校長との会話
「おらっ。修二はチビなんだから肉食え」
バーベキューもひと段落ついた頃、食べきれない残りの肉を押し付ける明宏先輩の声がバーベキュー施設に響いた。
紙皿に山盛りになった肉を見るだけで吐き気がする。みんな腹は満腹だった。
「肉くったって背は伸びないっすよ。太るだけだって」
「じゃあ太れ!」
無茶苦茶な言い分で皿を押し付ける先輩。修二は泣きそうな顔を校長に向けた。
「先生、これってイジメじゃない?」
「無理しなくていいよ。明宏もやめなさい」
先生も大変だ。とても高校生を相手にしているとは思えない口ぶり。小さい子のイタズラを諭すような言い方だった。
「もう後片付けしちゃっていいんじゃないか?」
校長が紙皿に手を伸ばしかけた時、バーベキューを先に離脱して河原で遊んでいた伸治先輩が戻ってきた。
「まだ残ってるじゃん。腹減ったからくれ!」
「食べる時は集中して食べなさい。途中で遊びに出ちゃだめだろ」
「幼稚園の引率みたいだよね」
俺の隣で会長がそう漏らしながらゴミをまとめている。俺はそいつを手伝いつつ、大きくうなずいた。
アウトドアに縁のない俺は、てっきり網なんかを持参で河原でやるものとばかり思っていた。
しかし、実際は河原に併設されたバーベキュー設備一式が完備の場所を借りられ、食材まで買えたんだ。
さすがキャンプランド。ちなみに、代金は本当に校長が払ってくれた。
メインイベントであるバーベキューを終えたものの、もちろんこれで終わるはずはなかった。誰ともなしに一行は河原に移動し、今度は水遊びが始まった。
売店でわざわざ購入した水鉄砲片手に明宏先輩がみんなを追いまわし、矢代先輩は気づけば知らない中学生くらいの少年たちと魚を追いかけまわしている。
女子は二人、仲良く日陰で談笑中だった。相変わらずの日差しは地上を照りつけ、水面がキラキラと揺れている。
みんなの笑い声と川の音が重なり、今年一番の夏っぽい風景がここにはあった。
歳を重ねるうちに昆虫採集で山に入ることもなくなり、コンクリートとアスファルトで囲われた夏を過ごして俺にはなんだか懐かしい感覚。田舎も悪くない。
「関根は遊ばないのか?」
感傷に浸る俺の耳に低いトーンの落ち着いた声が響く。普段、壇上で生徒たちに話す時よりもいくらか素の混ざった校長の声だ。
「いや。なんかみんなを遠巻きに眺めてるのも悪くないなって」
俺のとなりに腰をおろした校長は、眩しさに目を細めながらいう。
「わかるよ。みんないい子たちだ。見た目こそ校則なんて御構い無しのやつらだけどな」
俺だってピアスをしているし例外ではなかった。相手は校長だ。少しかまえてしまう。
「中にはただの溜まり場だって言う先生方もいるが、俺はこのサークルを認可してよかったと思ってるよ」
壇上での一人称が”私”の校長が自分を俺と呼ぶ。そこに校長の素を見た気がした。
「関根は他の部活の生徒たちを見てどう思う?」
……?
俺にはこの質問の意図がわからなかった。何を言えば正解なのかまったくな。
「えっと。大変そうだなとか」
「うん。じゃあ関根は初めてギターを買い、ちゃんと一曲弾けるようになるまでどのくらいかかった?」
「覚えてないけどまぁ、独学だったしコードも何もわからかったから最初は苦労しました。挫折しかけたり。まぁなんだかんだ楽しかったし、仲間とバンドを組もうって約束してたんで頑張りましたけどね」
俺の話を、校長は時折頷いてみたりして真顔でじっと聞いていた。俺のエピソードなんて大して面白くもないだろうに。
「努力して弾きこなせるようになってバンドを組みたい。結構じゃないか」
「えっ?」
「運動部の生徒たちは毎日練習をして大会に向けて頑張っている。お前たちだって、練習して新しい曲を覚えてライブに臨む。同じじゃないか。
私は顧問をやってるし、活動状況は把握しているつもりだ。まぁ、確かにぐだぐだになってしまう日もあるかもしれない。だが、きっちり練習をしているのも知ってるよ。
サークルを立ち上げるにあたり、あの子らには一曲試しに演奏をしてもらったんだ。
正直驚いた。鳥肌が立ったよ。
これは生半可な努力じゃ到達できないレベルだってね。私は迷わず顧問を引き受けた」
大勢の笑い声や木々の奥から聞こえる蝉の声が遠くに聞こえる。そんな中、校長の言葉はそのひとつひとつが俺の頭ではっきりと響いた気がした。
「誰もが簡単にあそこまでの演奏をするとは思えない。生徒の努力を教師が認めないでどうするんだ。何かに夢中になることにジャンルなんて関係ないんじゃないのかな」
校長がみんなに信頼されているわけがわかった気がした。多分、今語られた校長の心の内をみんなは知らない。だけど、言葉ではないなにかが校長にはあるのだ。
「先輩たちも先生には感謝してるんじゃないですか?」
「あいつらが? どうかな」
河原に校長の笑い声が響く。それは少し離れた女性陣にも聞こえたらしく、不思議そうな顔でこっちを見ていた。
校長と二人きりでなにをそこまで盛り上がってるんだ。そんな疑問が見え隠れする顔。
「いや、これはマジで。サークル加入当時に伸治先輩に言われたんです。煙草は吸うなって」
「そりゃそうだ。高校生なんだから」
校長は当然といった顔で俺を見た。
「先輩言ってましたよ。何か騒ぎを起こせばサークルが危うくなる。俺たちを信じてくれた先生を裏切るわけにはいかないって」
「……伸治が?」
「はい」
俺たちはふたりで遠巻きから伸治先輩を眺めた。膝までたくし上げたズボン。
しかし、先輩は全身すでにびしょ濡れだった。
「あいつ……」
校長は嬉しそうに笑うと、視線を木漏れ日の落ちる空に向けた。そして、静かに口を開いた。
「最後の学校がここでよかった。あと数年で定年なんだ。最後の赴任先がこの学校で、このサークルの顧問をやって本当によかった」
「おい! タクちゃん。魚を追い込むから手伝ってくれ」
遠くで先輩の声がする。俺は立ち上がり校長にいった。
「ちょっといってきます」
この調子だと俺も全身ずぶ濡れだな。
まぁ、それも悪くないか。




