思想衝突――そして明かされる真実
その日、マリーは真顔だった。
理由は単純。
目の前に、ルシアンがいたからである。
「落ち着いて聞いてほしい」
『嫌な前置きだね』
「今日は比較的まともな格好だ」
確かにルシアンは、今は普通の服を着ていた。
バタフライ仮面も、外している。
――外している?
「……ちょっと待って」
マリーは、ゆっくりと手を挙げた。
「その仮面、どうしたの?」
「ん?」
ルシアンは首を傾げ、軽く答えた。
「外したが?」
世界が、止まった。
「……え?」
『……マリー』
「え?」
マリーの脳内で、何かが音を立てて崩れた。
「ちょ、ちょっと待って。
あれって……あんたの顔と一体化してるんじゃないの?」
「まさか」
ルシアンは、腰の袋から件のバタフライ仮面を取り出した。
――普通に。
「変身アイテムだよ」
マリーの視線が、虚空を泳ぐ。
「………………」
『……』
沈黙が、数秒続いた。
「……ねえ」
マリーは、震える声で言った。
「それ、脱げるの?」
「当然だ」
次の瞬間。
「ふざけないでよおおおおお!!」
マリーの叫びが、酒場を揺らした。
「私!
最初っから!
強制装備!
解除不可!
脱着不能!!」
『補足。現在も解除条件未達成』
「今それ言わなくていい!」
ルシアンは目を丸くした。
「……君、脱げないのか?」
「脱げないのよ!!」
拳が震えている。
「恥とか、覚悟とか、諦めとか!
全部飲み込んで、ここまで来たのに!」
『感動的だね』
「黙れ!」
ルシアンは、しばし考え込み――
そして、静かに言った。
「それは……思想の違いだな」
「思想?」
「そう」
彼は仮面を掲げた。
「私は“選ぶ”。
変身するかしないかを」
「……」
「解放とは、強制されるものではない」
マリーの心に、致命打。
『……』
「じゃあ何?
私は選べなかったって言うの?」
『正確には、君は適合率が高すぎた』
「フォローになってない!」
ルシアンは続ける。
「美とは、自ら踏み出すことだ」
「……」
「強制は、芸術じゃない」
マリーは、ゆっくりとその場に膝をついた。
「……私、何と戦ってたの」
『世界とだね』
「うるさい!」
そこへ、重い足音。
セリアと《インテリジェンス・フルプレート》。
『……確認した』
「聞こえた?」
『脱着可能、だそうだ』
「……」
セリアは、マリーを見下ろし、静かに言った。
「あなたは、縛られている」
マリーのHPが、ゼロになった。
「追い打ちやめて……」
ルシアンは肩をすくめた。
「だが、君の戦いは本物だ」
「慰めにならない!」
『提案』
「何」
『思想の違いを、ぶつけ合えばいい』
「拳で?」
『剣で』
ルシアンが微笑んだ。
「いいだろう。
美と覚悟、どちらが上か」
マリーは、ゆっくり立ち上がった。
目は死んでいるが、剣は握っている。
「……いいわ」
『出力、最大』
「勝ったら」
マリーは言った。
「その仮面、
一回私に貸しなさい」
「?」
「脱ぐってどういう感覚か、知りたい」
ルシアンは、一瞬だけ言葉を失い――
そして、深く頷いた。
「それもまた、解放だ」
『……これは荒れる』
こうして、
強制装備の女と
選択する変態の思想衝突は、
方向性を完全に見失いながら、
いつも通りカオスに突入していくのだった。




