ぐれた理由
「中学にあがってしばらくした頃、街で偶然親父に出くわしたんだ。親父は嬉しそうに大きくなったなとか呑気なこと言ってた。
俺は母親から親父の不倫が原因で離婚になったって聞かされてたから、街中でブチ切れたんだ。
何が大きくなっただバカにするなって。親父はキョトンとしてた。
で、なにか勘違いしたんだろうな。寂しい思いをさせて悪かった。親権だって取るつもりだったけど、お前が母親についていくと行ったから、お前の意見を尊重したんだって語りだしたんだ」
正直、矛盾だらけで状況がわからない。不倫しといて親権? いかれた父親。
淡々と語るその口調は、物語を語るように他人めいて聞こえた。
「俺の様子に違和感を感じたんだろうな。親父は近くのファミレスに俺を促した。あまりに必死だったから渋々ついていった。
最初は学校はどうだとか、部活はやってるのかとか、他愛もない会話。俺、やっぱイライラしちゃってさ、不倫して俺たちを捨てたくせに馴れ馴れしいんだよって言っちゃったんだ」
「それで荒れたのか?」
三枝は俺をチラッと見て首を横に振った。
「違うよ。親父はいきなり叫ぶように言ったんだ。違う! って。俺はもちろん、周りの客もびっくりしてたよ。
あん時は恥ずかしかったなぁ。だってさ、叫んだ上に立ち上がってるんだぜ? ガキとおやじがファミレスで痴話喧嘩とかないわ」
いったん話を切った三枝は、視線をゆっくりと上げた。
夏の蒸し暑い空気を切り裂くような温度のない声でいう。
「あん時から大人が信じられなくなった。
親父は必死な形相で言った。不倫したのはあっちだ。だから俺は親権を取ってお前と暮らそうと思ったって。親父の様子を見てると、とても嘘を言ってる風には見えなかった。
我に返ったんだろうな。直後に謝ってきたよ。こんな話を聞かせてすまないって。
お前、今は母親と上手くやってるんだろう?幸せをぶち壊すマネをして悪かったって。
もうさ、頭が真っ白で怒りすら忘れてた。怒りよりも悲しみの方がでかかった。
母親からはまったく逆のこと聞かされてたから、俺がしっかりしなきゃってずっと思ってた。そいつを裏切られた気分だった。
俺はあんな家に帰りたくない、今からでも一緒に暮らそうよって半泣きだった。
でも、親父の返事は絶望でしかなかった。
小さな声でこう言ったんだ。
すまない。俺は去年再婚して家庭があるんだ」
救えねぇ話だよなぁ。なんて言って三枝は笑っていたが、笑顔の裏にある隠しきれない感情を、俺はこのとき確かに感じた。
反抗期だからとか、生ぬるい言葉で片づけていいことなのだろうか。
一瞬で居場所を失った三枝がグレてしまうのは必然だったのかもしれない。
三枝の話は、そこで終わらなかった。
「続きがあってな。俺は転校と同時に、母親に彼氏を紹介されてたんだ。
籍は入れなかったけど、ちょくちょく家に来ては俺にも絡んできた。マトモな会社に勤めるサラリーマン。
最初は俺も反発してたけど、長年一緒に過ごすとだんだんどうでもよくなってくるんだよな。最低なオヤジに変わって母親を支えてくれてるんだって。なんか兄ちゃんができた気分だった。
離婚した時の感情も落ち着いてくると、別に母親がこいつと付き合っててもいいや。なんて思えてくるんだよな。
でもさ、ある日をきっかけに俺はそいつを許せなくなった」
三枝の顔から血の気が引くのがわかった。感情を抑え、淡々と語っていた口調に力がこもり、瞳をギラつかせて俺を見る。その視線を直視することができなかった。
獣みたいな眼力は、躊躇なく誰かをぶっ殺しそうな怒りを蓄え、でたらめな圧力で周囲の気圧をぐっと凝縮するようだった。それは、グレ始めた頃の三枝の眼。
直接的な原因はその彼氏だ。
それは確信だった。
「親父からあの話を聞いた俺は母親に詰め寄った。母親は全てを白状して許してくれって。口ではそう言っておいて、彼氏にますます依存した。
本性を見た気がしたよ。
俺を育ててくれた今までの母親像はだんだん崩壊していった。アイツは弱い人間だ。テメェのケジメもつけないで自分さえよければいいと思ってる。
酒に逃げ、彼氏に逃げ、俺から距離を置くようになっていった。
俺はそれが許せなくてますますツラく当たったよ。 で、母親もついに何かがブチ切れたんだろうな。
アイツは感情のままにまくし立てて言ったんだ」
ここで初めて三枝は言葉を詰まらせた。泣きそうなのか?
もう話さなくていい。何度もそう言ってやろうと思った。しかし、俺がそいつを口にすることはなかった。
三枝がグレた原因を聞いておきたい。なにか力になってやりたい。そう思った。
中学時代、俺は変わっていく三枝を止めることができなかった。
話をきいてやれば何かが変わっていたかもしれない。本当はいいヤツなんだ。ヤンキーなんて似合わない。
俺はじっと続きを待った。三枝は一度だけ深呼吸をすると、吹っ切るように声に力を込めた。
「その彼氏こそが親父から自分を略奪した男なんだ。私にばかりツラく当たるな。アイツも共犯だ」
なんとも胸糞悪い話。話を聞いただけで俺ははらわたが煮えくりかえりそうだった。
逆にこの状態でとどまる三枝がとんでもなく素晴らしいとすら思えてくる。
俺だったら殺してたかも。顔もしらないその彼氏に、獲物を突き立てる自分を無意識に想像していた。
「考えてみればじゅうぶんにあり得る話だよな。離婚してすぐに連れてきたから。でも、ガキだった俺の頭じゃそこまで深くは考えられなかったんだ。その瞬間に俺の中で確立した。大人は信用ならねぇって。
そこから俺は道を外れていった。タバコを吸い、不良って言われる仲間とつるむようになった。
タバコは母親に見せつけるため。家でも普通に吸ってた。
そんな時だけ中学生だろうとか親っぽいこと言っちゃって、俺はそんな母親を見ることで憂さ晴らししてたんだ。
不良仲間とつるむようになったのは、家に帰りたくない時に夜通し入りびたれる環境がそいつの家だったんだ。
そういった連中の家庭はどこか壊れてる。ガキが夜通し騒いでいようが親は何も言わないんだ。
そういうトコには必然的にそういったヤツらが集まって来るから、不良仲間ばっか増えていった」
「なんで相談してくれなかったんだよ。お前は俺から離れていった。俺はお前を見捨てたりしない」
「わかってる。あの当時お前はバスケ部のエースで一年にしてスタメン張ってただろ? 気づけば俺は不良共とたむろって教師たちに目の敵にされてた。そんな俺と関わってたら、お前の学校生活にはデメリットしかねぇよ。俺には変な仲間が大勢いたしな。だから距離を置いたんだ」
「バカが。そんなんどうだっていいんだよ。小学校時代の親友がヤンキーになって、滅茶苦茶やってんの見てる方がツライわ。
まぁ、仲間が仲間だし俺もびびって近寄れなかったんだけどな。そこまでヒーローじゃねぇんだ。悪かったな」
ふっと三枝の顔に笑顔が戻った。
「昨日のお前はヒーローみたいだったけどな」
「あぁ。あれは当然の報い?」
俺たちは周りなんて気にせずに大声で笑った。フェンスの向こうには、ポカ口で開けてそんな俺たちを見るヤツらが大勢いたが、そんなのはどうでもよかった。
「俺、家を出て一人暮らししてるんだ。親父が養育費だって俺の口座に金を入れてくれてる。バイトの金も足してなんとかやってるよ。もうタバコも辞めた。
俺はやり直したいと思ってる。中学時代についちまったイメージはなかなか覆せないけど」
三枝は立ち上がり、体育館の基礎分しか高さのない階段を飛び降りた。
夏の日差しをいっぱいに受け、ヤツは笑顔だった。
「俺は復讐なんてバカな真似はやめたよ。俺には夢がある」
「夢?」
「そう。別の方法で俺は母親みたいな人間に罰と後悔を与えてやるんだ。自分のしたことに責任てやつを持ってもらわないと」
なにかを吹っ切った笑顔っていいよな。三枝は満面の笑みで叫ぶようにいった。
「俺は弁護士になる! 離婚弁護士になって、腐った連中から慰謝料をふんだくってやるんだ」
「お前ならなれるよ」
そいつはお世辞でも、その場のノリでもない俺の本心。きっと三枝は実行に移すだろう。
俺は弁護士バッジを胸元に携えた、将来の三枝を想像した。
メタボ腹の敏腕弁護士だ。
きっとなれると俺は信じていたし、三枝の頭にも将来のビジョンてやつがあったに違いない。
あの時の俺たちには、この先に待ち受ける運命がどれだけ残酷かなんて見当もつかなかった。




