不満げに話始める。
父が魔物討伐に行くらしい。そう、シュヴァルツ家はこのダンジョンと魔物の管理をするのが役目である。ダンジョンの規模が小さいため、他の大規模ダンジョンに比べ弱い魔物しかいない。それでも一般の女性や子供には脅威である。数が多ければ余計に厄介だ。また、魔物を討伐した際の素材はそれなりの収入になるため、こんな辺境の痩せた土地でも細々とならやっていける。
「お一人では危険ですよ。念のため誰か一緒に連れて行っては?」
母が心配そうに問いかける。
「そうだな。」
「ヴァン一緒に来るか?」
「馬鹿を言わないでください。本気にしたら困ります。」
母がたしなめるように止める。
そこで行きたいと言えば父は喜ぶのだろうけど、聞いていないふりをして使った食器を母に渡す。
「ご馳走様でした。」
「もちろん私がお供しますよ。いくらなんでも坊ちゃんにはまだ早いですよね。」
従士のハンスである。そもそも先代の従士だったので結構な年齢であると思うが、ドワーフなのでまだまだ若々しい。戦闘なら父に負けないであろう屈強な体格をしている。今では従士より使用人に近い関係だが魔物退治の際は心強い存在で、狩った魔物の素材の加工などもお手のものだ。
「では後ほど。馬を用意しておきます。」
◆◆◆◆◆◆
「魔物がいたのはこの辺らしい。ちょっと辺りを調べてみよう。」
目的の畑に近い茂みの多い場所に到着すると、アルが馬を降りて手近な木に繋ぐ。続いてハンスも従う。
「臭いますね。この辺に居たのかもしれません。まだ近くに居そうです。」
ダンジョンの魔物は悪臭が酷く、風のない日は近くにいると直ぐにわかる。畑のそばの茂みに隠れているであろうことは簡単に想像できた。
「弓を撃って炙り出すか」
「逃げられるかもしれません。後ろに回り込みますか。」
「よろしく頼む。慎重にな。」
さやから抜いた剣を構え、ハンスが茂みの後ろに回り込もうとしたその時、茂みからハンスに向かって何かが飛び出した。慌てて剣で防御する。固いもの同士がぶつかる甲高い音のあと、空中にはじかれたそれをハンスの振り下ろした剣が捉える。しかし、真っ二つになるかと思われたそれは、振り下ろされた剣の勢いで地面に叩きつけられ動かなくなった。
「ホーンラットか。」
鼻先に角がある大型のネズミで、ダンジョンの入り口付近に生息している。そのためかダンジョンの外に出てくることも多い魔物だ。最弱の類ではあるが角に突かれてケガをすることが多いため、見かけたら駆除が必要だ。角のようになっているのは発達した前歯で、特に先端側が鋭いため加工して矢じりとして使われることがある。
「それにしても、もう少し剣の手入れをしてはどうだ?こん棒と変わらんな」
「戦ならそうしますが、この手の魔獣退治なら必要ないですよ。」
「いざというとき使い物にならんぞ。」
「考えておきます。まだ他にもいるかもしれません。探してみましょう。」
ダンジョンの入り口付近にかけて調べた結果、全部で4体のホーンラットを駆除し、角だけを切り落として持ち帰った。毛皮や肉は匂いが強烈で持ち歩くことすら嫌がられるため土に埋める。浄化の魔法が使用できれば毛皮も素材として使えるし肉も食用になるが、こんな辺境には人材がいない。ほぼ毒に近い悪臭で周囲一帯が汚染されるため、火魔法で焼くのもご法度である。
家には今まで狩った他の魔物の素材もある。いつか大きな町に行く際、ギルドに売りに行けば多少の儲けになるだろう。
「お帰りなさい、父様」
ダンジョンから父が帰ってきた。
「くしゃーい」
強烈に魔物の匂いがする。 弟たちが鼻をつまみ嫌な顔をした。
「着替えてちょうだい。着替えは後から持っていくね。」
「臭いがつくともう取れないからな」
母が着替えを促す。父は一度外へ出ると着ていた服を脱ぎ土に埋める。
母が持っていた服に着替えてから室内へ入る。日本人なら一っ風呂浴びたいところなのだが、この地域に風呂の習慣はない。井戸はあるが水は冷たく、水量も豊かではないためあまり体を洗ったりもしない。少し歩いた場所に川があるので暑い季節は水浴びをするくらいだ。服も一度着たらあまり頻繁には着替えない。汚れたらたまに水洗いする程度である。女性は花などから香水を作って愛用しているが、辺境のこの地である。来客でもない限りは使わない。なので基本的にみんなが臭い。しかし、ダンジョンの魔物の臭いは比べるべくもないのだ。
「1本貰ってもいいですか?」
父の持つホーンラットの角を見て聞いてみる。
「いいけどチビたちが触ると危ないからその辺に置いたままにするなよ。」
「はい。」




