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ユニオンジャック  作者: velvet punk
第2章 それぞれの過去
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14/21

明宏先輩

その日は前日の台風を引きずり、朝から低い雲が空を覆っていた。

夜のうちに過ぎた台風は海上で温帯低気圧に変わり、不安定な大気だけを王寺町の空に置いていった。


連日の猛暑から一転、予想気温は二十五度。

これが一月や二月の話なら、突然やってきた二十五度という気候に、暖かいと歓喜しただろう。

しかし、連日の猛暑に慣れた俺の体は寒さに震えていた。人間てやつは、とことん環境に順応できない動物だよな。

校長が差し入れで持ってきてくれたラムネの缶を片手に、肌寒い午後を過ごす。

バックミュージックは誰かが演奏する楽器の音。俺はこの時間がたまらなく好きだった。


校長はみんなの紡ぐ音楽が本当に好きみたいだった。

執拗に伸治先輩にギターをせがみ、目を閉じて身体を揺らす。

ふと視線を窓に向けた校長が、ひらめいたようにパッと表情を変えた。


「雨でも降りそうな雲だな。明日からまた猛暑になるみたいだけど。たまにはこのメンバーでバーベキューでもするか」


校長からの思わぬ提案だった。夏休みの間は顧問が付き添っていないと部活ができないのがこの学校の決まり。サークルも例外ではない。

最初こそサークルを許可した流れで顧問も引き受けたらしいけど、俺には心底このメンバーとの時間を楽しんでいるように見えた。


「いいっすね。材料はもちろん先生持ちでしょ?」


「バカ言うな」


口ではああ言ってるけど、伸治先輩との掛け合いも満更ではない様子。

はたしてバーベキュー大会が本当に実現するのかは曖昧だが、こんな会話ひとつひとつにも、青春ってやつの匂いがした。


談笑する仲間を眺めていると、俺は時折不思議な感覚に襲われる。皆の笑い声が遠く聞こえ、目の前の光景がフィルターを通したように、別次元の世界に見えるのだ。

画面の向こう。映画かなんかの世界みたいに。

同じ場所に存在し、同じ時を過ごしている。それが夢なんじゃないかって感覚。

頭がぼーっとして、みんなの雑踏が遠くに聞こえるんだ。


この時間が永遠ならいいのに。最後は決まってそんな思考に行き着き、これが限られた時間の貴重な瞬間なんだって現実が、妙な感覚で俺を襲う。

俺はこの時間が終わってしまうのが、たまらなく恐怖だった。


そして、夏休みに突入してからというもの、俺の頭に頻繁に今野がちらつくようになった。

あのケンカ以来、挨拶すらままならない。お互いに意識していた。

アイツ今、なにしてんだろう。家では笑うのかな。


ーー今野はお前を恨んだりしてねぇよ。


そんな時に決まってチラつくのは、三枝の言葉。

最後に伸治先輩と交わした言葉でさえあやふやな俺の頭に、鮮明に残る情景。

今野の心のうちなんて俺にはわからない。迷惑なのか? 本人に聞けたらどれだけ楽だろう。


「なんだよぼーっとしちゃって」


俺の首に伸治先輩の腕が絡む。いつもの笑顔で彼は笑う。


「いや、前に話したクラスメートのこと。俺の隣の」


先輩には過去に相談したことがあった。彼は有益なことをひとつも言いはしなかったけど。


「あぁ。おまえさ、その娘のこと好きだべ?」


デリカシーの欠片もない。普段だったら俺もここで冗談のひとつやふたつかえすところだが、口をついたのは自分でも意外な言葉。


「よくわかんないっす」


先輩は何も言わなかった。彼なりに気をつかってくれたのかもしれない。


傍らのスタンドに立てた入門ストラトキャスターを手に取った俺は、いつものように適当なコードを鳴らした。相変わらずグレッチへの道のりは遠い。

最近楽器屋にも顔を出していないから、まだ残っているのか売れてしまったのかもわからない。

店員に掛け合ってみたものの、購入が未定の場合、取り置きも難しいらしいし。こればっかりはお手上げ。


最近では俺が鳴らした音に修二のベースが乗っかったりして、即興のセッションになったりもする。

それに合わせ誰かが歌詞のない鼻唄なんか歌ったりして。

スローな雰囲気。一人でギターやっていた頃には、決して味わえない感覚だ。


「今のフレーズいいね」


修二は時折そういって、メモ帳に曲の構成をメモるようになった。

ヤツは今、オリジナル作成に向けて奮闘中だ。

俺は大抵ぐうたらしている時の話ししかしないけど、ちゃんと楽器だってやってるんだよ。


なんたってここは、軽音サークルなんだから。


ただ、俺にはひとつだけ不満があった。


「誰かボーカルやってくれねぇかな」


それが最近の口癖。ギターを弾きながら歌をうたうなんて俺はシンドくて嫌だった。

思いっきりギターを鳴らしてステージで暴れたい。言ってしまえばコーラスすらしたくはない。


「じゃあ誰か探せよ」


これもいつもの返答。ドラムセットの向こうには、気のない正文の顔。

もう何日も、この話は平行線だった。


「アテがない」


「じゃあ諦めろ」


少しは親身になってくれてもいいじゃないか。ヤツは俺のわがままだと、まともに取り合ってはくれないのだ。それは修二も同じ。

ただ、俺の頭にはあるビジョンがあった。俺たちの音を背中に熱唱する今野の姿。

何を言われるか分からないから、こんなこと死んでも言えないけど。

でも、あのビジュアルはロックバンドでこそ映える。少なくともそいつは確信だった。

そして、そいつがあるから尚更、俺はボーカルが嫌だった。このバンドの顔は俺じゃない気がした。


でも、あの性格じゃあな。声ちいさいし、とてもMCを饒舌に語る今野をイメージできない。

結局、今日も俺はギター片手に歌うのだ。それでもバンドは楽しかった。


何かに夢中になると、時間はあっという間に過ぎるもんだ。ぐうたらで過ごす日々と違い、過ぎ去った時間の中に確実な足跡を残しながら。


――遊びみたいな部活は認められないって。


――校長だけは部活動にするのは難しいけど、音楽室と電源の使用は認めるって言ってくれたんだ。何事にも真剣に取り組むのは良いことだってな。


あの日の伸治先輩の言葉が頭を廻る。校長の言っていた意味がわかった気がした。


そして、この日は出会いの日でもあった。

次第にみんなの話題が音楽から夏休みの予定に移行してきたとき、ふいに音楽室の扉が開いた。


「さびー」


真夏にカーディガンを羽織った彼は「おつかれっす」

と軽いノリで、音楽室に乗り込んできた。


「誰?」


麻里子先輩に思わず聞いてしまった。

誰? も失礼な話だけど、突然だったんだ。

しょうがない。


「あ、明宏……」


麻里子先輩もまた、びっくりした表情。俺をシカトしてポカンと開いた口は次第に口角を上げ、先輩は笑顔を顔いっぱいに浮かべていう。


「来るなら連絡くれればよかったのに」


明宏……。噂の先輩だ。

事故って自宅療養中ってのは聞いていた。

脇道から出てきた車に突っ込まれアバラを骨折し、チャリは大破。とことんついてない先輩。

ただ、彼の場合そいつを利用して、休日を謳歌してたってのも先輩から聞いていた。

アバラが折れたくらいで休みすぎだと麻里子先輩が文句をたれていたのは先週のことだ。

痩せているのは怪我のせいだろうか。

格闘技をやってるって聞いたから、俺はマッチョを想像していた。

先輩は、すっと細い腕を俺へと差し出した。


「話は聞いてる。よろしくな」


ふっと笑顔を見せる顔に目をやれば、耳には数えるのが面倒なくらいのピアスが並んでいた。

耳だけじゃない。眉に貫通した両端にボールのついたボディピアス。俺は眉ピアスを初めて間近で見た。

なんだか千切れそうで危なっかしいなってのが第一印象。

これに関しては、校長が「なんだそれ? 二学期には外してこい」って言っていたから、療養中に開けたんだろう。


灰色がかったショートのアッシュヘアーに今野を思わせる鋭い眼光。

そしていかつい装飾品。そこに細い身体があいまって、彼は異様なオーラを放っていた。


「関根拓海です」


握手を交わすと、ゴツゴツしたブラックロジウムのリングが指にあたった。

黒光りするジルコニアがサイドに埋め込まれたいかついやつ。

俺に続いて正文と修二も握手を交わし、そいつを見届けた雅人先輩が鼻で笑うようにいった。


「見た目はアレだけど、ただの調子乗りだよ」


「いやいや。優等生っぽいなぁなんて思ってたところです」


「それはないだろ」


これが明宏先輩との出会い。この出会いからわずか数週間後、俺は先輩のぶっ飛んだ一面を見ることになる。

彼は決してケンカ早くはやなった。ただ、怒らせた彼は容赦がない。

そして、麻里子先輩の言っていた理不尽な暴力ってヤツも、このときに理解した。

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