平和主義者
歳は俺たちとたいして変わらないだろう。男二人にそれぞれ女を連れた四人組。修二たちを囲むように三人が立ち、少し離れたところで麻里子先輩が泣いている。
どいつも下品な金髪で、ニヤニヤと笑いながら馬乗り男の一方的な暴力を傍観していた。
少しぽっちゃりとした女がいう。
「黙って財布出さないからだよ。コージに勝てるわけないじゃん。彼女の前だからカッコつけちゃった?」
俺が初めて目にする暴力に呆気にとられている間にも、明宏先輩はぐんぐん距離をつめていた。最初に気づいたのは麻里子先輩。涙を溜めた目で明宏先輩を確認すると、あっと小さな声をあげた。
麻里子先輩の声に取り巻きの三人が反応した。二人に夢中で近づく明宏先輩には全く気づいていなかった様子。今度はヤツらがあっと声をあげる番。そして、連鎖的に馬乗り男が顔をあげた。
「なんだよ」
俺たちに背を向けるかたちだから仲間の反応にもいまいちピンときていない様子。仲間の視線でようやく後ろの気配に気づいたときには、先輩はヤツのすぐ後方にいた。
「あのさ、そいつ俺のツレなんだけど」
先輩の口調はバカみたいに丁寧だった。
「もうやめてくれよ。血ぃ出てんじゃん」
「なんだテメェ。俺に言ってんのか?」
ようやく修二から離れた馬乗り男が立ち上がった。雅人先輩と変わらないくらいの長身。加えてヤツは、雅人先輩よりもひと回りくらい身体がデカかった。
ヤツはターゲットを明宏先輩に切り替えて、肩で空を切るようにゆさゆさと身体を揺らして詰め寄った。
額を合わせてぐいぐい押しやると、ドンと先輩の肩をどついて少しばかりの距離を取った。
「なんで怒ってんの? 落ち着けよ」
両手を挙げて降参のポーズ。そんな先輩に俺はイラついていた。
なんでヘコヘコしてんだよ。格闘技やってんじゃねぇのかよって。
「アイツびびってんじゃん。なんで声かけたんだろう。隠れてれば財布一個で済んだのに!」
痩せたギャルが甲高い声を発した。こっちはけっこう美人。ぽっちゃり女と並ぶと余計にな。
ギャルの声に合わせて隣の男が馬乗り男を煽った。
「ヘラヘラしやがって。見ててムカつくわ。コージ、こないだ先輩を沈めたあの技決めちゃえよ」
「あぁそうだな。今日はリッチだぞ。財布もう一個ゲットだ。飯行こうぜ! 俺が奢るから」
「アンタの金じゃねぇし! 笑える」
ぽっちゃり女が腹を抱え、チラッと麻里子先輩に視線を向ける。
「ごちそうさまー」
その小馬鹿にしたような物言いに、俺の我慢は限界を超えた。両手の缶ジュースを床に並べ、ヤツらの隙を伺った。
女共の隣にいる男ならなんとかなるかもしれない。そう考えると同時に、俺の脚は駆け出していた。
そんな俺の肩をつかんだのは明宏先輩だった。
「やめとけ。人が見てる」
諭すような視線。
「でもっ、修二が」
「大丈夫。財布は渡さねぇよ」
「なんだ渡さねぇって。別に渡してくれって頼んでねぇよ。お前の意思なんて関係ねぇから」
四人がそろってバカ笑いをする。その隙に修二は起き上がり、突っ立つ麻里子先輩の手を引いて、ヤツらから距離をとった。
いつしか主役はすり替わり、馬乗り男と明宏先輩を囲むように視線がそこに集中した。
ゲーセンの中のリング。観衆は俺たちだけじゃない。さっきまで知らんぷりしていた他の客たちもまた、ゲームそっちのけで好奇の視線をふたりに注いでいた。
「いやいや待てよ。こんな注目されてちゃボコれねぇだろ。一方的な暴力はよくねぇよな。ただの暴行になっちまう。これはケンカなんだからさ。ほら、一発殴っていいぜ?」
どこまでも馬鹿にした態度。しかし、やっぱり先輩の反応は同じだった。
「やめとく。ケンカは好きじゃないんだ」
ふっと笑みを漏らした物言いが、馬乗り男の反感を買ったらしい。ヤツはカッと瞳孔を開き、明宏先輩の側頭部を平手で叩いた。
パンっとかわいた音が電子音の裏で確かに聞こえた。反動で先輩の頭はかすかに傾き、その場にいる誰もが息をのんだ。
「お前、俺のことなめてんの?」
「まさか。俺は平和主義者なんだよ」
「その態度がなめてんのかって言ってんだよ! ケンカもできねぇなら、俺に刃向わずに黙って財布出しゃいいんだよ」
「それは無理」
イタチごっこ。馬乗り男の怒りは目に見えて上昇していった。それは取り巻きも同じ。ぽっちゃり女が明宏先輩をキッと睨みつけていう。
「コイツ見てるとイラつくわ。面倒な男だなぁ! 私がぶん殴ってやろうか」
肩をすくめ、先輩は少しばかり残念そうに眉をゆがめた。
「あぁ。それも無理」
ここまでくると、明宏先輩はヤツらを煽ってるようにしか見えなかった。
先輩はぽっちゃり女の手に握られた修二の財布を横目で見ると、次に馬乗り男の肩越しに視線をやった。店内に響いたのは、甲高い会長の声だった。
「お店の人連れてきたよ! 警察も一分で来るって!」
「だってさ。俺は手ぇ出してねぇからな」
両手を挙げて、また降参のポーズ。
「来ちゃうぞ。警察が」
ニッと笑った明宏先輩は、会長に向かって手を振った。会長を筆頭に、揃いのエプロン姿の数人が警戒しながら近づいて来るのが見えた。
見た目には俺たちと変わらないバイトっぽいヤツふたりに、ガタイのいい中年ひとり。中年がいう。
「ケンカか?」
名札に刻まれた店長の文字。カツアゲグループは中年の言葉を無視して先輩を睨みつけると、馬乗り男の一声を合図に階段へと歩を進めた。
「おい! 待てよデブ女」
ぽっちゃり女が振り返る。とんでもない形相。でも、自分が太ってるのは自覚してるんだな。
先輩はズカズカとぽっちゃり女の前まで行くと、握ったままの修二の財布をひったくった。
「これはお前のじゃねぇだろ」
「くそがっ!」
ぽっちゃり女のローキックが先輩のケツに直撃した。
「痛っ!」
ケツをさする先輩を睨みつけながら、連中は行ってしまった。店員たちは面倒はゴメンだと言った顔で追おうとはしない。そして俺たちも。
「こいつがカツアゲされたんだ」
先輩がいう。店員たちは顔面を腫らした修二を見て理解したようだった。悪者はあいつら。大人たちにそれはすんなり浸透し、店長は同情の目で俺たちを見ていった。
「財布を取られたのか?」
「いや。取り返した」
「警察は本当に来るのか?」
それには会長が首を横に振った。どうやら連絡はしていないようだ。そいつを確認した先輩がいう。
「呼んでくれ。お前ら、警察に付き添ってもらってうちまで帰れ。待ち伏せされたら庇いきれない」
「私は平気。せっかく来たんだからさ……」
「いいから!」
麻里子先輩の言葉を遮った先輩は、いつもと様子が違った。感情的になった先輩を見るのは初めてだった。
「麻里子はうちの大切なベーシストだ。なにかが起こってからじゃ遅いんだ」
先輩は少し怒っているようだった。
「もう平気なんで。騒がしくしてすいません。警察が来るまで、こいつらお願いします」
「キミはいいのか?」
「俺はいい。じゃあな、夕方に落ち合おう」
背中越しに仲間に声をかけ、先輩は足早にゲーセンの階段を下っていった。




