第三の異端――バタフライ仮面と蠱惑の装備
最初に違和感を覚えたのは、風だった。
遺跡ダンジョン中層。
崩れた回廊に、不自然なほど甘ったるい香りが漂っていた。
「……花?」
『否定。ここは地下二十層。生花は存在しない』
マリーが剣を構えた、その時だった。
拍手。
――やけに芝居がかった、ゆっくりとした拍手。
「ブラァボ……実に素晴らしい」
柱の影から現れたのは、一人の男。
細身の体躯、やけに自信満々な立ち姿。
そして何より異様だったのは――
「……仮面?」
蝶の羽を模した、煌びやかなバタフライマスク。
さらに――
「……その格好、どう見ても」
ビキニアーマーだった。
しかも、男。
『……マリー。視線を逸らすな。精神汚染の可能性がある』
「汚染される前に目が死ぬんだけど!」
男は胸を張り、朗々と名乗った。
「我が名はルシアン。
そしてこの装備こそ――《インテリジェンス・ビキニアーマー・改》!」
『改……?』
「そう! 思想の改良型だ!」
嫌な沈黙が落ちた。
『……私はそんな後継を認めた覚えはない』
「ふふ、君は原初型。
私は“解釈を突き詰めた完成形”さ」
「何をどう突き詰めたらそうなるのよ!」
ルシアンは優雅に一礼した。
「装着者の自己肯定感を極限まで高める。
それが我が装備の真価だ」
『嫌な予感しかしない』
「恥じる心を捨てた時、人は最も自由になる!」
「捨てなくていいものまで捨ててる!」
次の瞬間、ルシアンが踏み込んだ。
――速い。マリーと同等、いやそれ以上。
『魔力循環効率……異常値!』
「見た目に惑わされるな!」
剣と短剣が交錯する。
だが、彼の動きは奇妙だった。
踊るように、舞うように。
攻撃の合間に、いちいちポーズを取る。
「どうだ! この解放感!」
「戦闘中に見せつけるな!」
『分析。あの装備……精神干渉型だ』
「やっぱり!」
その時、空気が変わった。
重い足音。
漆黒の装甲が、静かに回廊へ現れる。
セリアと、《インテリジェンス・フルプレート》。
『……第三の知能兵装。しかも最悪の方向性だ』
「君が噂の正統派か」
ルシアンは面白そうに笑った。
「秩序、規律、尊厳……実に窮屈だ」
『黙れ』
「だが面白い!
原初、正統、そして――解放!」
「三すくみみたいに言うな!」
一瞬、三者が向かい合う。
『提案。今は撤退すべき』
『同意する』
「え、逃げるの!?」
ルシアンは肩をすくめた。
「今日は顔見せだ。
次はもっと“魅せよう”」
「来なくていい!」
彼は手を振り、闇に溶けた。
香りだけを残して。
沈黙。
「……世界、どうなってるの」
『古代文明は、時に間違った方向に全力だった』
『否定できない』
マリーは深く溜息をついた。
「ねえ……まだ変なの、出てくる?」
『可能性は高い』
『極めて高い』
「やめて」
こうして、
原初のビキニアーマー、
正統のフルプレート、
そして――
解放を謳うバタフライ仮面の変態装備。
古代の遺産は、
今日も元女騎士の平穏を、容赦なく破壊していくのだった。




