美の雷撃――ルシアン、仮面と出会う
その日、ルシアンは退屈していた。
王都の裏通り。
露店が並ぶ雑踏の中で、彼は興味なさげに歩いていた。
「醜い……凡庸……予定調和……」
剣も鎧も、どれも同じだ。
機能、効率、無難。
そこに美の覚悟がない。
「この世界は、まだ“解放”を知らない」
そう呟いた瞬間だった。
――電流が、脳を撃ち抜いた。
「……ッ!」
視線の先。
埃をかぶった露店の奥。
無造作に吊るされていた一枚の仮面。
蝶だった。
左右非対称、妖しく歪んだ羽根の意匠。
華美なのに、どこか冷たい。
「……なんだ、これは」
心臓が早鐘を打つ。
理性が、理解より先に崩れ落ちる。
「美しい……!」
露店の老人が顔を上げた。
「それかい?
売れ残りだよ。被るとロクなことにならん」
「最高の賛辞だ」
ルシアンは即金で払った。
仮面を手に取った瞬間、声が響いた。
『――適合者、検出』
脳内に直接流れ込む、甘美な囁き。
『美を恐れぬ者よ』
「……君は、誰だ?」
『我は《インテリジェンス・ビキニアーマー・変異型》』
ビキニアーマー。
その言葉に、笑みがこぼれた。
「なるほど……“装備”か」
『否。これは“変身”だ』
空気が震えた。
『この仮面は鍵。
真に自己を解放するための――』
「続けて」
『――変身アイテム』
ルシアンは、仮面を顔に当てた。
躊躇はない。
恐怖もない。
「さあ」
仮面が、吸い付くように装着される。
『掛け声を』
世界が、息を止める。
ルシアンは、胸を張り、朗々と宣言した。
「――変態」
炸裂する魔力。
光でも闇でもない、概念の奔流。
衣服が分解され、再構築される。
金属と魔法が、肉体に寄り添う。
――ビキニアーマー。
だがそれは、防具ではない。
主張だった。
『変身完了』
鏡に映る自分を見て、ルシアンは息を呑んだ。
「……なんて、自由なんだ」
羞恥はない。
あるのは、圧倒的な解放感。
『装着者の自己肯定感、最大値』
「素晴らしい……!」
彼は笑った。
初めて、心から。
「世界は、まだこれを知らない」
『ならば、見せてやろう』
蝶の羽が、仮面の奥で輝く。
「恐れず、隠さず、偽らず」
ルシアンは、路地を歩き出す。
「美とは、こうだ」
『同意する』
こうして、
美の追求者ルシアンは誕生した。
掛け声は“変態”。
思想は“解放”。
彼が後に
元女騎士を困惑させ、
正統装備を憤慨させ、
天使装備すら眉をひそめさせる存在になることを――
この時、世界はまだ、知らなかった。




