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ユニオンジャック  作者: velvet punk
第2章 それぞれの過去
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13/21

仲間ってやつ

「よぉ。遅いから心配したぞ。ヤンキーに拉致られたって?」


音楽室に一歩踏み入れた途端にこれだ。

伸治先輩は俺の身体にアザがないかを執拗にチェックしてきた。三枝にボコられたとでも思っているのだろうか。

音楽室には、全員が集合していた。何故かメンバーに混じる会長が、ふっと息を吐いて俺を見た。


「正文くんから聞いたよ」


ドキッ。心臓が収縮する。三上との一件を言っているのだろう。

覚悟を決めた俺は、先輩たちを順に見て頭を下げた。


「面倒ごと起こしてすいませんでした」


続けてサークル脱退の旨を伝えようと口を開きかけたところで、割って入ったのは雅人先輩だった。

相変わらずな感情の読めない声。筋肉質の腕を前に組み、じっと俺を見ている。


「別にたいしたことじゃない」


「はい?」


意味が通じてないと悟ったのだろう。雅人先輩は、一瞬だけ考えるような仕草を見せ、再び口を開いた。


「お前、ケンカごときでサークルに迷惑だとか言うなよ。停学だとか、お前個人の問題は庇ってやれないけど、俺たちはそんなんでお前を見捨てたりしねぇよ。

理由も聞いた。俺は、お前の行動を間違ってるなんてこれっぽっちも思ってないから」


口の端をつりあげ、雅人先輩はかすかに笑っているようだった。それは他の先輩たちも同じ。

みんなが俺に笑顔を向けてくれたんだ。やっぱり俺は泣きそうになった。

最近、やたらと涙腺が緩くなった気がする。


「ありがとうございます」


俯いた俺の肩に、細くて小麦色の腕がまわった。

伸治先輩だ。


「タクちゃんさ、俺たちが見捨てると思ってたべ? ひでぇな。仲間じゃん。あの話聞いてスッとしたよ。お前、明宏みたいなヤツだな」


「そうなんですか?」


明宏先輩を俺は知らない。ただ、彼もこのサークルのメンバーで、先輩たちのバンドでボーカルを務める人だってのは聞いていた。

そして、彼は今入院中なんだってことも。


「明宏さんみたいってどういう意味ですか?」


俺にかわって質問をぶつけたのは修二だった。

そんな修二に視線をやり、伸治先輩はニッと笑った。


「そのまんま。アイツもすぐケンカするんだ。しかもでたらめに強い。なんだか忘れたけど、格闘技やっててな。俺たちの学年じゃ有名だよ」


「ケンカって、ヤンキーってこと?」


正文は少しだけ顔をしかめた。それは俺も同じ。

ヤンキーにいい思い出はない。頭をチラついたのは、中学時代の三枝だった。


「そんなんじゃないよ」


麻里子先輩の声は、バカみたいに穏やかだった。いったい、どうしたんだろうな。

こんな先輩は初めてだった。


「明宏は自分からケンカは売らないし、不良でもない。ただ、理不尽な暴力が嫌いなんじゃないかな」


理不尽な暴力ってなんだろう。いまいち理解できない俺。

ただ、そいつを聞くと長くなりそうだったから、俺は「ふーん」とだけ返しておいた。


「まぁ、そういうわけで今回はお咎めなし! ただ、あんまり派手に暴れちゃダメだよ?」


最後にクギを刺された。麻里子先輩は、いったい俺をどう思っているのだろうか。

ケンカっ早いバカとでも思っているなら心外だ。

実際、先に手を出したのは俺なんだけどね。


こうして俺のサークル残留はあっさり決まり、結局は取越し苦労だったわけだ。まぁ、よかった。

ただ、そっちの問題は片付いても、俺にはもうひとつの引っ掛かりがあった。今野のことだ。


明日からどう接すればいいのだろうか。

普段通りでいいのかな。だけど、ヤツは俺を避けているような気もする。

全ては三上のせいだ。俺の中で何回目かの怒りの再燃。

どうやったらこの怒りは消えるのか、それはわからない。

もう一発ぶん殴ろうかなんて気持ちも、ないとは言えなかった。

やっぱ俺ってケンカっ早いバカなのかな。


◇


結局今野とは会話らしい会話をしないまま、一学期を終えようとしていた。

夏休みまで一時間を切った教室で、俺は考えていたことがある。


やっぱり教室の空気が少しおかしいのだ。

なんとなく充満する緊張感。それは前にも感じた、三上とのケンカ話をタブー視するような、クラスの雰囲気からくるものだった。


なにかある。ずっと引っかかっていた。

そして、ふと三枝の言葉が浮かんだのは終業式の最中だった。

校長の長話のさなか、俺の脳裏を三枝の声がかすめた。


ーー昨日のケンカは問題にはならない。


よくよく考えれば変な言い方だよな。なんだよ、問題にならないって。

教室に溢れるへんな空気と関係あるんじゃないのか。そいつをずっと考えていて、気づけばこんな時間になっていた。


俺は不安だった。三枝のヤツ、なにか脅迫じみたことしてないよなって。

弁護士になるって笑ってはいたがヤツの言葉と、この空気がどうしても俺の思考を悪い方へと導いてしまうのだ。


俺は後ろの席で固まって談笑している櫻井のもとへと向かった。声を掛けるのは別に櫻井じゃなくてもよかったんだけどさ。

ただ、お前のせいだみたいなことを言ってしまったから謝りたいってのもあった。

アレは俺と三上の問題であって、きっかけが櫻井とはいえ、とんだとばっちり。

ヤツは俺を心配してくれたんだと思う。

口調がそんな感じだった。


「なぁ、櫻井……」


女友達と談笑していた櫻井の表情が固まった。向かいに座わる三井(みつい)への視線が、ぎこちないくらいにゆっくりと俺へと移動した。


「な、なにか用?」


とんでもない警戒心がビリビリと伝わってきた。それは向かいの三井も同じ。

ヤツは櫻井を守るかのように、俺たちの間に割って入ってきた。


「沙織(さおり)になんの用?」


櫻井に比べて薄い化粧。上にまとめた涼しげな茶髪はサラッサラ。

夏なのにカーディガンをいつも腰に巻いてる変なヤツだ。

座ったままの二人は、上目で伺うように俺を見て、それ以上なにも言わなかった。


「いや、謝りたくて」


「へっ? 私になにかしたっけ?」


わからないと言った顔。その裏に少しの安堵がうかがえた。

どうやら俺が再び文句を言いに来たとでも思ったみたいだ。


「だから、あの時……」


「ちょっとこっち来な!」


きっかけとなった最初の会話を口にしかけた瞬間、櫻井は素早く俺の腕を掴みベランダへと引っ張った。

それはあっという間の出来事だった。

呆然とする三井に声をかけ、櫻井はベランダのサッシを乱暴に開いた。


「なんだよ」


状況が理解できない俺は、手すりにもたれる櫻井に習って、隣に肘を置いて外を眺めた。

先に口を開いたのは櫻井だった。


「教室でその話はタブー」


やっぱりだ。どういう流れでそうなったのかも、なんとなく想像はできた。


「私もごめんね。まさか三上があんなこと言うなんて思わなかったし、アンタがあそこまで怒るとも思わなかった。私のせいで三上のこと殺しちゃうかと思ってこわかった。それにさ、その、今野さんのことも。悪気はなかったんだ。別に彼女のこと嫌いってわけじゃないし」


「もういいよ。なぁ、聞きたいことがある」


俺はゆっくりと櫻井に視線を向けた。ヤツの大きな瞳は、じっと俺を見つめ返し、すぐに自分の手元に落ちていった。

やたらと細長い指。爪はピカピカだった。

俺はなんとなく、そんな櫻井の指先を見つめながら聞いてみた。


「教室の雰囲気おかしくねぇか?」


「……雰囲気?」


「あぁ。みんながみんな、あの話題をあえて口にしないようにしてる。お前も言ったじゃん。なんでタブーなんだよ。……三枝が関係してるのか?」


櫻井の瞳がカッと開いたのがわかった。ヤツは視線を周囲に流し、声のボリュームを落としていう。


「そうだよ。関根が教室を出た直後、三枝がクラスに残っていた全員に言ったの。今のケンカは一切外に漏らすなって。俺の前で口にしているのを見たら、わかるよなってね」


「やっぱりそうか。そんな気はしてた」


「ねぇ。三枝はアンタのなんなの? なんでそこまでして関根をかばうのかがわからない」


櫻井は真剣な表情だったけど、俺には質問の意図がわからなかった。ただの興味か?

俺は適当に友達とだけ答えて櫻井に礼をいった。

少し腑に落ちない様子だったけど、櫻井はなにも言わなかった。


これで引っ掛かりがひとつ解消された。

やっばり三枝が関与していたわけなんだけど、次に気になったのは三枝のことだった。

脅迫じみたやり方。ヤンキーから足を洗うみたいなこと言っていたけど、もしも誰かがタブーを破ったとして、アイツはなにをするつもりなのだろうか。


俺の為なんだろうな。ただ、裏を返せばもしも三枝が変な行動を起こしたら、それは俺のせい。

俺は三枝の席へ向かった。ヤツは今週号のジャンプをひとりで眺めていた。


「ちょっといいか?」


「んっ? あぁ。そこ座れよ」


指差したのは前の席。もちろん三枝の席じゃないし、ここの主はおとなしい眼鏡くんだ。

眼鏡くんの席を拝借した俺は、身体を反転させて三枝の机に肘を置いた。


「お前さ、クラスの連中に圧力かけたろ」


三枝は余裕の表情だった。ジャンプの表紙を閉じ、なんでもないって顔。


「あぁ。櫻井に聞いた? さっきベランダで話してたろ」


そうだと俺。三枝は余裕の表情を崩さずにいう。


「心配すんな。言っただけだ」


「ほんとか? お前、弁護士になるんだろ? 問題起こしたら大学に行けないからな」


「ちょっ! やめろ、声がでかい」


慌てる三枝。ガタッと椅子を鳴らし、身体を乗り出して、俺の口をデカイ手で覆おうとする。

俺はとっさにそいつをかわした。

近いし、なんだっけ? アレ。

ボーイズラブってやつ? そんな噂が立ったら、さすがに耐えられない。

俺は言いふらしたヤツをボコボコにして、晴れて退学だ。そんなの嫌だ。


「やめろ! 触るな」


「触るなってなんだよ。変なこと言ったら誤解されるだろうが」


墓穴を掘った。確かに三枝の言うとおりだ。


そんなやり取りのさなか、俺は傍に立つ眼鏡くんに気づいた。

ヤツは気まずそうにつっ立ち、なにか言いたげ。たぶん俺にどいてほしいんだろうな。


「お、おう悪い。邪魔だった?」


俺が立ち上がると同時に、三枝が眼鏡くんをじっと見つめた。険しい顔。肩をビクつかせた眼鏡くんは、一歩後ずさりをして恐怖を顔面の隅々にまで張り付けていた。

ただでさえ小柄な身体がさらに縮こまる。


「お前、いつからそこ立ってた?」


地獄から響くような声だった。三枝は眼鏡くんを睨みつけ、ヤツの返答を待っている。

その間も鋭い視線は眼鏡越しの瞳を、容赦なく照射していた。


「べ、弁護士になるってあたりから。さ、三枝くん、弁護士になるの?」


コイツバカじゃねぇの? 本気でそう思った。

なに話題を広げてんだよ。

眼鏡くんはつっ立ったまま、ノートを胸に抱えてブルブル震えていた。人間て、恐怖を覚えると本当に震えるんだな。

しかし、三枝の反応は意外なものだった。ヤツの眼力から次第に圧が抜け、最後は全てを諦めたようなため息。


「最初から聞いてんじゃねぇか。あぁ、クソ! お前、誰にも言うなよ。……俺が弁護士とか恥ずかしいじゃん」


「言わない!」


もげるんじゃないかってくらいに頷く眼鏡くんに席を空け、俺は隣の席に移動した。

ここはさっきから櫻井と話している三井の席だ。ヤツはいまだに櫻井の隣にいるし問題ない。


「三枝さ、河野に勉強教えてもらえよ」


俺の提案に二人の視線がぶつかった。三枝はニッと笑い、河野はびびってる。

ちなみに、河野は眼鏡くんの苗字だ。

確か河野は、中間、期末と満点に近いスコアをたたき出していたはず。のび太に激似なくせに頭いいんだ。


「お前、期末テストトップだったろ?」


「まぁね」


少し調子に乗ったな。表情でわかる。


「お前、俺の秘密知ったんだから仲間な。まず、弁護士になるにはやっぱ大学に行くのか? 何大学に入ればいいんだ?」


「……そこから?」


的確なツッコミ。なんだかふたりのやり取りが面白くてもう少し見ていたかったけど、時間だ。

担任が着席を促し、視線の隅ではベージュのカーディガンがチラついている。三井だ。


「先生きたからどいてよ」


「はいはい。じゃあな眼鏡くん」


席に戻りながら思った。この科でトップを取ったところで、そいつは大学に行けるレベルの頭なのかなって。

まぁいっか。眼鏡くんも仲間って言われて満更でもなさそうだ。

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