嵐の前
陽も昇り本格的に太陽が活動を始めた頃、俺たちはようやく身支度を整え民宿を飛び出した。
外は安定の猛暑日だった。海に行こう。誰かが提案し、みんな乗り気だった。一部を除いてな。
明宏先輩と修二は水着になるのが嫌だと女子みたいなことを言い、麻里子先輩は焼けるのが嫌だとだだをこねる。麻里子先輩がショッピングなら、当然会長もショッピングなわけで、正文があからさまに落胆していた。
それでも海を選んだのはアレだろうな。
ただ先輩たちと遊びたいってわけじゃないだろう。ここらの海岸に、期待するような水着ギャルがいるのかはわからないけど。
俺たちは民宿前の停留所でバスを待った。一時間に一本の路線バスは、海岸を経由して駅まで行く。
正文たちと海岸前で別れた俺たちは、さらに二十分ばかりの距離をバスに揺られて市街地に差し掛かった。
一応国道なんだけど、その道は個人の商店が軒を連ねる昔ながらの通りだった。その一角にある細い交差点に器用に巨体をねじ込んだバスは、ほどなくして駅前ロータリーに停車した。
そこから更に電車で四駅ほど通過し、ようやく到着した場所は少し栄えた港町だった。
ホームからは二車線の国道が確認でき、全国に店を構える大型チェーンや、車のディーラーなんかもある。ただ、国道沿いばかりに気合が入り、そのすぐ裏手にあたる駅周辺は、畑ばかりだった。
まるでハリボテのように、国道サイドばかりに店を並べた感じ。
楽器屋は国道のある駅の表口とは逆、少しばかり寂れた駅の裏口にあった。裏駅の構内を出た正面にある、海岸方面につづく商店街の一角だ。
ほとんどの店舗が廃業しており、それは俗に言うシャッター商店街だった。
目当ての店に到着し入り口をくぐると、流行りのJ-POPが耳に飛び込んできた。何も無い田舎で、久々に文明を感じた気がする。
一階はCDショップ。最新のマキシシングルに混じり、ひと昔前の8cmCDが当然のように並んでいるレアな店。
明宏先輩はCDの陳列棚には目もくれず、店舗奥の階段へと歩を進めた。ダンボールが乱雑に積み上げられた階段は狭く、パッと見は従業員専用の階段みたい。
先輩と一緒でなければ、まず登ろうとは思わなかっただろう。辿り着いた二回は楽器コーナーだった。
ギター、ベースはもちろん、サックスやトランペット、バイオリンなんかもあったりする、最近県内にできた大型モールのテナントにも引けを取らない品揃えだった。
「品揃え豊富だなぁ」
修二の言葉を合図に、俺たちは目当ての場所へ散った。俺は一人でギターを物色。しかし、やはりあのグレッチ以上に惹かれるギターなんて見つからなかった。
近くでベースを眺める修二と麻里子先輩が、ベーシスト同士なにやら盛り上がっている。
チビ二人。なんだか中学生のカップルみたい。
「よう。なにかいいのあったか?」
店内をウロウロする俺に明宏先輩が近づいてきた。さっきまで顔馴染みらしき店員と談笑していたはずなんだけど。
「あの店員さん知り合いっすか?」
「あぁ。中学んときの仲間」
俺はレジでパソコンを操作している店員に目をやった。店のロゴがプリントされた揃いのTシャツ。
その上からでもわかる厚い胸板と真っ黒に日焼けした肌は、明宏先輩とは対称にバカに健康的に見えた。
「あいつサーフィンやってんだ」
「そうなんですか。だからあんな真っ黒なんだ」
「そう。てか、これからどうする? ぶっちゃけ俺はアイツに会うために来たようなもんだからな。このまま帰るのもなんだし、どこかで飯でも食べてくか。あの三人はどうした」
俺は修二たちを探して店内を見回した。少し離れたところで、仲よさげにスコアを物色する二人を発見。会長は二階にはいないようだった。
ふたりはお互いに一冊づつ目ぼしい物を見つけたらしく、嬉しそうに胸に抱えながらしゃがみ込んでいた。
「あいつらチビ同士お似合いだな」
明宏先輩は笑いながらいった。まぁ、否定はできないよな。事実なんだから。
俺はなにも言わずに笑顔で誤魔化した。
後で麻里子先輩に知られたらなにを言われるかわからないからな。
よく言うだろ。口は災いのもと。
会計をする二人を待ち、俺たちは再びダンボールだらけの階段に向かった。
「明宏! わざわざありがとな」
帰り際、大きな声で右手に持ったCD-Rを掲げる店員。彼に軽く会釈をしてから先輩に聞いてみた。
「あのCDなんすか?」
まさか極秘ファイルなんてことはないだろう。誰かの曲だろうか。
「あれは俺たちの音源。地元に帰ったら渡すって約束してたんだ」
「音源? 初耳なんすけど! 俺にもください」
「あっ? CD持ってきたら焼いてやるよ」
「くれないんすか? せこいなぁ」
先輩は俺の肩にポンと手を置いた。
「金にシビアな世の中なのだよ拓海ちゃん」
一階に辿り着くと、そこでようやく会長を発見することができた。彼女は、顔に似合わない洋楽ロックのコーナーで、難しい顔をしている。
思えば、俺たちがサークルに顔を出したきっかけとなったギターの音色も、主は会長だったのだ。いったい彼女は何者なのだろうか。
「会長って何者なんですか? ギター上手いし」
答えてくれたのは麻里子先輩だった。
「昔、伸治たちとバンドやってたみたいよ。中学生の時に」
「マジか」
俺が改めて会長を見ていると、それに気付いたのか彼女がふっと視線を上げた。
「あっ。買い物終わったの?」
いつもと変わらない軽い感じの声。会長は手に持ったCDを棚に戻すと、駆け足で俺たちに合流した。
店外に出ると真昼間の商店街に立っているのは俺たちだけだった。
なんだか世界が終わったあとみたい。
どの店も意味もなくシャッターは開いていた。中は空っぽで障子一枚で店舗から居間へと続く昔ながらの作り。とっくに廃業した店中では老人が数人、秘密の会合を開いていた。
婆さんの口説き方でも話してんのかな。死んだ商店街の雰囲気とは裏腹に、爺さんが大口を開けて笑っている様子はやたらと楽しそう。
視線を通りに戻すと、人の気配がない長いメインストリートの先が熱気でゆがんで見えた。
寂れた通りを歩いていると、脇の自動ドアがふいに開いた。流れ出る冷風が肌をなぞり、ぐちゃぐちゃに混ざった電子音が鼓膜を揺らす。そこは二階建ての細長いゲーセンだった。
「ずいぶんレトロなゲーセンだね」
まじまじと店内を覗き修二がいう。タバコの煙で霞む店内には、とんでもないスピードで指先をボタンに叩き込むヤツらが数人。
音ゲーってやつ。
どいつも音楽を奏でているようには見えなかった。プログラムされた機械みたいに指が盤上を跳ね回り、パチパチと小気味よい音がリズミカルに響いている。
人間てすごいよな。極めれば高性能なプログラミングマシーンにだってなれるんだから。
「ねぇ。プリクラ撮ろうよ」
提案したのは会長だった。女子はなんでプリクラが好きなんだろうな。俺たちが返事をする頃には、賛同した麻里子先輩の片足はゲーセンの中だった。まぁ、暇だったしなにか旅の記念を残しておくのも悪くない。
みんなもそう思ったのだろう。誰も文句を言わずに素直に後に続く。プリクラ機は店の二階、メダルゲームコーナーの隣にあった。
「悪い。ちょっとトイレいってくる。適当にブラブラしててくれよ」
パチスロの音がひびく中、声を張り上げる明宏先輩。
大当たり。ド派手な電子音に続き、メダルが吐き出される景気のいい音がしばらく続いた。
「ここの便所、汚ねぇんだよな。さっきの店で行っときゃよかった」
文句を垂れる先輩と一緒にトイレに向かった。会長も一緒だ。別に連れションじゃないからな。俺と会長の目的はトイレ脇に置かれた自販機だ。
こう暑いと喉が渇いてしょうがない。気を効かせた俺と会長は、記憶をたよりに残り三人分のジュースを買うことにした。麻里子先輩はお茶しか飲まない。修二はいつもコーラだった。明宏先輩は微糖の缶コーヒー。
俺がコーラのボタンを押していると、隣の会長おもむろに財布を取り出しているのが視界に入った。
「あっ。会長は何がいいっすか?」
「奢ってくれるの?」
「たまにはね。まぁ、このあいだのケンカの口止め料ってことで」
「言わないよぉ。じゃあね、これにしよっかなぁ」
会長が選んだのは、ナタデココが入ったカルピスだった。正確にはカルピスじゃないんだけど、似たようなもんだ。なんだか余計に喉が渇きそう。まぁ、会長は笑顔だしいいか。
「ありがとね。拓海くんにはお礼しないとね」
「いいっすよ礼なんて」
俺が返すと、会長はぎゅと俺の手を握って耳元で囁いた。不意をつかれた俺の身体は、耳元の感覚にゾクッと身震いをした。鳥肌。
「いいからいいから。今夜、ねっ? 期待してて」
体内で何かがひっくり返りそうになった。俺の声はうわずってたと思う。俺だって高校生。今夜期待しててなんて言われたら、あっちの方に思考が持って行かれるのは当然だろ?
「な、なんすか。意味が……」
言いかけたとき、明宏先輩がトイレから出てくるのが見えた。俺はとっさに明宏先輩に話を振り、会長の言葉をなかったことにした。
「せ、先輩。コーヒーでいいっすか?た、たた、たまにはおごりますよ」
「マジか。ありがとな。てか、どうかした? お前パニクッてねぇか?」
変なところで気が回るんだよな。
「そうっすか?」
誤魔化す俺に怪訝な顔をしながら、先輩が押したのはやっぱり缶コーヒーのボタンだった。その場でプルタブを開けて一口をチビっと飲む。先輩はいつも小さな缶コーヒーを時間をかけてチビチビ飲む。
「腹減ったな。さっさとプリクラ済ませて飯にしよう。ラーメンでいいか? 国道沿いに旨いラーメン屋があるんだ」
飯の話をする先輩越しに会長と目があった。先輩の後ろで口をパクパクやっている。
(楽しみにしてて)
たぶんそう言った。違ったとしても、さっきの話題をほじくり返しているのは間違いないだろう。俺はとりあえず、意味が通じてないって風に首をかしげておいた。
「あっ? お前ら俺越しに何してんだよ」
だよな。気づくよな。会長はなんでもないって顔だった。
「んっ? 拓海くんがジュース買ってくれたからお礼をって話。今夜ね」
「今夜? ジュース一本でか。やっすい女だなぁ」
先輩の下品な笑い声に会長は少しムッとしたようだった。白い歯が覗いていた口はとんがり、先輩を見る目は軽蔑の眼差し。
「バッカじゃないの?」
「はっ? 今夜ねっつったらアレだろ? 男はエッチな想像しかしねぇから。だろ? なぁ?」
俺に振るなって。先輩はしつこいくらいに俺に同意を求めてきた。ここで賛同したら、俺はおしまいな気がした。
会長は、そうなのって顔で俺を見ている。俺は必死に紳士的な回答を模索した。
「ま、まさか。先輩って変態ですねぇ。夜にお礼といったらアレですよアレ。か、肩もみとかさ」
「あぁ! 惜しい」
惜しかったのか? 会長は残念って顔で俺に笑顔を向けると、表情をパッと変えて今度は明宏先輩へと顔を向けた。目を細めて小馬鹿にしたようにいう。
「変態なこと考えてるのはアンタだけよ」
「バカ。拓海は猫被ってんだよ。肩もみなわけねぇだろ」
もうやめてほしい。俺たちがくだらない話で盛り上がりつつ、さっきの場所に戻ると二人の姿は見当たらなかった。店内を見て回ってるのだろうか。
「あいつらどこいった。メダルゲームなんてしないだろうし……。一階か?」
ふいに真面目な表情になった先輩の言葉に、俺も会長も首をかしげることしかできなかった。
「一応メダルコーナーを覗いて、いなかったら下も探してみようか?」
会長の提案で捜索開始。でかくもない店内、わざわざ電話をするまでもないだろう。
手始めにドーム型のコインドーザーから。二人はいない。数人の客がメダルを投入し、アクリルの壁越しにティラノサウルスが吠えていた。
「一応パチスロコーナー見てみるか?」
続く先輩の提案でヤニで黄ばんだ柱を曲がった直後、前を歩く先輩がふいに立ち止まった。
「ちょっとこれ持ってろ」
差し出されたのは缶コーヒーだった。半分以上残ったコーヒーを俺に預け、先輩は静かに歩きだした。四人分の飲み物をなんとか抱え、先輩を追うように柱を曲がった俺の目に飛び込んだのは、まさかの光景だった。
明宏先輩の肩越しに修二が倒れているのが見えたのだ。ただ倒れているんじゃない。修二に馬乗りになるかたちで知らないガキが拳を頭に叩き込んでいた。
何人かいる他の客は、目を合わせないように知らんぷりでゲーム機を睨みつけ、誰も止める人間はいない。
「愛子。店員呼んでこい」
そう告げると、先輩はずかずかと二人の方へと歩いていった。




